第40話 一般青年冒険者、抗う

 至近距離で爆風を受けたレンちゃんは大きく吹き飛ばされた後、先程より少し遅いスピードで元の位置まで飛んできた。

 雷龍サンダー・ドラゴンに使った時より威力を抑えていたのか、それとも風属性の魔術師ゆえに耐性があったのか。

 額や頬から血を流しているが、ちゃんと五体満足だ。


「頼む、そのまま降参してくれ……」


 いや、別に万策尽きたからこんな事祈ってるわけじゃないぜ?

 単に怪我をしてる彼女を心配してるだけだ。


 この大会では試合が15分を超えると審判(今回はハルカさん)によってその時点での有利不利が判断され、勝敗が決定される。

 ガイアが前回のエキシビションマッチでガネットクソガキ様に負けたのもこれのせいだ。


 なんでも本人曰く、ロクに防具も付けてない上身体も全く鍛えてないガネットクソガキ様を殴ったらそのまま殺してしまいそうだったので手を出すのが難しかったらしい。

 まぁ死なないにしても領主様の息子の腕やら足やらがもげたりしたら後々面倒な事になりそうだしな。


 話が逸れた。

 とにかくここから時間切れまで持ち込まれた場合、一方的に攻められてるとは言え無傷の俺の方が明確に負傷している彼女より勝ちの判定が出る可能性が高いって事だ。


 上空にいるレンちゃんを見る。

 明らかにまだまだやる気だ。

 次の魔術を放つ為に魔力を溜めてるらしい。


 俺は彼女に向けて矢を数発放つ。

 もう同じ手は使ってこねぇだろうし、なら攻撃した方が得だ。


 あっさり躱された。

 だと思ったぜ。


「【風雨かざさめ】!」


 レンちゃんが次の大技を放つ。

風雨かざさめ】、上空から【風玉かざたま】を武舞台全域に降らせるやべぇ魔術だ。


 だがその魔術は予選でもう見てる。

 対策はバッチリだぜ!


 俺は自分に向けて降ってくる風の球体だけを正確に撃ち抜いた。

 馬鹿正直に全ての球体に対処する必要なんてねぇしな。

 あとはこれを続けていけばレンちゃんは手詰まりに––––


「いってぇ!?」


 着弾した風の球体が武舞台を抉り、飛び散った破片が俺を傷付けた。

 この舞台は修復しやすいように土の魔術で出来てるとは聞いてるが、流石にちょっと脆すぎんじゃねぇか?

 それともレンちゃんの魔術が俺の想定してるより威力があったのか。


「ちぃっ!【風曲矢ターンショット】!」


 風の魔術を用いて曲線を描く矢を放つ。

 これも躱された。

 やべぇ、完全に見切られてんぞこれ。


「【風雨かざさめ】!」


「くっそおおおおぉいてええええぇッ!!」


 辺り一面に風の球体が着弾する度に破片が俺を襲う上に足場が穴だらけになって逃げる為のスペースもなくなっていく。



 ……こうなりゃ覚悟を決めるしかねぇか。

 どうせ勝っても次の相手はガイアで負け確定なんだ。


 魔力を全部使い切ってでもこの試合だけは勝ってやんぜ!


「かざさ––––」

「オラアアアアァッ!!」


 俺は風の魔術を駆使して

 前に雷龍サンダー・ドラゴンの気を引く為に使ったのと同じ要領だ。


 っつうかレンちゃんの使ってる【飛翔ひしょう】とかいう魔術、明らかに俺の今やってるコレを参考にしてるよな?

 彼女が有名になったら酒場とかで「あの子は俺が育てた」とか言ってやろうか。


 ……ヒナミナに殴られそうだしやっぱやめとくぜ。



 迫り来る風の球体を躱しながら俺の身体は急上昇していく。

 そしてついに彼女と同じ高度まで到達した。



 目線が合う。

 その距離はおよそ5m。



「もらった!」

「【風玉かざたま】!」


 俺の矢とレンちゃんの放つ風の球体が相殺し––––


「ぐほぉっ!?」


 続けて放たれた2発目の風の球体が俺の腹に直撃した。

 攻撃を受けた事で体勢を崩した俺は地面へと墜落していく。


「アロン様!」


 レンちゃんの表情が必死な物に変わる。

 俺の身を案じてくれているんだろう。

 だが––––


「情けは受けない……ぜ!」


 武舞台へと落ちていく最中、身体をくるりと回転させてバランスを取る。

 そして着地の瞬間に風の魔術で衝撃を和らげ、両手を上げてビシッとポーズを決めて着地した。


 観客席から拍手が起こる。

 レンちゃんのホッとした表情が見えた。


 ……対戦相手からここまで気を回されちゃ、流石に認めないわけにはいかねぇよな。

 どのみちもう一回飛ぶだけの魔力もねぇし。


「参ったぜ!俺の負けだ!」


 白旗を上げた。

 やれるだけの事はやったんだ。

 悔いはねぇ。


「けっちゃあああああああくッ!!!素晴らしい戦いでした!っていうか司会者の私としては三回戦までずっと瞬殺が続いてぶっちゃけ困ってた!白熱した戦いを見せてくれた両名ともありがとおおおぉッ!!」


 いや、ぶっちゃけすぎだろハルカさん。



    △△(side:レン)



 アロン様との激闘が終わった後、わたくしと彼はそのまま自分達の足で治癒師達が待機している治療室へと向かいました。

 大会中にできた怪我に関しては全て無料で治してもらええる事になっているのです。


「レンちゃん!」


 聖女の称号を持つ優れた治癒師であるカリン様がわたくしの姿を見て痛ましい者を心配するかのような表情をしながら駆け寄ってくれました。

 隣のアロン様から『うぉ……でっか!すっげぇ美人』と言った声が上がります。


 後半は同意しますが、前半は普通にセクハラにあたるのではないでしょうか?


