第27話 巫女さん、過去を語る

「どこから話したものかな……まずはボク達、巫女という存在について話そうか」


 クレイさんよりひと足先に貸家に戻ってきたわたくしとヒナミナさんは居間のちゃぶ台を挟んで向き合っていました。


「最初に日陽における巫女の定義なんだけど、これは神に捧げられる者の事を言うんだ。所謂生贄ってやつだね」


「いけ……にえ……?」


 ヒナミナさんの口から漏れた現実感が欠けた単語にわたくしは思わず鸚鵡返しをしてしまいました。


「そう。10年に一度の周期で邪神八岐大蛇やまたのおろちの怒りを鎮める為に捧げられる存在。それが巫女であり、ボクとクレイちゃんとフウカちゃんだったわけだ」


「捧げられるって……要は殺されるって事ですよね?そんな非人道的な事が許されるのですか?」


「許される、というよりは完全に風習と化してたね。誰も疑問を持たないし、それが当たり前だった。巫女に選ばれるのは魔力量の多い孤児だったから、わざわざ文句を言って反感を買いたがる人もいなかったしね」


「だからってそんなの酷すぎます!」


「ありがとう、レンちゃん。ボク達の為に怒ってくれて」


 寂しそうに笑うヒナミナさんにわたくしは何も言えなくなりました。

 実際、もう終わってしまった事なのでどうにもならないのが口惜しいところです。


「ボク達3人が生贄……巫女として神社に集められたのが8年ぐらい前だったかな。ボクが10歳でクレイちゃんが7歳、フウカちゃんが5歳。二人とも凄く可愛い子でね、クレイちゃんはボクの事をヒナねぇ、フウカちゃんはヒナ姉様って呼んで凄く慕ってくれてたんだ。だから幼心ながらに二人を何としても守り抜かなきゃと思って、来たるべき時に備えて一生懸命修行したよ。二人も頑張ってボクについてきてくれた」


「素敵なご姉妹だったのですね」


 わずか10歳で大切な人達を守り抜く決意をしたヒナミナさん。

 そしてそんなヒナミナさんに絶対の信頼を置いて、しかし人任せにする事もせず、自らも積極的に己を高め続けてきたクレイさんとフウカさん。


 血の繋がっていないヒナミナさん達がこれほど強い絆で繋がれていたというのに、わたくしとお兄様ときたら……。


「修行と研究の末に生まれつき魔力量が多すぎるせいで魔力器官が壊れてたフウカちゃんに新しい魔力器官を作ってあげられるようになったのが、ボクが13歳の頃だったね。そこから応用してフウカゃんから魔力を受け取る魔術を開発したあたりでボク達は目標を変えた」


「目標を?」


「そう。それまではあそこから逃げ出して3人で生きていくのが目標だった。でもフウカちゃんの魔力を魔力操作能力に優れたボクが使えるようになった事でもう一つの可能性を見つける事ができたんだ。……邪神を、八岐大蛇やまたのおろちを倒すって可能性をね」


「!?」


「人の目から逃れて野生動物のように生きていく、ボクはそんな生活を義妹達にさせたくなかった。だったら諸悪の根源である邪神を倒してしまえば、ボク達は生贄ではなく人として大手を振って日陽で生きていけると、そう思ったんだよ」


 邪神とはいえ、神を倒す。

 ブラン王国における神は日陽と違い、精神的な物であって実物的な物ではありませんがヒナミナさんの選んだ選択肢はわたくし達の常識とはかけ離れた物でした。


「そしてボクが17歳になって、ついにその時が来た。今思えば八岐大蛇やまたのおろちがいた洞窟はブラン王国でいうダンジョンで、あいつはボスに相当する存在だったんだろうね。邪神なんて呼ばれてたけどあいつに神と言えるような知性はなかったし、ただの強大で恐ろしい魔物でしかなかった。当然生贄も大蛇が要求した訳ではなくて、ただ大蛇を恐れた人間達が安心を得る為だけのなんの意味もない風習でしかなかったんだよ」


「そんな事の為にヒナミナさん達が犠牲になるなんて……」


 自分達が安心する為に死ねと言われて果たして納得できる人間はいるのでしょうか?

