第24話 令嬢、義妹に懐かれる

「来るんだったら予め言ってくれれば迎えに行ったのに。道中大丈夫だった?変な事されてない?」


「あはは!ヒナねぇは相変わらず心配性だね。魔物や変な男の1匹や2匹なんて、あたしにかかればチョチョイのチョイよ」


 そう言ってクレイ様はヒナミナさんの問いにボクシングのようにシュッシュッと拳の素振りをしながら答えました。


 クレイ様は肩にかかるぐらいのやや長い黒髪を左右で纏めた所謂ツインテールという髪型をしており、綺麗な橙色の瞳も合わせて活発そうな印象を受ける可愛らしい少女です。

 ヒナミナさんとは血が繋がっていない筈ですが、彼女が履いている暗い青色の袴と対になるような赤色の袴の巫女装束に加え、10cmほど低い身長も込みで見ると本当の姉妹のようにも見えます。


「あ、ごめんねレンちゃん。荷物放ったらかしにしちゃって。重かったでしょ?」


 わたくしに気付いたヒナミナさんが声をかけてくれました。

 久しぶりの再会なのですから気にしなくても構いませんのに。


 でもそんな細やかな気遣いができるヒナミナさんはやはり素敵な人です。

 好……ってそんな事を考えてる場合ではありませんでした!


 ヒナミナさんに釣られてこちらを見たクレイ様の橙色の瞳がわたくしを捉えます。

 あぁ、ついに見つかってしまいました。


「初めまして、クレイ様。わたくしはヒナミナさんの下でお世話になっているレンと申します」


 カーテシーの姿勢を取りながら自己紹介をしたわたくしですが、その心臓はバクバクと高鳴っています。

 それは何故か。

 答えは簡単です。


 クレイ様は現状、間違いなくヒナミナさんにとって一番大切な人だからです。

 そして彼女はわたくしの事を嫌っている可能性が非常に高い。

 自分の大好きな姉に纏わりつく血縁関係でもない居候など、どうして好きになれるでしょうか。


 もし仮に『ヒナねぇ、あたしあの女きら〜い!』などとヒナミナさんに告げられでもしたら、わたくしの立場は相当危うい物になりかねません!


「……」


 自己紹介はしたものの、クレイ様からの返答はありませんでした。

 カーテシーの姿勢を解いて恐る恐る彼女の方を見ると––––


 彼女はポロポロとその橙色の瞳から大粒の涙を零していました。


「!?」


 しくじりました!

 まさかいきなり泣き落としという女性にとっての最大の切り札を切って来るなんて!

 こんな事になるならわたくしも予め目薬を購入して対抗すべきで––––


風花フウカ!!」


 悲痛な叫び声と共にわたくしの側に走り寄って来たクレイ様に抱きつかれました。

 表情こそ見えませんが啜り泣く声が止まる事はなく、わたくしのドレスの肩口辺りが彼女の涙で濡れていくのを感じます。


 ヒナミナさんに助けを求めようと視線を合わせると、彼女は両手を合わせて『ごめん』といった感じのジェスチャーをとっていました。

 ここでようやくわたくしはクレイ様の行動に合点がいきます。


 ヒナミナさんは義妹であるフウカ様の死に酷く心を痛めていました。

 そしてわたくしの容姿はフウカ様に似ているとの事です。

 同じヒナミナさんの義妹であり、年齢的にもヒナミナさんよりフウカ様に近いクレイ様がわたくしを見たらどうなるか……


 とはいえ、それが分かったのならやるべき事は一つです。

 わたくしはクレイ様の頭を撫でようとして––––


 身動きが全く取れない事に気付きました。

 わたくしが非力なのもあるかもしれませんが、クレイ様はとても力がお強いようです。


    ◇


「さっきは取り乱しちゃってごめんね」


「いえ、クレイ様も落ち着かれたようで良かったです」


 クレイ様が泣き止み、一緒に貸家の中へ上がった後、ヒナミナさんは『夕食の準備をしてくるからクレイちゃんの相手をお願い』と言って台所の方へ行ってしまいました。

 現在わたくしとクレイ様は居間にあるちゃぶ台を境に向き合って……はおらず、隣同士で座っています。

 時折、彼女の方から覗き込むようにまじまじと顔を見つめられたり、手の甲や腕を撫でられたりするので何だかいけない事をしてしまっているような、そんな感覚に陥ってしまいます。


「クレイ」


「はい?」


「あたしの事はクレイ様じゃなくて、クレイって呼んで欲しいなぁ」


「クレイさん」


 わたくしがさん付けで返すとクレイ様……クレイさんは露骨にむすっとした表情になられました。


「申し訳ありません、性分ですので」


「まぁいいや。久しぶりにヒナねぇの所に遊びに行くついでに噂の同居人がどんな子なのか興味本位で会ってみようぐらいのつもりで来たんだけど、なんかレンの顔見てたらどうでも良くなっちゃった」


