第43話 束の間の休息時間

「「「いただきます!」」」


 現在の時刻は12時。

 準決勝戦までの試合が全て終わり、1時間の昼休憩に入りました。


 わたくしはヒナミナさんとクレイさんと一緒に控え室でお昼ご飯を頂いています。

 初戦で敗退された方はもうここにはおらず、ガイア様にレッド様、その付き添いのメルバ様は席を空けている為、ほぼ貸切状態です。


「う〜ん、おいしい!」


「うん、流石レンちゃんだね。今日も美味しいよ」


「ありがとうございます」


 クレイさんとヒナミナさんがタマゴサンドを頬張りながら笑顔で感想を述べます。


 本日のメニューはサンドイッチで、具材はゆで卵を潰してマヨネーズを和えた物とハム、レタス、チーズを挟みバターを塗った物の2種類を僭越ながらわたくしが主体となって調理させて頂きました。


「それにしてもレンちゃんがガイアの攻撃を受けて空から落っこちた時は肝が冷えたよ。本当に無事で良かった。カリンさんには感謝しないとね」


「ヒナねぇったら試合が終わるやいなや控え室から飛び出して武舞台の上に上がって行くんだもん。あたしやレンの方がびっくりしたぐらいだよ」


 ヒナミナさんが武舞台の上まで駆けつけてくださった時には本当に驚きました。

 観客の方々にはわたくしとヒナミナさんが同じパーティの一員であるという情報は掲示されていますが、それでも観客席がざわついていたのは深く印象に残っています。 


「うっ、だってボクはレンちゃんが心配で!」


「カリンお姉さんにも叱られてたし」


「面目ない……」


「クレイさん、そうあまり厳しく言わないであげてください。わたくしはヒナミナさんが駆けつけてくださってとても嬉しかったのですから」


 試合の後はヒナミナさんだけでなく、本来なら医務室で待機している筈のカリン様まで部舞台の上まで来てくださいました。


 そしてわたくしの手を握り『大丈夫だよ、きっと助かるからね!』『意識をしっかり持って!ボクが付いてるから!』と励まし続けるヒナミナさんをカリン様は『治療の邪魔ですからそこをどいてくださいね』と言って襟首を掴んでどかし、あっさりとわたくしの怪我を治してくださったのです。



「なんだかボク、カリンさんの事を見直しちゃったよ。わざわざあそこまで駆けつけてレンちゃんの治療をしてくれるなんてさ。今まではただの女の子好きな人としか思ってなかったからね」


「そうですね。カリン様には本当に感謝するばかりです」


 試合で重症者が出た場合は第1試合のラドリー様のようにバレス邸の兵士によって担架で治療室まで運ばれるのが通例ですが、今回カリン様はその時間も惜しいと考えて直接治療をしに来てくださいました。


 これは治療室におられる他二人の治癒師の方々が冷たいのではなく、カリン様が特別優しい心の持ち主だからなのでしょう。


「カリンお姉さんはいい人だよ。たぶんレンが男の子だったとしても、知り合いじゃなかったとしてもおんなじ様にしてたんじゃないかな」


 クレイさんが同意します。

 彼女はカリン様に治療だけでなく、親身に相談までのって頂いた事もあってわたくし達よりカリン様への評価が高いのでしょう。


 ……だからといって会ったばかりの女の子の身体をいやらしく触るのはどうかとは思いますが。


「むぐむぐ……ところで話は変わるんだけどさ、午後の試合は3位決定戦より先に決勝戦をやるんだよね?普通は決勝戦の方を後に持ってくるもんだと思うんだけど、なんか変じゃない?」


 クレイさんがハムサンドを頬張りながら大会の試合行程への疑問を口にしました。

 彼女の疑問はもっともですが、これには大会の主催者であるお父様、バレス辺境伯家としての事情が関わっているのです。


「クレイさんの仰るとおり、一昨年まで決勝戦は3位決定戦の後に行われていました。ただ去年からは――」


「エキシビジョンマッチ。ガネット氏が大会の優勝者と試合を行うようになった事が関係してるんだよね?」


 ヒナミナさんの予測に頷きを返します。


「決勝戦の後、すぐにエキシビジョンマッチを行うのは優勝者の方の疲労を考えると公平とは言えませんから。ですので間に3位決定戦を挟む事で優勝者の方が身体を休める為の時間を設けるようになったのです」


