第32話 令嬢、聖女様と会談する

「魔王って?」


 カリン様の問いにクレイさんが問いで返しました。

 わたくしの隣にいるヒナミナさんも同じく覚えがないようで、ちらりとわたくしの方を確認します。


「このブラン王国では1年に1度、月が一番大きく見える日、通称スーパームーンに魔物が大量発生する現象があるんです。そして魔王とは100年に一度、【月が一番大きく見える日スーパームーン】に降臨し世界に破滅を振り撒くという……ブラン王国では有名な空想上の存在ですね」


 さほど詳しい訳ではありませんがわたくしの知っている限りの知識を披露しました。

 小さい頃はお母様から「いい子にしてないと魔王が来てレンちゃんを連れ去っちゃうぞ〜」と言われ大層恐ろしく感じた物ですが、今思えばわたくしより悪い子であるお兄様が連れ去られていない時点でただのおとぎ話だったのでしょう。


「うんうん、レンちゃんは物知りですねぇ。ちなみに今年の二ヶ月後がちょうどその100年目の【月が一番大きく見える日スーパームーン】で魔王が降臨するとされてる日なんですけど、その事は知ってました?」


「いえ、お恥ずかしながら。しかし魔王というのはただの伝承なのではないでしょうか?前回の魔王が降臨するとされた日も、そう言った存在は確認されなかったと聞いています」


「なにしろ100年周期ですからねぇ。一度確認されなかっただけでも一般の人々の間ではただのお伽話って事にされがちなんですよ。とはいえ、私が所属してる王都の教会では200年ほど前に魔王が降臨したという記録がありますし、100年前だって本当は魔王は降臨していたけど表には出てこずに今も身を隠してるだけだって説もありますからね」


 お母様から伝え聞いた話では魔王の姿はわたくし達人間に非常に似た姿をしているとされています。

 もし人々の間に魔王という存在が溶け込んでいたとしたら……想像したらゾッとする話です。


「もしかしてカリンお姉さんはその魔王ってやつを倒す為に来たの?」


「鋭いですね、クレイちゃん。実はこのバレス領って魔王の発生率が他と比べて高いんですよ。ちなみにクレイちゃんと出会った時もその調査の一環で魔の森を訪れてたんですよ?……とは言っても直接魔王を倒すのはここのバレス邸の方々になりますし、私がここに来た対外的な目的は武闘大会での治癒担当って事になってるですけどね」


 聖女様が武闘大会の治癒係として出席するという話はギルドマスターのジェイル様から聞き及んでいました。

 カリン様が武闘大会後の【月が一番大きく見える日スーパームーン】までこのバレス邸に滞在している事が許されているのだとしたら、それは魔王の話をお父様も信じているという事であり、彼女のお話の信憑性も増すというものです。


「なるほど。つまり間接的とはいえ魔王って存在のおかげでクレイちゃんはカリンさんに助けてもらえたとも言える訳だね」


 ヒナミナさんが納得したように頷きました。

 カリン様がこの時期にバレス領を訪れていた事は彼女達姉妹にとって本当に幸運だったと言えるでしょう。


「ちなみに記録では魔王は自分の事を魔族という種族だと言い放ち、アビスという姓を名乗るのが通例らしいのでもし見かけたら私……に言われても困るから領主様あたりに通報してくださいね。くれぐれも自分で倒そうなんて考えちゃ駄目ですよ?なにしろすっごい強いらしいですから」


「ご忠告痛み入ります」


 わたくしの魔力を受け取ったヒナミナさんの方がお兄様を含めたバレス邸の全戦力より強いのは間違いありませんが、必要のないリスクはできる限り避けるべきでしょう。



「はぁ〜それにしてもやっぱり女子トークというのはいいものですねぇ。可愛い女の子達に囲まれてお姉さん、すっごく元気になっちゃいますよ」


 うっとりした表情でカリン様が呟きます。

 彼女は頬に当ててたクレイさんの掌を今度はご自身のふくよかな胸元へと置いているのですが……これは流石にアウトなのではないでしょうか?


 ダニエラさんの方を見ると彼女はどうするべきか迷っているようで、オロオロとしていました。

 ヒナミナさんはというと。


「カリンさん。クレイちゃんの恩人であるあなたにこんな事は言いたくないんだけど、人の義妹にそういったいかがわしい事をさせないでくれるかな?」


 やはりアウトだったようです。


「いえいえ、ヒナミナちゃん。これはお互いの合意あっての愛ある行為なんですよ。ですよね、クレイちゃん?」


「ヒナねぇ。カリンお姉さんのおっぱいだけど、これかなり凄いよ?あたしの掌じゃ全然収まりきらない!ヒナねぇと同じぐらい大きいかも!」


「あんっ……クレイちゃんったらとってもお上手なんですねぇ」


 カリン様の乳房を鷲掴みにしながら意味不明な事を言い出すクレイさん。


 もうっ、貴女は貴女で何をやっておられるのですか!

 仮に同意の上だとしても人前でやっていい事ではないですよ!

 ヒナミナさんもいきなり自分のお胸を比較対象にされて困惑されてるではありませんか!


