第38話 魔王陛下の戯れ

    △△(side:スレット)


「うんうん。やはり彼女は素晴らしい魔力操作能力を持っているね」


 待機室からでも武舞台の様子は見る事ができる。

 始まった試合は開幕に放ったヒナミナの繊細かつ強力な魔術による一撃で終わりを迎えた。


 あの圧倒的な才能を持つヒナミナがおそらく世界一の魔力量を持つレンの魔力を吸収して自由に扱える……強い訳だ。


「先程の騒ぎで彼女達を助けたのは悪手だったのではないですかな、スレット様。さっさと会場からいなくなってもらった方が本日の作戦も邪魔が入る可能性が低くなったでしょうに」


 いつの間にか待機室に戻っていたミーバルが僕に苦情を入れてきた。

 どうやら偵察の方は終わったらしい。


 魔族である僕ことスレットとその執事であるミーバルは本日、それぞれレッドとメルバという名を使い、この武闘大会に潜入を果たしている。

 人間と違う青色の肌は6時間毎に服用する必要がある薬を使って誤魔化してる感じだね。


 あぁ、別に元からいる人物を殺して入れ替わったとかそういうのではないよ。

 レッドとメルバ、この二人の冒険者という身分は元々人間の貨幣を手に入れる為に使っていた物だからね。

 まぁそれも今日で終わりだけど。


「君の言う事も分かるけどね、ミーバル。僕はただ大会を予定通りに進行して欲しかったのさ」


 大会の予定では前半に初戦の4試合が終わった後、準決勝の2試合が行われ、その後に1時間の昼休憩が挟まれてから後半、決勝戦、3位決定戦、エキシビジョンマッチの順に行われる予定だ。


 事を成すならなら選手の半分が退場している事、そして昼休憩中に魔術のが完了できる事を鑑みて後半時の方が都合がいいと考えていたけれど、先程はヒナミナとレンの付き添いであるクレイという少女が対戦相手のラドリーを気絶させた事で危うくその前提が崩れかけた。


 付き添いの責任を取る形でヒナミナとレンの両名が失格になったら急遽2試合分が消滅する事になって、大会進行の予定が狂う可能性が高かったからね。


「それよりミーバル。聖女様のご様子は如何だったかな?」


「聖女カリンがいる部屋はこの待機室からそう離れてはおりませぬ。部屋の中は聖女、そして他治癒師が2名に護衛騎士が1名のみ。制圧するのはさほど難しい事ではないでしょうな」


「同じ治癒師であっても彼女は君と違って武芸が達者という訳でもないだろうし……うん、楽勝だね」


 聖女カリン。

 彼女こそが今回の僕達のターゲットだ。

 国内、下手したら世界一の治癒師である彼女の素体としての性能は正直、喉から手が出るほどに欲しい。


 本日開催されている武闘大会はバレス領で最も大きなイベントだ。

 人死にが出たとかでもなければ、途中で聖女と選手一人が失踪したとしても領主が大会を中止にしたりする事はないだろう。


 僕達はその間に聖女を連れて悠々と行方をくらませてしまえばいい。


「ま、その前にまずは次の試合の処理をしていこうか。ここで負けたら聖女のいる部屋に近いここも使えなくなってしまうからね」


「貴方ならあの程度の相手、目を瞑っていても勝てるでしょうに。……ご武運を、魔王陛下」


    ◇


 第2試合、僕の相手は戦力指数Bランク一流の魔術師風の女性だった。

 名前?

 興味ないから聞いてなかったよ。


 まぁ10人の乱戦で行う予選を打たれ弱い魔術師が勝ち進んできたんだ。

 たぶん彼女もそれなりの腕なんだろう。


 とりあえず抜剣しておく。

 僕はヒナミナのように純粋に攻撃する為の魔術なんて使えないからね。



「それでは……試合開始イイイィッ!」


「【地弾丸アースバレット】!」


 試合開始の宣言と共に魔術師の杖から放たれた岩礫を僕は横に跳んで躱す。

 うん、中々の速さだ。

 悪くない。


「【地槍グランドランス】!」


 一瞬のタメの後に武舞台の床から土でできた槍状の魔術が僕に襲いかかった。

 タメの時間も短いし、喰らうつもりはないけれど当たれば致命傷になりかねないだけの威力があるのだろう。


 なるほど、どうやら彼女の腕はそれなりではなく相当優れているらしい。

 目の前の相手の評価を上方修正しつつ、僕は魔術名を唱える。


「【転移ワープ】」


 襲いかかる土の槍は空を切った。

 何故なら攻撃対象となっていた僕は既にその場にはいないからだ。


 僕が使う主力であり、自らを半径50m以内に瞬時に移動させるこの【転移ワープ】という魔術。

 一見便利そうに見えて実はさほどでもない。


 相手から見ればいつでも奇襲し放題な反則魔術に見えるらしいけれど、そもそも魔力操作能力に優れた魔術師は任意の場所に直接魔術を打ち込めるので自分で移動して直接攻撃する必要がある【転移ワープ】はそれだけでリスクが発生する。


 一応、自分以外の者を移動させる事もできるけれど、それには直接触れる必要がある上に、さらには対象の相手のを理解する必要がある。

 だから僕が自分と共に移動させられる相手は現状はミーバルしかいないし、だからこそ聖女カリンに触れたところですぐには攫う事もできない。


 まぁ世の大半の空間魔術を扱える者はせいぜい入れ物の空間を拡張してそれを売り捌くぐらいの事しかできないらしいので、贅沢な悩みではあるんだけどね。


 あぁ、いけない。

 すぐに考え込むのは僕の悪い癖だ。

 まずはこの茶番を終わらせるとしよう。


 【転移ワープ】で一瞬の内に対戦相手の後ろに回り込んだ僕はその首筋にミスリル製の剣を突きつけた。

 「ヒッ!?」という短い悲鳴と共に女性魔術師がその身を強張らせる。


 そのまま斬撃を叩き込んで重傷を負わせ、聖女様の腕前を拝見するというのも考えはしたけれど、過激な事をやって警戒されるのも面倒だからね。

 スマートに行かせてもらおう。


 数秒後、腰を抜かした魔術師が降参の意を示した事で2回戦はあっさりと終わった。


 観客席の中央付近にある控え室の方へと目を向ける。

 1000年近く生き延びた魔族であるミーバルがその力は神にも届きうると称した少女。


 ヒナミナは今の試合を見ていただろうか?


 単独ならともかく、レンの魔力を吸収した際の彼女から見れば僕の立ち回りなんて児戯にも等しいだろう。



 ……もうすぐだ。

 聖女カリンと日陽で拾った素体の少女。

 この二つさえ揃えば僕の手によって神をも超える作品が完成する。





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 スレット・アビス(レッド)のイメージを近況ノートの方に載せてあります。

 https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16818093074944940698


 次回は水、日に投稿(水曜日から)しようと思います。


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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