「わたくしの顔……フウカ様の事、ですよね?」


「うん。というかフウカに様なんて付けなくていいよ。あの子はあたしやレンより二つ下の、ただのアホの子だから」


 あ、アホの子ですか……。

 まぁそれはともかく今は彼女の目的を探るべき時です。


「クレイさんはわたくしとヒナミナさんが一緒にいる事をどう思っておられますか?」


 大好きな妹によく似た顔の女が、大好きな姉の傍にいて、そこに自分はいない。

 普通なら少なくともいい感情は持てないと思われます。


 ですが、わたくしはこれからもヒナミナさんと一緒にいたい。

 クレイさんから逃げずに話し合う必要があるのです。


 クレイさんはわたくしの問いに「んー」と少し考える素振りをみせた後、とびきりの笑顔でこう言い放ちました。



「めっちゃ邪魔したい」



「!?」



「……なんてね!ジョーダンだよ、ジョーダン」


 危うく心臓が止まりかけました。


「まぁ、とは言ってもヒナねぇがあたしの事忘れたら嫌だなぁとかそういう危機感はあったよ。でも安心して?あたしはヒナねぇには幸せになって欲しいと思ってるしレンに出ていけ、なんて言ったりしないから。むしろレンがついててくれた方があたしとしては安心かな。ヒナねぇっていつも自分自身の優先順位を下に置きがちだから、逆にあの人の事を一番に考えてくれる人が側にいた方がバランスいいしね」


「クレイさん……」


 なんてよくできた妹君なのでしょう。

 数日前にヒナミナさんは自身の事を妹を置いて逃げてきた酷い姉だと言っておられました。


 ……そんな訳ないに決まっているではありませんか。

 ヒナミナさんの妹君は、こうしてあなたの幸せを案じておられるとても優しい方ですし、あなた自身もとても素敵な姉君なのですから。


「待たせて悪かったね。ご飯の準備が終わったよ」


 話がいい具合に区切れたところで、ヒナミナさんが夕食の準備を終えた事を知らせました。


    ◇


「「「いただきます」」」


 手を合わせて、食事前の挨拶を済ませました。

 今日の夕食のメニューはヒナミナさんがお作りになられる中では定番である白米と具沢山のお味噌汁に加えて、肉じゃがとなっています。


 じゃがいもに人参、玉葱に牛肉を加えて醤油をベースにしたやや甘めの味付けで煮込まれたこの肉じゃがという料理。

 素材の中までしっかりと火が通っており柔らかくて食べやすく、子供から大人まで万人受けするであろう優しい味はまさに絶品。

 流石はヒナミナさんです。


 早速わたくしはこの素敵な食事を頂くべく、お箸を取りました。

 この貸家に来て数日の間はフォークを使っていたわたくしですが、今ではしっかりお箸を使えるようになっているのです。

 日陽人であるクレイさんから見てもおそらくはしたないと感じられるような所作にはならない……はず……?


「え?」


 クレイさんの方にチラリと目を向けると、なんと彼女は白米の入ったお椀を逆さにして……そのままお味噌汁の中に入れてしまったのです!

 な、なんてはしたない!!


 クレイさんは白米とお味噌汁が一体となった物を口の中にかき込んであっという間に食べ切ってしまわれました。


「ヒナねぇ、おかわりは?」


「台所にあるから自分でついできて」


「はーい」


 お茶碗一杯に白米を入れたクレイさんはまたしてもそれを逆さにすると……今度は肉じゃがが盛り付けられたお皿に入れてしまいました!

 いくらなんでもはしたなさすぎます!!


「ご馳走様!やっぱヒナねぇの作るご飯は美味しいね!」


 わたくしの倍ぐらいの早さで食べ終えてしまわれたクレイさん。

 彼女ぐらい勢いがある方が作る側としては嬉しいという事もあるのかもしれませんが、流石に限度という物があると思うのです。


 初めて和食を頂いた日、わたくしはヒナミナさんから食べにくかったらお味噌汁にご飯を入れていいと言われましたが、そのようなはしたない発想に至る発言は三女のフウカさんではなく次女のクレイさん、貴女の蛮行を見た事による物だったのですね……。


「お粗末様でした。お風呂沸いてるし、食器はボクが片付けておくから先に入ってきていいよ」


「ありがとヒナねぇ。それじゃ、レンが食べ終わったら一緒に入って来るね」


「はい?」


 どうやらこの突如現れた妹君からのわたくしへの試練はまだまだ続くようです。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 とりあえず白米をぶち込んでいくスタイル。

 投稿再開しました、第2章も宜しくお願いします。

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