第29話 義妹、聖女様に出会う
△△(side:クレイ)
「……」
最初に感じたのは後頭部に触れる柔らかい感触だった。
真っ暗な闇の中に一筋の光が差し込んで。
深い微睡みからゆっくり、ゆっくりとあたしの意識が持ち上がっていく。
◇
「フウカ!ヒナねぇ!」
「わっ!?」
横になった状態から跳ね起きた瞬間、すぐ後ろから女の人の驚いた声が聞こえた。
声が聞こえた方をおそるおそる振り返る。
また幻聴じゃないよね?
振り返った先に居たのは桃色の髪と瞳をした修道女風の服を身に纏った美人なお姉さんだった。
当然あたしの知らない人だ。
「まだ横になっていた方がいいですよ。治癒魔術をかけたとは言え、お嬢さんは先程まで倒れていたのですから」
お姉さんが心配そうにしながら声をかけてくれる。
治癒魔法をかけた、という事はこのお姉さんは系外魔術の一つである治癒魔術を使いこなす治癒師なんだろう。
あたしがさっきまで地面に仰向けで寝かされてた事と、お姉さんが座った体勢でいる事から察するに、どうやら気を失ったあたしを膝枕しつつ、治癒魔術をかけ続けてくれたみたい。
「えっと、お姉さんが助けてくれたんだよね。ありがとう」
「どういたしまして。それより日陽のお嬢さん、あなたのお名前は?どうしてこんな場所に一人でいたのですか?」
「あー」
どう説明したらいいものか。
幻聴が聞こえて義姉の恋人を押し倒した上に、その姉への自分勝手な恨みつらみを抱えてたら耐え切れなくなってぶっ倒れたとか、どう考えてもヤバい子でしかないんだよね。
……でもこのお姉さんはたぶん治癒師なんだろうし、もしかしたらあたしのおかしい頭についてもアドバイスしてくれるかもしれない。
それに上手くいかなくたってあたしが変な子だと思われるだけだし、実際変な子だからなんの問題もないか。
◇◇
あたしはこれまであった事を全部話した。
うん、明らかに初対面の人に話していいような内容ではないんだけど、お姉さんはなんというかとても相談しやすい雰囲気の人で、あたしの事を頭ごなしに否定したりする事もなく、反応が欲しい場面ではいい具合に相槌を打ってくれたりするので、不思議と話が弾んだ。
説明してる最中は感情的になる事もなく、自分でも冷静に話せてたと思う。
時々お姉さんの身体から白い光が漏れたりしていたので、もしかしたら会話中も治癒魔術を使ってくれてたのかもしれない。
精神的な怪我に効く魔術とかあるのかは知らないけど。
会話を続けながら改めてお姉さんの方を見る。
年齢はたぶんヒナねぇより少し上で20歳くらいかな?
凄く綺麗な人だ。
ヒナねぇやレンと比べても見劣りしないぐらい。
長い桃色の髪は後頭部の辺りで高級そうなリボンを使って纏められていて、同色のパッチリと開いた桃色の瞳と合わせると華やかさというよりはどことなく流れ続ける血液のような印象を受けた。
服は黒と白をベースにした修道服で胸元はおっきい……間違えた、胸元に金製のプレートが下げられてる。
今日あったギルドマスターのジェイルさんが言ってたけど、冒険者が胸元に下げているプレートはその人の実力を表していてそれが金製だと国内に5人しかいない
お姉さんは綺麗な見た目とは裏腹に結構凄い人なのかもしれない。
「話は分かりました」
あたしの話を聞き終えたお姉さんが真剣な表情であたしを見据えた。
「よく頑張りましたね、クレイちゃん。それにヒナミナちゃんとフウカちゃんの2人も」
「あ……」
頭を撫でられた。
てっきり自分勝手だとか逆恨みはやめろとか言われると思ってたので、あたしを……あたし達3人を褒められたのは意表を突かれた。
「ブラン王国と日陽の交易が盛んになったのはここ1年ほどでこれはあなた達がちょうどその大蛇という邪神を誅した頃になります。もしかしたら日陽が神秘の国でなくなったのはクレイちゃん達のお陰なのかもしれませんね」
「でも……あたし達は3人で平穏に暮らしたかっただけなのに。日陽の交易とか発展とかどうだっていいもん」
「えぇ、全くもってその通りです。ごめんなさい」
「あの……別に怒った訳じゃ」
たぶんお姉さんはあたし達の行動は無駄じゃなかったって方向に話を持っていきたかったんだと思う。
人に尽くし、人を癒す治癒師ならではの考え方なのかもしれない。
「話を戻しますが、クレイちゃんは私にアドバイスをもらいたいという認識でいいですか?」
「うん、もうどうすればいいのか分からなくて」
治癒魔術が効いたのか、それとも人に話した事で多少スッキリしたせいか胸の中のドロドロした物はだいぶおさまったけど、問題は何も解決してない。
正直藁にも縋りたいぐらいだった。
「一つずつ対処していきましょう。纏めて考えると思考が進まなくなりますからね」
お姉さんはあたしの傍に寄りつつ、話を再開する。
なんだか異様に距離が近いような。
「ひとまずフウカちゃんについてですが、遺体が見つかるとかそういう事がない限りは生きていると仮定しておく事にしましょう」
「……フウカの事は諦めなくていいの?」
「亡くなられたという証拠がありません。それにクレイちゃんが彼女に生きてて欲しいと願っているのなら、わざわざ悪い方向に考える必要もありませんからね」
「そっか……それなら日陽に――むぐっ」
お姉さんに唇を指で押さえられた。
「んっ……ふぅ。もう1年近く探して見つかってないのでしょう?それに今も生きていると仮定するならフウカちゃんは何らかの生活スタイルを確立していると考えるのが自然ですし、すぐにどうなるという事もないでしょう。それより先にクレイちゃんはやらなければいけない事がある筈です」
あたしの唇を押さえた指をちろりと舐めてから話を続けるお姉さん。
……なんで舐めたの?
