第26話 義妹、模擬戦を行う
△△(side:クレイ)
バレス領についてから翌日の早朝。
貸家の庭であたしとヒナねぇは日陽にいた頃から日課にしていた組み手試合を行っていた。
もちろんあくまで訓練だから身体に当てないよう、少し距離を置いて、蹴りなしでの戦闘ではあるけど。
「はっ!」
互いに加減した、とはいえ激しい攻防の末に繰り出したあたしの拳がヒナねぇの顔の5cm前でピタリと止まる。
数秒経過したのち、ヒナねぇはフッと笑うと両手を上げて降参のポーズを取った。
「強くなったね、クレイちゃん。もう素手同士の戦いじゃ勝てそうにないや。ボクがいなくなってからも鍛錬はしっかり続けてたみたいだね」
「とーぜんだよ。次があった時は今度こそ
「クレイちゃん……」
ヒナねぇが悲しそうな瞳であたしを見つめる。
うん、分かってるよ。
フウカが生きている可能性が絶望的だって事ぐらい。
でも可能性が皆無だと確認できない限り、あたしはあたし自身がフウカの生存を諦める事を許さない。
「ねぇ、ヒナねぇ。お願いがあるんだけど」
「うん、何かな?」
「あたしをしばらくここに置いてくれない?1週間とかじゃなくて、もっと長い期間って意味で」
「もちろん構わないよ、可愛い妹の頼みだからね。クレイちゃんが満足するまでいつまでもいてくれていいんだからね?」
あたしの自分勝手なお願いに二つ返事で肯定してくれるヒナねぇ。
この人はいつだって自身の事よりあたしやフウカを優先する。
自分の恋人に色目?を使う妹なんて誰だって嫌だろうに。
そしてそんなヒナねぇの人の良さにつけ込むあたしは人でなしなんだろう。
でも仕方ない。
たとえ他人の空似であっても、これ以上フウカと触れ合えなかったら精神的に保たない。
そしてあたしが潰れたら本当にフウカと再会できる可能性が0になる。
だから仕方ない。
ヒナねぇが心の底では嫌がっていようが、レンに対して勝手にフウカと重ね合わせるのが失礼な事であろうが、仕方ない。
「だけどここに定住するからにはクレイちゃんにもしっかり働いてもらうからね。今日はちょっと忙しくなるよ」
◇◇
朝の訓練が終わってようやく起きたレンを交えて朝食を食べた後、ヒナねぇの先導であたし達は色んな場所に出向いた。
まずは冒険者ギルドでの冒険者登録。
ギルドマスターのジェイルさんがあたしの魔力量の1400という数値を見て普通に優秀だ、と喜んでいたのが印象的だった。
普通じゃないのはたぶん隣にいるレンの事だろう。
あたしの目には彼女から漏れ出る強大な魔力が映っているけれど、その量はフウカと遜色ないレベルだ。
髪と目の色だけじゃなく、こういうところまで似てるから他人とは思えないんだよね……。
次に行ったのは鍛冶屋。
ここでは籠手と脛当て、安全靴を購入してもらった。
あたしはこういう自分の身体にフィットする武器(防具)の方が性に合う。
ちなみに材質はミスリル製(安全靴は金具部分のみ)でお値段は合わせて何と金貨8枚。
目玉が飛び出そうな金額だけど、あたしが来る数日前に受けた依頼の報酬がかなり高額だったそうで、そんなに懐は傷まないらしい。
そんな高額の依頼を完遂できる辺り、ヒナねぇは当然としてレンも見た目によらず結構できる子なんだろう。
その後も昨日行った服屋さんで下着やら寝巻きなんかを購入して、屋台で昼ご飯を食べて、そして––––
◇
「なーんでこんな事してんのかな、あたしは」
バレス辺境伯領北部の大半を占めている通称『魔の森』。
その入り口辺りであたしはレンと向き合っていた。
「一ヶ月後の武闘大会にレンちゃんも出場するからね。今のうちにボク以外とも戦闘経験を積んでもらおうと思ってさ」
「宜しくお願いします、クレイさん」
なんでもヒナねぇとレンはこのバレス領で開かれる武闘大会で勝ち抜く事を依頼されているらしい。
……この美人なお嬢様が互いに斬ったり殴ったりするのが当たり前な大会に?
依頼した人、ちょっと鬼畜すぎない?
