第30話 巫女さん、義妹と和解する

「ただいまー」


 クレイさんが貸家に帰ってきたのは18時を過ぎた辺りでした。

 その表情を伺うと虚ろだった瞳にはしっかりと光が宿っており、少しほっとしました。

 どうやら彼女の中ではしっかりと心の整理がついたようです。


「お帰りなさい」


「お帰り、クレイちゃん」


 わたくしとヒナミナさんも挨拶を返します。

 不自然さを感じさせないようにできているでしょうか。


 靴を脱いだクレイさんがもじもじとしたご様子でわたくしの前に立ちました。


「あのさ、レン。昼間の事なんだけど……」


「大丈夫ですよ、クレイさん。ちゃんと分かっていますから」


 フウカさんとわたくしを重ねた事で寂しくなってしまわれたのですよね。

 それ相応の理由があるのであればわたくしは彼女を軽蔑したりするつもりなどありません。


 クレイさんは目を潤ませながら上目遣いでわたくしを見つめると––––



「ムラムラしたからつい押し倒しちゃった♪ごめんね♡」



「……はい?」


 可愛らしくウィンクしながら意味不明な事を仰りました。

 頭でも打たれたのでしょうか?


「よし、許された!」


 いえ、別に許すなんて言ってはいませんが。

 さっきの『はい』は肯定ではなく聞き返しただけです。


 ……ちょっと釈然としませんが、元から怒ってはいなかったのでよしとしましょう。

 それより今はあらかじめ考えていた事を実行する時です。


「クレイさん。仲直りついでにわたくしのお願いを聞いては頂けないでしょうか?」


「ん、いいよ。今日は迷惑かけちゃったしね」


「わたくしとお友達になって頂けますか?」


「友達?」


「はい。これからも一緒に生活をしていく仲ですし、是非貴女とも親交を深めていきたいと思いまして」


 少し堅苦しかったでしょうか。

 そもそもお友達という存在自体がなりましょうと言ってなる物なのかも今ひとつ分かりません。


「もちろんいいよ!……えへへ、初めて友達が出来ちゃった」


「初めて……」


 クレイさんは朗らかに笑って承諾してくれました。

 考えてみれば彼女にとってまともな交友関係のある方なんてヒナミナさんとフウカさんしかいなかったのでしょう。

 そしてそれはお母様以外、ろくな人間関係を築いてこれなかったわたくしも同じ。


 お互い初めて同士のお友達。

 なんだか嬉しくなってきました。

 この縁も大切にしていかないと……。


「それじゃ、友達記念におっぱい揉んでいい?」


「はしたないですよ、クレイさん」


 どうしましょう、早くも縁を切りたくなってきました。

 いえ、きっと彼女なりの冗談という物なのだと思う事にしましょう。



「クレイちゃん」



「ヒナねぇ……」



 ヒナミナさんの呼びかけにクレイさんが振り返ります。

 そのご様子はわたくしと話していた時とは打って変わって、どことなく緊張をはらんでいるように思えました。


「ヒナねぇ。あたし、話したい事があるの」


「うん」


 すぅ、と一呼吸入りました。

 わたくしは一瞬反射的に止めそうになって、そしてそんな資格はないと思い直して踏みとどまります。



「あたしね、ヒナねぇの事を憎んでた」


「……!」


 息を呑んだのはわたくしなのか、ヒナミナさんなのか。

 もう言ってしまったからには途中で止める訳にもいかなくなりました。


「フウカがいなくなって、ヒナねぇが悪いわけじゃないのに憎む方が楽で流されて、でも憎めば憎むほど心が苦しくて、結局ヒナねぇまでいなくなって、どうすればいいか分からなかったの」


 大好きな相手を嫌なのに憎むしかなくなる。

 それはどんなに辛い事なのか、わたくしには想像もつきませんでした。


 ヒナミナさんとクレイさんの関係を無理矢理わたくしに当てはめるなら、それはわたくしとお兄様になるでしょうか。

 わたくしと彼はお互いに憎しみあっているだけで、憎む事で苦しむなんて事はありません。


 ヒナミナさんとクレイさんを見ていたら、ただ相手を憎み、嫌い、恐れていただけの自分がひどく滑稽に思えてきました。


「あたしは大好きなヒナねぇを憎まずに生きていきたい。だから助けて欲しい」


 クレイさんの橙色の瞳から涙が溢れました。

 先程憎んでいたと告げた相手に助けを求める。

 一見矛盾してるようですが、しかし彼女にとってヒナミナさんはただ1人の無条件で頼る事が許される相手なのでしょう。



「クレイちゃん」



 ヒナミナさんがクレイさんの名を呼びます。

 その声は震えていて、酷く緊張しているのが傍目にみても分かりました。


 わたくしは彼女にそっと寄り添い、その手を優しく握ります。

 わたくしにはこの程度の事しかできません。



 ヒナミナさんが深く頭を下げました。



「ごめんなさい、フウカちゃんが死んだのはボクのせいだ」


「ヒナねぇのせいじゃないし、フウカは死んでないよ」


「ボクが大蛇を倒そうって言わなければこんな事にはならなかった」


「あたしもフウカもヒナねぇの意見に賛成した。もし反対してたらヒナねぇはきっと意見を変えてくれてたと思う」


「ボクの力が足りなかったからフウカちゃんは無理をする羽目になった」


「力が足りなかったのはあたしも同じだよ。あたしはヒナねぇと肩を並べて戦えるほど強くなかった」


「ボクは君を置いて日陽から逃げた」


「ヒナねぇはちゃんとあたしに声をかけてくれた。聞こえないフリをして日陽にしがみついていたのはあたしの方」


「ボクは––––」


「ヒナねぇ、頭を上げて」


 クレイさんに言われて頭を起こしたヒナミナさんの顔はすっかり涙で濡れきっていました。

 クレイさんはそんなヒナミナさんに近付くと胸に顔を埋めるようにして抱きつきます。


「もう自分を責めなくていいの。あたしも責めないし、憎んだりしないから。だからどうか、一緒にいさせて?フウカの事を諦めた訳じゃないけど、あたしにはヒナねぇしかいないから」


「……うん、ずっと一緒にいるよ。今度こそ逃げない」


 ヒナミナさんが包み込むように優しくクレイさんを抱きしめます。

 そんな彼女達を間近で見たわたくしはただただ美しいという感想を抱きました。


 憎いのに一緒にいたい、共にある事を恐れているのに幸せになって欲しい。

 世の兄弟姉妹はこれほどまでに美しい矛盾を抱えて生きているのでしょうか。


 わたくしには分かりません。

 分かりませんが、ヒナミナさんとクレイさんはお互いがお互いを必要としていて、そして本気で相手の幸せを願っている事だけは伝わってきました。



 ちなみにこの話には少し続きがありまして、クレイさんが森で倒れたところを聖女カリン様に救われたと聞かされたヒナミナさんの顔が真っ青になったり、さらにその後クレイさんがカリン様に色々とお身体を触られたと聞いたヒナミナさんがどこに怒りをぶつけたらいいか分からなくなって頭を抱え込んだりといった事がありましたが、長くなりそうなので割愛します。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 とりあえず人間関係的な物は一段落。

 レンからヒナミナを寝取ったり、ヒナミナからレンを寝取ったりとかはないです。

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