「現在、クレイちゃんには無条件で味方になってくれる子と、行動次第で味方になり得る子がいます。その子達はクレイちゃんの事を助けてくれるだけでなく、心の支えにもなってくれるでしょう」
「味方ってヒナねぇとレンの事?」
「それと私ですね」
巫女装束から露出しているあたしの肩と二の腕をさわさわと撫でつつ答えるお姉さん。
……なんだか触り方がえっちな気がする。
「まず帰ったらレンちゃんには押し倒してしまった事を謝りましょうか」
「でも謝るって言ってもなんて言えばいいか……」
「ムラムラしたからつい押し倒しちゃった♪ごめんね♡とかでいいのではないですか?大丈夫ですよ、可愛いクレイちゃんが謝ればすぐ許してくれます」
「ムラムラしてるのはお姉さんの方じゃない?」
あたしを背後から抱きしめながらアホみたいな事を言いだしたお姉さんにそう切り返す。
あとお腹を撫で回すのは恥ずかしいから止めて欲しい。
あたし、別に太ってないよ。
「次にヒナミナちゃんについてですが、彼女に対しては自分が思っている事をちゃんと打ち明けるのが肝心です。もちろん、責めるような口調で話すのはNGですよ。そんな事をしてもクレイちゃんもヒナミナちゃんも、どっちも不幸になるだけですからね」
あたしが抵抗しないとみるや、調子に乗って胸を撫で始めるお姉さん。
いい事言ってるのに色々と台無しだよ。
「んんっ……ひょっとしてお姉さんってあたしの
「だって女の子の方が男の子より柔らかいし可愛いじゃないですか」
それは分かる。
「もし何もかも嫌になってしまったら私のところに来ませんか?お身体を触らせてもらいましたが、クレイちゃんはよく鍛えてるようですし、その上可愛いから私のボディガードにピッタリです」
むしろヒナねぇにお姉さんの魔の手からあたしを守るボディガードになってくれるよう頼んだ方がいい気がしてきたんだけど。
「あー!!聖女様がいたいけな少女を手籠にしてる!!!」
その時、あたし達の背後から甲高い女性の声が聞こえてきた。
振り向くとミスリル製の鎧に身を包んだ短い茶髪の女性騎士がこちらに駆けてくるのが見える。
性女様ってのはお姉さんの事を言ってるのかな?
見た目も性格もえっちだし。
「うっ、ダニエラさん!?」
お姉さんが「しまった!」とでも言うような表情で呻いた。
女性騎士の人はダニエラさんっていうみたい。
「魔の森の調査がしたいって言ったのは聖女様なのに、勝手に抜け出したかと思えばこんな小さい子に手を出すなんて!うちの領は犯罪者には厳しいんですよ!今日の事は旦那様に報告しますからね!」
「ち、違うんですダニエラさん!これはお互いの合意があっての愛ある行為なんです!そうですよね、クレイちゃん?」
お姉さんの言い訳を聞いてダニエラさんがあたしの方を見た。
どうやら真偽を問いただしたいみたいだし、ここは正直に答えておこう。
「いや、まったく?お姉さん、やたらと慣れた手付きであたしの胸とか触ってくるし、普段からあたしぐらいの子にこういう事してるんだろうなって思ったよ」
「クレイちゃん!?」
「被害者から証言も取れましたし、連行するとしましょうか。聖女様、しばらくは外に出られないと覚悟しておく事です」
「あ〜ん!」
ダニエラさんに引き摺られていくお姉さん。
あたしの方に必死に手を伸ばしてくるあたり、なんか気に入られてしまったらしい。
「あ、自己紹介を忘れてました!私の名はカリンです!!今は領主様の館でお世話になってますから絶対遊びに来てくださいね、クレイちゃん!!!」
ズリズリと引き摺られながらも大声であたしとコンタクトを取ろうとするお姉さん改めカリンお姉さん。
凄くシュールだ。
「……帰ろ」
いつの間にか胸の中にあったドロドロした物は綺麗さっぱりなくなっていた。
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性……聖女カリンのイメージを近況ノートの方に載せてあります。
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