第31話 令嬢、聖女様のお茶会に出席する

「聖女様はこちらでお待ちになられております、お嬢様、ヒナミナ殿、クレイ殿」


「ありがとうございます、セルバスさん」


 現在わたくし達はバレス邸執事長であるセルバスさんの案内でバレス邸の応接室の扉の前にいます。

 訪問の目的としては以前クレイさんが聖女カリン様に助けられた際に遊びにきて欲しいと言われた事もあり、そのお礼の為にわたくしとヒナミナさんも付き添いで同行した形となっています。


 扉をノックすると『はぁい、どうぞ〜』と少し間延びした声が返ってきました。

 返事を確認したわたくし達はそのままドアを開けて入室します。


 部屋の中にはカリン様、そしてその護衛に当たっていると思われるバレス邸の女性騎士の方が控えていました。

 おそらくクレイさんが言っていたダニエラさんという方だと思われます。


「カリンお姉さん、遊びに来たよ!」


「いらっしゃい、クレイちゃん!そちらは噂のヒナミナちゃんとレンちゃんでしょうか。遠慮せず自分の家だと思って寛いでくださいね」


 クレイさんの挨拶にリラックスした立ち振る舞いで応えるカリン様。

 彼女の事は触り程度ですが、ここを訪れる前に軽く調べてあります。


 名はカリン、年齢は20歳。

 性格は明るく献身的で誰に対しても優しい人気者。

 王都に在住する平民でありながら聖女の称号を授かる彼女は国一番の治癒師として名を馳せています。


 その力は魔力量8000という優れた資質と類い稀な魔力操作能力により、失われた腕や足すら簡単に再生させてしまう程だとか。

 胸にかけられたAランク英雄を示す金製のプレートもおそらくはその治癒能力を評価されてのものなのでしょう。


 わたくしは失礼にならない程度にカリン様の全身を眺めました。

 桃色の瞳、そして同色の長い髪を後ろに纏め、黒と白をベースにした修道服を身に纏っている彼女の容姿は顔だけでなく身体の凹凸もハッキリしていて、とても整っておられます。

 わたくしがお会いしてきた人々の中ではヒナミナさんを除けば一番美しい方かもしれません。


「初めまして、聖女様。わたくしはレンと申します」


「ヒナミナだよ。クレイちゃんを助けてくれて本当にありがとう、聖女様。つまらない物だけどこれはお土産だよ」


 ヒナミナさんが差し出した品をカリン様がお礼を言いながら受け取りました。

 中身は『もなか』という上質な餡をもち米で作った皮で包んだ日陽のお菓子です。


「そんな堅苦しくしなくても私の事はカリンと呼んでくれればいいですからね。さっ、どうぞ座ってください」


 そう言いつつカリン様はソファーの中央に座りました。

 ソファーは2台あって小さな机を挟んで向き合うように設置してあり、それぞれ2人ずつ座れるようになっています。


 わたくし達は3人。

 カリン様が中央に座った為、これでは1人座れない気がするのですが。


「ヒナミナちゃんとレンちゃんはそっちに。クレイちゃんはここにどうぞ」


 そう言ってカリン様は自分の膝の上を指で刺されました。

 えっと、彼女はクレイさんに自分の膝の上に座れと言っているのでしょうか?