 ヒナミナさん達はそんな理不尽にたった3人で抗ってきたのですね……。


「大蛇が潜む洞窟に放り込まれたボク達は予め隠しておいた武器を持って大蛇の下へと足を進めたよ。ボクの体力を温存する為、フウカちゃんから魔力を受け取ったクレイちゃんはたった一人であいつの下に行くまでの道を切り開いてくれた。大好きなフウカちゃんを守る為に、ボクなら大蛇を倒してくれると信じて、あの子はボロボロになりながらやり切ったんだ」


 当時のクレイさんの年齢は14歳。

 今のわたくしより年下の少女が大切な人達の為に命懸けで道を切り開いた。

 そんな彼女の覚悟と意志の強さにわたくしは戦慄するばかりでした。


「そしてクレイちゃんからバトンを渡されたボクはついに八岐大蛇やまたのおろちと対面した。あいつは8本の首を持つドラゴンでね。その戦いはまさに死闘と呼ぶべき物だったよ。フウカちゃんから魔力を受け取ったボクでも8本の首で猛攻を仕掛けてくる大蛇を凌ぎきるのは流石に厳しくてね、何度も死を覚悟して、その度に死ぬ訳にはいかないと自分を鼓舞し続けた。ボクが倒れたら誰がクレイちゃんとフウカちゃんを守るんだ!ってね」


 ドラゴンと言われてわたくしが思い浮かべたのは先日交戦した超雷龍ハイパー・サンダー・ドラゴンです。

 双頭をもつ超雷龍と比べて首が8本あるから4倍強いとか、そう単純な物ではないのでしょうが、あの状態のヒナミナさんが死にかける強敵という時点で八岐大蛇やまたのおろちという怪物がどれほど恐ろしいか存在であったかが窺い知れます。


「そして激戦の末にボクは大蛇の首を全て斬り落とした。だけどあいつはそれでも止まらなかった。首がなくなった身体でなおボクを道連れにしようと襲いかかってきたんだよ。満身創痍だったボクにそれを避ける手段はなく、ただ死を待つのみだった。そんなボクを救ってくれたのがフウカちゃんだったんだ」


「フウカさんが……」


「ボクとクレイちゃんに2回も魔力を分け与えてふらふらだっただろうに、フウカちゃんはボクを助ける為に残りの魔力を使い果たす勢いで大蛇に風の魔術を放ったんだ。そして凄まじい嵐が去った後に残ったのはボクとクレイちゃんと大蛇の死骸、そして半壊した洞窟だけだった。フウカゃんの姿は消えてなくなっていたんだ」


「風の魔術ということはフウカさんは自分の魔術で吹き飛んでしまわれたのでしょうか?」


「そう思って全力で捜索したよ。大蛇の討伐を伝えた後に他の日陽人達の手も借りて2週間かけて探し続けた。だけどとうとうフウカちゃんは見つからなかった」


「そんな……」


 遺体が見つからなかったとはいえ、現在も行方知れずという事はもう彼女の生存は絶望的なのでしょう。


「フウカちゃんがいなくなってからも地獄は続いたよ。邪神とは言え、神として畏れられてきた大蛇を倒したボク達が日陽でどんな扱いを受けたと思う?」


「神を倒した罰当たりな者として迫害……いえ、先程フウカさんの捜索を手伝わせたと言ってましたよね。……わたくしには分かりません」


「ボクは今、日陽では神として崇められているんだ」


「……はい?」


 ヒナミナさんが日陽の神様?

 大蛇を倒すまでは巫女……生贄として扱われてきた彼女が?


「神殺しを達成した者は神を超える力を有するとして、その者もまた神として扱われる。大蛇の首を全て斬り落としたボクは現人神あらひとがみとして、大蛇へと続く道を切り開いたクレイちゃんは英雄として日陽人達から崇められたんだよ」


「……それは」


 あまりにも身勝手が過ぎるのではないでしょうか。

 ヒナミナさんとクレイさんにとって、それは迫害されるよりも辛かったのかもしれません。


「笑えるよね?大切な義妹を守れなかったボクを、今まで邪神の餌ぐらいにしか思ってなかった人達が神様だと崇めてくるんだから。フウカちゃんを亡くして、放っておいてほしいのに勝手に神様扱いする人達に囲まれて、ボクはもう限界だった」


 気付いたらヒナミナさんの声は震えていて、その綺麗な蒼の瞳から涙がぽたぽたと零れ落ちていました。


「そしてボクは日陽を出る事にした。神として崇められているボクを止める権限のある者なんてあそこにはいなかったし、何の問題もなかった。当然クレイちゃんも誘ったよ。だけどクレイちゃんはフウカちゃんがまだ生きてるかもしれないと言って、あれから一ヵ月以上経過してたのにまだ納得しなかった。だからボクはクレイちゃんを置いて一人で日陽から逃げたんだ」


 涙で濡れた目元を振袖で拭ったヒナミナさんは真っ直ぐわたくしを見つめました。

 その表情はどこか感情が抜け落ちてしまったように感じられます。


「これでボク達の話は終わり。酷いお姉ちゃんだよね?大切な妹を守れなかったばかりか、残ったもう一人の妹を置いて逃げ出す臆病者、それがヒナミナという人間だよ」


「ヒナミナさんは臆病者なんかじゃありません!」


 わずか10歳で覚悟を決めて、義妹達の為に命懸けで戦い抜いた彼女を誰が臆病者と罵れるというのでしょうか?