 エキシビジョンマッチは決して大会中の娯楽などではなく、Sランク最強魔術師であるお兄様の武力を世に知らしめ、バレス辺境伯家及びバレス領の権威を高める事が目的の、重要な意味を持つ試合です。

 3位決定戦を間に挟むようになったのも、優勝者は休憩をしっかりとり、万全の状態で試合を行っているという公平感を演出する為。


 実際には1試合もしておらず魔力及び体力が充実しているお兄様と、怪我の治療はされているとは言え大会での激戦後に1試合分の休憩を取っただけで魔力も体力も精神力も消耗している優勝者が戦う事になるので不公平にも程があるというのが実情ですが。


「そっか。何にせよ決勝戦の間はヒナねぇもガイアさんもいない訳だから気を付けておかないとね」


 クレイさんも納得されたようで話はこれで終わりました。

 ですがそんな彼女とは対照的にヒナミナさんは腕を組んで考えこんでいるご様子です。


「ヒナミナさん、何か気にかかる事でもあるのでしょうか?」


「あぁ、うん。レンちゃんはやっぱり3位決定戦には出るつもりなんだよね?」


「……?はい、そのつもりです」


「ヒナねぇはレンに試合に出て欲しくないの?やっぱり心配だから?」


「うーん、ボクが疑り深すぎるだけなのかもしれないけどね。さっきの準決勝第1試合で戦ったレッドさんなんだけど、なんだか負けてもいいやぐらいの感覚で試合をしてた様に感じたんだよ」


「……!」


 ヒナミナさんの発言にわたくしは試合を観戦してた時のクレイさんの言葉を思い出していました。

 彼女曰く、レッド様はまだ全然戦えていたとの事。


 実際に彼と試合を行ったヒナミナさんがそう感じたというならばクレイさんの見立ての信憑性も増すというものです。


「もしかしたらボクとガイアを決勝戦に追いやって、その間に何かするつもりなんじゃないかと気になってね。考えすぎだって事は分かってるけどさ」


「……わたくしは棄権した方がよろしいのでしょうか?」


 こうして大会に出場した以上、棄権する事で会場の盛り上がりに水を差すような事はしたくはありませんし、選手として最後まで戦い抜きたいのが本音ですが実際のところ、わたくしがレッド様に勝てる可能性はほぼないと確信しています。


 彼が使う空間魔術、【転移ワープ】で接近されたらわたくしにはなす術がありませんし、【飛翔ひしょう】で空に逃げたとしても追いつかれるのがオチでしょう。


「いや、できれば棄権も避けたいんだけどね。せっかくレンちゃんが頑張って自分の実力を示したってのにボクが心配してるからって理由で棄権して観客達から臆病者だとか誹謗中傷されたらやりきれないよ」


 現時点でわたくしやヒナミナさんの感じる不安はあくまで推測の域を出ていません。

 安心を得る為にこれからの自分達の立場を悪くする……即決するには少し難しい問題でした。


「んー、とりあえずヒナねぇはレンが試合に出るまでの安全が確保できれば問題ないって考えてるんだよね?」


「……そうだね。試合中は衆人環視の状況だし、そうそうボクが心配するような事は起きないと思う。初戦の第2試合でも彼は試合相手を無駄に負傷させるような事はしなかったし」


 クレイさんがポン、と自分の掌を叩きます。


「それなら試合が始まるまでの間、あたしがレンを護衛するよ!こういう時の為の付き添いでしょ?」


 得意げな顔で胸を張るクレイさんのご様子にわたくしとヒナミナさんは顔を見合わせました。



    △△(side:カリン)