「やだよ、恥ずかしい。カリンお姉さん、もっとそっちに詰めてよ」


「うーん、膝の上の方が可愛がりやすいと思ったのですが仕方ないですね。ま、こうして約束通り遊びに来てくれた事ですし仲良くしましょうね、クレイちゃん」


 カリン様は端に詰めながらも手をわきわきとさせながら、ねっとりとした視線でクレイさんを見つめます。


 ……どうしましょう、このままクレイさんをカリン様の隣に座らせたら極めて犯罪に近しい何かが起こってしまうような気がしてきました。


「聖女様。あまりに行き過ぎたスキンシップをとるようであればまた旦那様に報告しますからね」


「は〜い、反省してまーす」


 後ろに控えたダニエラさんから釘をさされますが、カリン様はのんびりとした口調で返しました。

 まったく反省はしてないようです。



「いや、心配はいらないよ。カリンさんの隣にはボクが座るから。大事な義妹の身を危険に晒す訳にはいかないからね」


 どうやらヒナミナさんもわたくしと同じ心配をしていたようで自ら進んでカリン様の隣の席に立候補されました。

 カリン様=危険である、という極めて失礼な論調ですが、実際危険だと思われるので仕方ない面もあります。


 ヒナミナさんの隣の席に座れないのは残念ですが、彼女ならカリン様から何かされても組み伏せる事が可能でしょうし、これで安心––––


「あ、それはそれで大歓迎です!ヒナミナちゃんの事、一目見た時から美人だな〜って思ってたんですよ」


 安心できる訳ないでしょう!


 ヒナミナさんはカリン様にクレイさんを助けてもらったという恩があります。

 恩と言えば聞こえがいいですが、それは借りであり、弱みとも言い換える事ができます。


 弱みを盾に迫られたらヒナミナさんも断り切れないかもしれませんし、もし彼女があんな事やこんな事をされているところを見せつけられでもしたら……わたくしの脳は破壊されてしまいます!


 こうなったら……


「いえ、カリン様のお隣のお席は是非わたくしにお譲りください!高名な聖女様のお話には大変興味がありますので!」


「駄目だよ、レンちゃん!君にもしもの事があったらボクの脳が破壊されゃう!」


 ヒナミナさんが血相を変えてわたくしを止めようとしました。

 お気持ちは大変ありがたいのですが、ここで引くわけにはいかないのです。


「ヒナミナさんを犠牲にする訳にはいきません!ここはわたくしが……!」



「びっくりした。あの2人からこんなに求められるなんて、カリンお姉さん大人気じゃん」


「うふふ、ついに私にも来ちゃいましたねぇ。モテ期」


「絶対違うと思いますよ、聖女様」



 少し揉めましたが最終的にカリン様の隣には特に嫌がっているわけでもないクレイさんが座る事になりました。


    ◇◇


「もぐもぐ……なるほど!その変質した雷龍サンダー・ドラゴンはヒナミナちゃんとレンちゃんの愛の力の前に敗れた訳ですね。とってもロマンチックで素敵です!」


 皆が席についた後、ささやかなお茶会が始まりました。

 カリン様はご自身で手ずから淹れた紅茶を飲みつつ、お土産のもなかを2つ纏めて頬張りながら感想を述べます。


 お話の大半はたわいない雑談やわたくし達の体験してきた冒険内容が主であり、カリン様はとても聞き上手な方といいますか、こちらが話すあらゆる事に興味を示して頂ける事もあってついつい話が弾んでしまいます。

 ……それはいいのですが。


「んぐ?どうかしましたか、レンちゃん」


「いえ、ヒナミナさんとクレイさんがいいのであればわたくしは何も」


 話を始めてからカリン様はちょくちょく隣にいるクレイさんの手をとって撫でたりしていたのですが、とうとうその手に頬擦りまでし始めたので気になって仕方がなくなってきたのです。


 後ろに控えているダニエラさんの方を見ましたが、このぐらいは許容範囲なのか口を出してくる事もなく、肝心のヒナミナさんは眉をピクリと動かしてはいましたが、当のクレイさんがカリン様の頬をつついて「もちもちだ〜」なんて呑気な事を仰られているのを見て黙認する事にされたようです。


「しかし変質した魔物ですか。扉に仕掛けられていた空間魔術といい、色々と胡散臭いですねぇ。あぁそうだ、魔物と言えば––––」


 クレイさんに頬を突かれるのが嬉しいのか、それとも食しておられるお土産のもなかがよほど美味しいのか、蕩けたような表情をしていたカリン様ですが、先ほどから一転して真剣な表情に変わりました。



「皆さんは魔王って知ってます?」





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 なんで聖女様の隣に座る=罰ゲームみたいになってるんですかね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る