 だったら最初から戦わずに逃げていたわたくしなんて、もはや生きている価値を問われるレベルです。


「……レンちゃん、泣いてるの?」


 ヒナミナさんに言われて顔に手をやると、涙が零れている事に気付きました。

 きっとこの涙はヒナミナさんの為だけに流した物ではないのでしょう。


「ごめんなさい、ヒナミナさん。貴女のお話をお聴きして力になりたい、寄り添いたいと思うのにわたくしにはそれをする資格がないのです。フウカさんが生きていたらヒナミナさんがわたくしと出会う事もありませんでした。わたくしはフウカさんの死によって生かされてる女なのです」


 もしヒナミナさんと出会う事がなかったら、わたくしはドレスを破られ無一文で屋敷を追い出され、ならず者達の慰み者にされていました。

 たとえその状態から生き繋いだとしても、死んだ方がマシと感じられる状況に陥っていた事でしょう。


 だからわたくしにはフウカさんの死を悲しむヒナミナさんに寄り添う資格なんてはありません。

 わたくしの幸せとフウカさんの命は共存できるような物ではなかったのです。


「レンちゃんと出会ってから今まで、ボクはずっと君に助けられてきたよ。フウカちゃんがいなくなっても生きる事を諦められなかったのはクレイちゃんがいたからだけど、今幸せを感じていられるのはレンちゃんがいてくれるおかげなんだから」


 ちゃぶ台を迂回してわたくしの傍に来たヒナミナさんに背後から抱きすくめられました。

 背中に触れる優しい感触に、落ち込んでいた気分が安らいでいきます。


「だから、ボクに寄り添えないなんて言わないで。君が傍にいてくれるだけでボクは明日も頑張ろうって思えるんだ」


「ヒナミナさん……」


 元々ヒナミナさんとの縁はわたくしの容姿がフウカさんと似ていた事で繋がった物でした。

 しかし彼女は今、わたくしの存在にフウカさんとはまた違う価値を見出してくれている。

 その事が堪らなく嬉しく感じて、そして申し訳なく思いました。


「だけど、クレイちゃんにはボクにとってのレンちゃんみたいな子はいない。もしこれから先フウカちゃんの死が確定するような事があったりしたら、あの子はきっとフウカちゃんの後を追ってしまう。クレイちゃんを引き止めるにはボクだけじゃ足りないんだよ」


 フウカさんがいなくなってしまった以上、血が繋がっていないとはいえ、クレイさんはヒナミナさんにとって唯一の肉親です。

 クレイさんの悲しみを癒す事がヒナミナさんの幸せに繋がるのであれば力になりたい。

 なりたいのですが……。


「わたくしにフウカさんの代わりが務まるのでしょうか?」


「フウカちゃんの代わりになんてならなくていいんだよ。レンちゃんはレンちゃんなんだから。ただ、どうかあの子の事を嫌いにならないで欲しいんだ」


「嫌いになんて……」


 流石に押し倒されてしまった時は少し驚きましたが。


「大丈夫ですよ。わたくしもクレイさんとは仲良くなりたいと思っていますから」


「ありがとう。もしレンちゃんの存在がクレイちゃんにとっての希望になってくれるのなら、ボクとしては凄く有り難いよ」


 フウカさんがいなくなってから、ずっと残されたクレイさんの事を心配されていたのでしょう。

 ヒナミナさんはわたくしの返した答えを聞くと、優しく微笑んでくれました。


 しかし仲良くなると言っても彼女とはどういう関係を構築していけばいいものか。


 恋人……わたくしにはヒナミナさんがいるので論外です。

 妹……歳が同じな上にやや幼い容姿のクレイさんがお姉様というのはイメージが湧きません。

 となれば残るのは――


「まずはお友達から始めたいと思います。わたくしとクレイさんは同い年で……あ!」


「どうしたの?」


 とても重要な事を忘れていました。

 

「わたくし、お友達が一人もおりませんでした」


この世に生を受けてからの15年間、殆ど屋敷を出た事のなかったわたくしにとって、お友達など創作劇上の産物でしかなかったのです。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 過去編とかは需要がないと思ったので1話で語らせる感じで終わらせましたが、かなり文量が多くなりました。

 暗い話は次回で終わらせます。

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