「今治してあげますからね」


 そう言ってカリン様はわたくしの身体をギュッと抱きしめました。

 柔らかい感触とほのかに香る甘い匂いに緊張が解けていくのが分かります。


 ……治癒師の方が治療する際に対象の身体に触れなければいけないのは知っていますが、流石に人前で抱きつかれるのは少し恥ずかしいですね。


 隣では男性治癒師二人から治療を受けている(当然抱きつかれたりはしてません)アロン様から『いいいいいいなあああああああぁぁ!!!』と怨嗟の声が聞こえてきました。

 お気持ちは分かりますが、もう少し声を抑えて頂きたいものです。


「【回復ヒール】、【清浄ピュア】」


 カリン様の身体から白の光が漏れると、あっという間に痛みが引いてわたくしの身体に付いていた傷が塞がり痕も見えなくなりました。


「ありがとうございます、カリン様」


 分かってはいましたが、彼女は治癒師として凄まじい技量をお持ちでした。

 心なしか傷だけでなく、戦闘でついた汚れまで取って頂けたようでさっぱりした感覚です。


「どういたしまして。ふぅ……恋人のいる女の子にこうして治療を施すというのも背徳感があっていいものです」


 うっとりした表情でわたくしを抱きしめ続けるカリン様。

 何故治療を施すと背徳感を感じるのでしょうか?

 あと恥ずかしいのでそろそろ離して頂けると嬉しいです。


「聖女様!俺にもそれお願いしまっす!!」


「アロンさんもすっかり完治されたようですね。何事もなくて良かったです」


「うわあああああああああぁ……」


 カリン様とそのまま床に突っ伏して泣いてしまわれたアロン様に軽く挨拶してから、わたくしは治療室を退室しました。



    ◇◇



 控え室に戻るとヒナミナさんとクレイさんが出迎えてくれました。


「お疲れ!アロンお兄さんは中々の強敵だったね」


「ありがとうございますクレイさん。アロン様との試合は大変勉強になりました」


 司会者のハルカ様は一回戦でラドリー様の事をバレス領随一の槍使いと評していましたが、それならアロン様は王国随一の弓使いという事になるでしょう。

 それほどまでに手強い相手でした。


 それはともかくとして、いつも通り軽い感じで労ってくれたクレイさんとは対照的にヒナミナさんはと言うと……。


「おめでとう、レンちゃん。だけど君はボクの言いつけを守らずに無理をしたね?」


「うっ、申し訳ありませんヒナミナさん……」


 予選の前に彼女とした怪我をしたらすぐに降参するという約束。

 風爆の爆発に巻き込まれた時、降参する事ももちろん考えたのですが、もう少しで勝てそうだと欲が出たわたくしはそのまま戦いを続行する事にしたのです。


 ……勝手な行いをして嫌われてしまったでしょうか。


「もう!レンちゃんの身体は一つだけなんだからあまり無茶は––––」


「その辺でいいだろう、ヒナミナ。好きだからといってあまりに束縛しようとすると逆に心が離れて行くぞ?」


「ガイア……」


 ちょっとだけ怖いお顔になったヒナミナさんをガイア様が宥めました。

 そのまま彼はわたくしの方に向き直ります。


「いい試合だった。アロンはくじ運こそ悪いがBランク一流の中でもかなり上位の実力者でな。あいつに勝てたのなら君も時間はかかるかもしれないが、Aランク英雄への道のりが見えてくるかもしれない。だからもっと自信を持っていい」


「光栄です、ガイア様」


 過分な評価に恐縮しつつ、ヒナミナさんの方をチラリと横目で確認します。


「はいはい。どうせボクは過保護で心配性ですよーだ」


 ムスッと頬を膨らませて拗ねてしまわれたヒナミナさん。

 可愛い、好き。



「とにかく初戦はこれで全て終わった。次は対戦相手として正々堂々戦おう」


「えっ……はい?」


 対戦相手?


 ガイア様が出場なされたのは第3試合。

 わたくしは第4試合。


 となれば今回の試合を勝ち進んだ以上は……。



「よ、宜しくお願い致します。ガイア様」



 対人最強。

 かつては離れた場所から見つめることしかできなかった憧れの英雄。


 そんな凄まじい方と同じ場所に立っているという事実にわたくしは自身の心音が高まるのを感じていました。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 アロンは例年の武闘大会だと初戦でガイアと当たらない前提かつ相性が悪い相手と当たらなければ準優勝を狙えなくもないぐらいの強さです。


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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