第34話 令嬢、空を駆ける
△△(side:ヒナミナ)
「ヒナねぇ、そんなに緊張しなくても大丈夫だって」
観客席でレンちゃんの試合を見守るボクの肩にクレイちゃんがポンと手をのせた。
「ヒナねぇも言ってたじゃない。今のあの子に勝てる奴なんてそうそういないって」
「それは分かってるんだけどね……」
実際、レンちゃんの用いる新たな戦術に初見で対応するのは殆どの人間には不可能だと思う。
ただ予選の参加者は玉石混合だ。
ボクの知らない未知の強者が紛れ込んでいても不思議じゃない。
というか実際ブラン王国の強者とか殆ど知らないしね。
それに武闘大会では稀に死者が出るとも聞くし、それは集団での戦いになる予選で起きる事が大半らしい。
もしレンちゃんが何らかの失敗をして他の闘技者達に囲まれてリンチでもされたら……その時は飛び込んででも助けに行くつもりだ。
ついでに全員倒す。
「それでは、試合開始!」
「【
試合開始の宣言と共にレンちゃんが魔術名を唱え、彼女の身体が宙へと浮き上がった。
レンちゃんの元いた場所に
【
名は体を表すとでも言うかのように、術者の飛行を可能とするその魔術は【雌伏の覇者】のアロンが変質した
元になった彼の魔力量は本人曰く280。
空を飛んだはいいけれど、あっとういう間に魔力が尽きてしまったらしい。
おそらく彼の体重は防具込みで70kg程度。
それを浮かせ続けるなんて芸当をすれば魔力切れを起こすのも無理はない。
だけど、魔力量が28000。
実にアロンの100倍の魔力量を持つ彼女が同様の魔術を使ったらどうなるか……。
レンちゃんが地上から高さ約20mの地点まで飛び上がり、そのまま空中に静止したのを見た他闘技者達、いや殆どの観客を含めた全員からざわめきが起こる。
そんな会場全体の動揺に揺るぎもせず、彼女は既に次の行動に出ていた。
「【風玉《かざたま》】!」
翡翠色の魔力からなる風の球体の魔術がレンちゃんに向けて水の魔術を放った魔術師を襲う。
その数は合わせて7発。
うん、それでいい。
おそらく今の君に有効打を与えられ得るのは魔術師である彼だけだ。
流石は
ボクがレンちゃんに造ってあげた魔力器官は出せる出力に限界があるとはいえ、別に威力が低い訳じゃない。
それなりの威力の技を魔力量を盾に連発されたら大抵の相手は対処が追いつかなくなる。
【風玉《かざたま》】が直撃して地面に倒れ込んだ魔術師だけど、五体満足だしおそらく死んではいないだろう。
審判兼救助係のバレス邸の兵士が彼を抱えて舞台から下ろしたのを確認すると、レンちゃんはあからさまにホッとした表情を見せた。
残った闘技者8人の反応は主に二つに分かれた。
一つは明らかに脅威となるレンちゃんを排除するべく、得意でないなりに彼女に向けて魔術を放つ者。
もう一つは飛行している為、対処が難しいレンちゃんを無視して他の闘技者を倒し、予選の勝ち抜きを狙う者。
そしてそのどちらもレンちゃんは許さなかった。
飛ぶ鳥を落とすのはプロの狩人でも難しい。
ましてレンちゃんは鳥と違って自分が狙われていると認識している上に予測をつけやすいよう、真っ直ぐ飛んでいる訳でもない。
結果、彼女を狙って放たれた魔術はその殆どが見当違いの方に飛び、正確に打ち抜こうとした物もあっさりと躱された。
レンちゃんは動体視力が抜群にいい。
これまでは身体能力の低さからその動体視力はあまり活かされる事はなかったけど、魔術のみで動ける今ならその弱点も克服されたと言ってもいい。
そもそも空中は遮蔽物もない上に地上で動ける360度(実際には後方に動くのは難しいので大半の人間はその半分程度)の範囲だけでなく、上下の概念も加わるので彼女を捉えるのは相当の難易度になる。
近距離戦しかできない相手は無条件で対抗手段がなくなる上に遠距離攻撃ができる相手に対しても大幅な不利を突きつける、それが今のレンちゃんのスタイルだ。
「綺麗だよね、あの子」
「うん。レンちゃんは凄く可愛い」
空中を蝶のように舞い、攻撃を躱すレンちゃんをそう評したクレイちゃんにボクはそう返した。
「レンのこと、好きすぎでしょ……」
クレイちゃんが呆れたように言うけれど、実際可愛いんだから仕方ない。
「【
そんな事をしてるうちに避けながら魔力のタメを完了させたレンちゃんは新たな魔術を発動していた。
【
それは当然だけど風雨を呼び起こす魔術じゃない。
風玉に近い性質の風の魔術を大量に上からばら撒いて武舞台全域を爆撃するえげつない技だ。
10秒近いタメが必要になる大技だけど、その程度の時間を耐え抜く、いや避け続けるのは今のレンちゃんにとっては難しい事じゃない。
この技を受けて二人が戦闘不能になり、三人が降参した。
あぁも一方的に攻撃され続けたら試合を投げ出すのも無理はない。
残る闘技者は二人。
いずれも
生粋の魔術師でもなく、武器も近距離戦用の物を使用している彼らにもう対抗手段はない。