「でもあたしが今一番揉みたいのはやっぱりレンのおっぱいかな」


 何故かわたくしにまで流れ弾が飛んできました。

 もう貴女はご自身のお胸でも揉んでいればいいのではないでしょうか。


「ふぅ……満足しました。ここって武家だから女の子は少ないですし、初日なんてえーと、ガントレット様?……あぁ違いました、ガネット様に絡まれて最悪な気分にさせられましたからね。皆さんには毎日遊びに来て欲しいぐらいです」


 息を整えながら姿勢を正したかと思えば、カリン様は聞き逃せない発言をされました。


「あの、カリン様。何かおに……ガネット様がご迷惑をおかけしてしまわれたのでしょうか」


 もはや身内ではないとはいえ、お兄様が高名な聖女様にご迷惑をお掛けしたとなれば流石に申し訳なく思います。


「んー、簡単に言えば次期辺境伯婦人にしてやるから俺の女になれとかそんな感じでしたねぇ。私は男性をそういった目で見れないと言っても全然聞いてくれなくて相当しつこかったんですよ。なんか顔と胸ばっかり見てきて気持ち悪かったですし」


「なにそれ最低じゃん。そんな馬鹿男、家族の顔が見てみたいぐらいだよ」


 お兄様がカリン様へと行った蛮行にクレイさんが憤りました。

 ……わたくしが何かをした訳ではないのですが、大変耳が痛いお話です。


「申し訳ありませんでした、カリン様」


 謝罪したからといってどうにかなる訳でもありませんが、恥知らずなお兄様の代わりに頭を下げます。


「えっと、なんでレンちゃんが謝るんです?」


「ガネット氏はレンちゃんの実のお兄さんなんだよ。レンちゃんと違って気品の欠片もないけどね」


「あぁなるほど。大丈夫ですよ、レンちゃん。あなたの方がガネット様よりずっと可愛いですから」


「そうだよ!レンは可愛いからそんな最悪な奴の妹でもあたしが許すよ!」


 ヒナミナさんの説明を聞いてカリン様とクレイさんがハイタッチしながらわたくしのフォローをしてくださいました。

 ……わたくしが可愛いかは置いておくにしても、普通はお兄様を見て可愛いという発想には至らないと思うので少し反応に困りますが。


 それにしても先程からお二人とも仲がよろしいですね。


「それに、私と付き合いたいなら股間にある物をすり潰して頂く事になりますがそれでもいいですか?と聞きかえしたらあの方は『イカれてやがる!』と捨て台詞を残してさっさと逃げて行きましたからね。何の心配もいりませんよ」


「……!」


 カリン様がとったお兄様への対応をお聞きして、わたくしは彼女に対してただただ強い、という感想を抱きました。

 Sランク最強の魔術師であり辺境伯家嫡男であるお兄様と皆に慕われている聖女とはいえ平民であるカリン様、社会的地位は前者の方が圧倒的に上でしょうが、彼女はそれを全く意に介していないのです。


 わたくしもカリン様のように自分の意見をしっかり言えるような女であればお兄様から虐げられる事もなかったのでしょうか?

 流石に男性のこか……お股の間にある物を潰すだなんてはしたない事はとても口には出せませんが。


「この件が契機となってガネット様は旦那様から『聖女様に手を出したら廃嫡する』と言い含められています。もしもの事があったとしても私が身を挺してお守り致しますのでご安心ください」


 後ろに控えていたダニエラさんが補足してくれます。

 前回お会いした時、お兄様は嫡男である事に相当固執していたので、今後カリン様が狙われる事はおそらくないと知る事ができてほっとしました。



「ただガネット様に関しては少々気にかかる事がありまして。特にヒナミナ殿には耳に入れて置いて欲しいのです」


「ボクに?」


 ヒナミナさんが不思議そうに聞き返しました。

 彼女とお兄様の関係はせいぜい彼が人前で恥をかかされた事ぐらいしか思いつきませんが……結構気にしていそうですね。


「はい。ガネット様なんですがこのところ、珍しく魔力操作の訓練を毎日されてるんですよ。これまでそんな練習なんて全くしてこなかったのに」


 ……あのお兄様が訓練を?


「へぇ、いい事じゃない?ガネット氏もようやく自分の資質を磨く気になったんだね」


「旦那様もそう言って喜んでおられました。ですが私達騎士の間ではガネット様はヒナミナ殿に復讐を企んでいるのでは?と専らの噂になってるんです」


「うん、続けて?」


「去年から武闘大会ではエキシビションマッチとして大会の優勝者とガネット様が試合を行う事になったのは知ってますよね。もしヒナミナ殿が優勝された場合、ガネット様はそこでヒナミナ殿を亡き者にしようとしてるのではないかと言われているのです。大会のルールでは相手を殺したら負けになるとはいえ、そういった不慮の事故が起きたとしても罪には問われない事になってます。エキシビションマッチなんて最後に一回やったら終わりなのでリスクは実質ありませんしね」


 一般的な視点で大会の優勝筆頭候補とされてるのはもちろんガイア様になるでしょうが、お兄様やバレス邸の騎士達はわたくしから魔力を受け取った際のヒナミナさんの強さを知っています。

 その条件下でならヒナミナさんが優勝者になってお兄様と再び相対すると予想するのも自然な事なのでしょう。


「なるほどね、忠告ありがとうダニエラさん。気を付けておくよ」


 ヒナミナさんがそう返した事でこのお話は一区切りとなります。

 その後はしばらく雑談を続けたのちにお茶会は解散となりました。



 魔王の存在の示唆やお兄様の近況を聞いた後でもわたくし達のやる事は変わりません。

 ヒナミナさん、そして新たに【黒と白】に加入したクレイさんと一緒に冒険者ギルドの依頼をこなし、空いた時間は対人戦の為の訓練に充てる。

 少しずつ歩みを進めて成長していくしかないのです。


 そうして鍛錬を重ねるうちにあっという間に一ヶ月の時が過ぎて……

 わたくしは武闘大会の予選会場の場に足を踏み入れていました。





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 ガントレット様も一応修行してます。

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