「今日の朝に軽く手合わせした感じだと総合的に見てクレイちゃんは【雌伏の覇者】のクリル、テト、アロン辺りと同程度ぐらいの実力はあると判断したよ。むしろ対人って条件ならこの3人よりも上だと思う」
ヒナねぇの話によると、あたしぐらいの力量の武芸者はぼちぼちいるらしい。
まぁ日陽みたいな島国よりは人材も豊富だろうしね。
「それで、前に本人から聞いたんだけどアロンはここ数年、本戦に出場して一回戦負けで終わってるんだって。つまりクレイちゃんの強さは武闘大会本戦出場のボーダーラインよりちょっと上ぐらいになるわけだ。だからレンちゃんがクレイちゃんとある程度渡り合えるだけの力を身に付ければ、依頼内容の本戦出場って条件もクリアできると思う」
「なるほど!クレイさんは【雌伏の覇者】の皆様に劣らないほどにお強いのですね!」
要はあたしの強さが練習台として最適って事らしい。
「まぁ二人にはこれからもお世話になるし、いいけどね。それでルールはどうするの?」
「実際の試合だと互いに5m離れた位置からスタートして、降参するか戦闘不能になるまで続けるんだって。もちろん二人にそんな事はさせられないからちょっと緩めの物にさせてもらうよ。まずレンちゃんの攻撃手段は
つまり使う魔術を制限されたレンの攻撃をいなしつつ、近づいて寸止めするのがあたしの勝利条件って事になる。
勢い余ってほんとに殴っちゃったりしないよう、気を付けないと。
「それじゃ、試合開始!」
「【
「ふっ!」
ヒナねぇの宣言から早々にレンの構えた小型の杖から翡翠色の魔力を変化させた風の球体が放たれる。
あたしはそれを籠手で殴り付けて霧散させた。
うん、流石はミスリル製。
籠手と脛当てで受ける分には怪我する事もなさそう。
「流石ヒナミナさんの妹君ですね。それなら!」
あたしに自分の魔術を受け切れる実力があると分かったからか、今度は連続して風の球体が放たれる。
その数は5発。
先に放たれた球体と後に続く球体の間隔は狭く、攻勢を緩める気がないのが分かる。
ヒナねぇについていく為に普段からしっかり鍛錬を積んでるんだろう。
頑張り屋さんなんだね、偉い。
偉いけど、もうこの時点であたしにはレンの弱点が見えていた。
「【
最初の2発を殴りつけて霧散させた後、炎の魔術を纏った回し蹴りで残りの3発を纏めて相殺する。
「【
レンの放った魔術を相殺した直後、彼女の目の前に直接炎の魔術を発動し、破裂させた。
ヒナねぇには遠く及ばないとはいえ、幼少の頃から魔術の鍛錬を欠かさず続けてきたあたしは魔力操作能力にはそれなりに自信がある。
魔術を撃つ際にずっと棒立ちのままのレンを捉えるぐらい朝飯前だ。
「!?」
もちろん直接当てないようコントロールはしてるけど、突如目の前で爆風に襲われたレンは反射的にのけぞり、次の魔術を撃つ為のタメを中断してしまう。
当然そんな隙を見逃す訳もなく、あたしは彼女に接近するとその首筋に手刀を叩き込む……寸前で止めた。
「あ……」
「そこまで!勝負あり!」
ヒナねぇの試合終了の宣言と共に殴られかけた事によほど驚いたのか、レンはぺたんと尻もちをついて呆然としていた。
怖がらせてごめんね。
でも実際に殴られるよりはずっとマシだし、嫌ならやめた方がいいと思うよ。
あたしもフウカに似た子が痛め付けられるとこなんて見たくないしね。
あたしが座り込んだレンに手を伸ばしたところで––––
「『もぉ〜、ひどいよクレイ!そんなにフウカの事を苛めて楽しいの!?ヒナ姉様に言いつけてやるんだから!』」
しばらく聞く事のなかった幻聴があたしの耳に届いた。
△△(side:レン)
「参りました、わたくしの完敗です」
使う魔術とその威力に制限こそありましたが、クレイさんからは明らかに余裕が感じられましたし、互いに全力でやったとしても結果は変わらなかったでしょう。
ですがお陰様でわたくしは自身の問題点を理解する事ができました。
わたくしの魔術を捌きつつ攻勢に出られるような相手、それに対処できれば本戦出場の目も見えてくるでしょう。
わたくしはクレイさんから差し出された手を取ろうとして――
「えっ?」
肩を押されて地面に押し倒されました。
「クレイさん?」
突然の彼女の行動に恐怖こそ感じませんでしたが、何故このような事をしたのか理解はできませんでした。
クレイさんの方を見ると、その眼は虚ろで表情はぼんやりとしており、夢見心地のように見えます。
彼女がわたくしの肩を抑えつけたまま、更に距離を詰めようとしたところで――
「クレイちゃん。それ以上はダメだよ」
ヒナミナさんがクレイさんの肩を掴んで止めました。
「あっ、あたしは――」
ヒナミナさんの言葉で我に返ったクレイさんは慌ててわたくしの上から飛びのきました。
きっとこのような行為に及ぶのは彼女の本位ではなかったのでしょう。
「……ごめん、二人とも。ちょっと頭冷やしてくる」
「森の奥には行かないでね。あと夕食までには戻ってくるように」
ふらふらとした足取りでわたくし達から離れていくクレイさん。
襲われそうになった?事より彼女をこのまま一人にして大丈夫かという不安が勝りました。
「ごめんね、レンちゃん。ボクの妹が迷惑をかけたね」
そう言いつつ、ヒナミナさんが手を差し出してわたくしの身体を起こしてくれます。
「いえ、大丈夫です。あの……クレイさんは一体?」
「……そろそろレンちゃんには話しておくべきかな。ちょっと長くなるけど、ボク達が日陽にいた頃の話を聴いてくれる?」
少し迷うような素振りをしつつ提案するヒナミナさんにわたくしは頷きを返しました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
設定がふんわりしてた時は3人でゆる~く百合するつもりでした。
なお……
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