だけど、ただでは負けてやるもんかという気概だけは伝わってきた。
そんな彼らにレンちゃんは風の魔術を応用して声を届ける。
聞き取りやすいように、分かりやすく簡潔に。
「今から武舞台の中心に大技を放ちます!ですのでどうか中心から離れるようにお願い致します!」
一瞬迷った後に彼らは中心と端の間ぐらいに陣取って構えた。
レンちゃんの言うとおりにするのは癪だっていう感情面と、そもそも端に陣取っていたら風の魔術で場外に落とされかねないという実利面、双方での妥協点がそれなんだろう。
果たしてその選択は正しかったのか、それとも否か。
レンちゃんは宣言通り、武舞台の中央に向けて魔術を放つ。
「【
5発分の風玉を圧縮したその魔術はふわふわと漂いながら中央に着弾し――
バァン!!という大きな破壊音を立てて武舞台の中央に大穴を開け、その強大な風の余波で
◇◇
「おめでとう、レンちゃん!」
「かっこよかったよ~」
観客席に戻ってきたレンちゃんをボクは正面からクレイちゃんは少し遠慮がちに後ろから抱きついた。
「ありがとうございます!ヒナミナさん、クレイさん」
少し照れながらも笑顔で答えてくれるレンちゃん。
良かった、怪我はしてないみたいだ。
「レンの試合を観戦してる時のヒナねぇったら凄かったよ?『もしボクのレンちゃんを傷つけたら全員皆◯しにしてやる〜!』みたいな顔してたんだから」
「ちょっと……クレイちゃん!」
恥ずかしい事言うのやめて!?
あとそこまで物騒な事は考えてなかったから!
「そうなのですか?」
「えっと……気を悪くしたらごめんね?今のレンちゃんの実力は分かってたし、ガイアにもこの前過保護になり過ぎるのはよくないって言われたんだけど、やっぱり心配で」
「いえ、大丈夫ですよ。それにこんな事を言うのもなんですけれど、ヒナミナさんがわたくしをご心配してくださってると思うとつい嬉しくなってしまいますので」
「レンちゃん……」
どうしよう。
ボクの彼女が可愛すぎて生きてるのが辛い。
いや、生きてるのが楽しい。
「ご歓談してるところ失礼致します、お嬢様。旦那様からの伝言をお伝えに参りました」
ボクが自分の表情が緩まないように必死に堪えていると、今ではすっかり顔馴染みになったバレス邸の執事長のセルバスさんが後ろから声をかけてきた。
「セルバスさん。おと……領主様がわたくしにですか?」
この会場にいるんだからレンちゃんに用があるなら自分で伝えにくればいいのにと思ったけれど、領主がそれをやったらレンちゃんとの関係性を疑われるから仕方ないのかと納得しておく。
「『先程の試合運びは見事だった。今のお前ほどやれる魔術師はそうはいないだろう。少し早いが依頼の達成報告は私の方からしておく。予選が終わったらギルドの方で報酬を受け取るがいい』との事です」
「お父様……」
あの素直じゃない、身内に対しても容赦がない領主様が言ったとは思えない程に内容がベタ褒めでびっくりした。
とは言ってもまぁ、そういう感想になるのも無理はないと考え直す。
だって直接対決に限って言えば、今のレンちゃんの力は明らかにあの時のガネット氏を超えているんだから。
「伝言、確かにお聞きしました。領主様には本戦も頑張ります、とお伝えください」
「かしこまりました。……ご立派になられましたね、お嬢様」
そう言い残して元いた場所へと引き上げていくセルバスさん。
彼の主人である領主様がレンちゃんに何を期待しているかは何となく予想はつくけれど、その機会が訪れた時、彼女はどういった選択をするんだろう。
願わくば、いつまでも一緒にいられたら嬉しいな……。
その後、本戦に参加する闘技者達の情報を収集する為に予選が終了するまで試合を観戦してたけど、アロンが5人、残る予選通過者は4人ずつ他闘技者を倒して本戦への参加資格を手にしたぐらいでボク達を脅かすような強者が現れるような事はなかった。
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元々の予定だと最終回まで行ってもレンがお兄様より強くなる事はなかったんですが、最高の資質(魔力量世界一)と真面目な性格(修行もキッチリやる)を考慮すると『このぐらいはできるだろう』ってのが積み重なってなんかえげつない強さになってました。
1章で一段落したからか2章に入ってから1話あたりのPV数やいいね数が目減りしてるので新規開拓目的で更新を火曜日と金曜日に変更しようと思います。
これに関してはまた変更があるかもしれません。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。
もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。
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