 観客席からの歓声と共にヒナミナちゃんとガイアさんが武舞台に上がるのが見えました。

 現在、私は治療室の窓から会場を眺めています。


 治癒係と言ってもひっきりなしに怪我人が出るわけでもありませんし、私なら治すのも一瞬で終わるので案外暇な時間の方が多い物なのです。


「聖女様はどちらが勝つとお考えですか?」


 バレス邸に引き続きここでも私の護衛をしてくれてるダニエラさんが声をかけてきました。

 私が女の子好きなのもありますが、それ以上に男性の護衛だとそっち方面を期待して近付いてくる人が多いので彼女のような存在はありがたいんですよね。


 ……あの時はメンタルケアの問題もあって深い話ができませんでしたが、大会が終わったらクレイちゃんにもう一度、私専属の護衛になってくれるようお願いでもしてみましょうか。

 彼女が日陽に戻りたいっていうなら【月が一番大きく見える日スーパームーン】が終わった後でよければ私もそれに同行したっていいですし。


「順当にいけばガイアさんじゃないかなぁと思います。個人的にはヒナミナちゃんを応援してますが」


 とりあえずダニエラさんの問いに答えます。

 ガイアさんは鍛えに鍛え抜いた人間の極致みたいな身体能力をしてますからね。

 あれにはそうそう勝てる者もいないでしょう。


「まぁ、私としてはヒナミナちゃんもガイアさんも怪我なく終わってくれるのが一番なんですけどね」


「え?聖女様としてはヒナミナ殿に怪我をしてもらった方が堂々と痴漢行為をする為の口実ができて都合がいいのでは?」


 私の発言に対して心底意外であると言いたげな反応を示すダニエラさん。

 ……ちょっと酷くないですか?


「人が怪我や病気をしてるところを見て喜ぶ治癒師なんていませんよ、ダニエラさん。もちろんそう言った災難に遭われた方がいなければ治癒師として生計を立てていけないというのは理解してますけどね」


 私としては可能なら国中を巡って無料で困っている方々を治癒していきたいぐらいなのですが、それをやってしまうと真面目に職務に取り組む他の治癒師達への妨害行為になってしまうのが難しいところです。


「はぁ……聖女様にも聖女様らしいところがあったんですね」


 ……ダニエラさんは本当に私の事をなんだと思ってたんですかね?



 そんな風に談笑?してる最中、治療室の扉がコンコンとノックされました。

 私は『どうぞ〜』と返事を返して扉の外の人物が入室するのを促します。


「やぁ聖女様。ご機嫌いかがかな?」


 入室してきたのは金髪に蒼眼の美男子。

 【無貌の王】のリーダーであるレッドさんでした。

 怪我でもされたんでしょうか?


「こんにちはレッドさん。どこかお怪我でも––––!?」


 声をかけながら彼を凝視した瞬間、背筋に寒気が走りました。

 それは何故か?


 私のように一定以上の魔力量を持ち、かつ魔力操作能力に長けている者は相手の魔力の動きをその目で捉える事ができます。

 そして彼、レッドさんは––––試合前だというのにも関わらず、この部屋で魔術を発動しようとしていたんです!


「どちらかと言えば怪我をしてもらう方だね。【僕だけの空間プライベート・スペース】」


 レッドさんが魔術名を唱えると同時に彼の身体から多量の魔力が放出され、明らかにこの部屋の空気が切り替わったのを感じます。

 まるでここら一体の空間が切り取られて孤立してしまったかのような、そんな錯覚に陥りました。


「君の為に僕が1時間魔力を練って作り上げた大魔術だよ。気に入って頂けかな?聖女様」


 魔力の動きが見えた訳ではないでしょうが、異常を感じ取ったダニエラさんが私の前に出て抜剣します。

 部屋にいた男性の治癒師の方二人も身を守る為、こちらの方へとやってきました。


「さて、無駄話は好きじゃないし手早く終わらせようか」





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 カリンお姉さんはかわいそうな美少女が性癖にぶっ刺さるだけで、男性『にも』優しい聖女です。

 

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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