第22話 令嬢、土下座される

    △△(side:ガネット)


「無様だな、ガネットよ」


「ぐぅっ……」


 親父殿が俺様を見下しながら罵倒しやがった。

 ちなみに俺様は既に治癒師から治療は受けたが、まだ脳に酸素が回ってなくて立ち上がれねぇ状況だ。


「なぜそんな様になったか分かるか?それはお前が才能にかまけて訓練をせず、魔力操作能力を鍛えてこなかったからだ」


 魔力操作能力だぁ……?


「本来お前ほどの魔力量があれば、相手の魔力の動きが読めて当然な筈なのだ。なにせ魔力量が1200、お前の10分の1しかない私にすらできる事なのだからな。だが訓練を怠ったお前は既にレンが魔術を使えるようになっている事も、ヒナミナ殿がレンから魔力を受け取っていた事も見抜けなかった」


「そこのゴミ女が魔術を使えるようになっただと?」


 馬鹿な……こいつは生まれつき魔術が使えない欠陥品だった筈だ!


「まぁいい、ひとまず賭けの処理をするとしよう。それでヒナミナ殿、お前はガネットに対して何を望む?」


「話が早くて助かるよ、領主様。ボクがガネット氏に要求するのはただ一つ。彼がレンちゃんに対してした非道な行いへの心からの謝罪だよ」


「ヒナミナさん……!」


「はぁ!?俺様がこのゴミ女に謝罪しろだってぇ!?」


 思わず立ち上がる。

 そもそも俺様がレンに何をやったっつうんだよ!

 意味分かんねぇ事言いやがって!


「ヒナミナ殿、非道な行いとはこのようなレンに対しての下品な罵倒の事を言っているのか?」


「あぁ、領主様はやっぱり知らないんだね。簡単に説明するとあなたがレンちゃんを放逐した日、彼はレンちゃんが受け取ったお金と替えのドレスを全部燃やした上に、彼女が着ていたドレスの胸元を破いて娼婦のように生きていけと言い放ったんだよ」


「なにっ!?」


 親父殿の顔色が驚愕に染まり、ヒナミナの話を聞いていた周りの兵士共もざわつき始めた。

 ……何を驚いていやがるんだ、こいつらは?


「だからなんだっつーんだよ?このゴミ女はもう貴族じゃねぇ、ただの底辺のド平民だろぉ?ぶっ殺されなかっただけありがたくおも––––げひゃッ!!?」


 話してる最中、俺様はいきなり親父殿に顔面をぶん殴られ、ぶっ飛んで地面に激突した。

 いってぇッ!!!?

 ヒナミナにぶち込まれた腹パン以上の激痛だ!

 一体何しやが––––


「私との約束に背いたな、ガネット」


 あ?


「前に領民相手に犯罪行為を働いたら嫡男の座を解くと言った筈だ。この恥晒しが」


「な、なぁにが領民だ!こいつは追放されてんだろうが!!」


「追放したのはあくまでバレス邸からであり、レンが我が領の領民である事に違いない。よって約束に背いたお前は嫡男の座から解く」


 何を言ってやがるんだ、このオッサンは!?


「ふざけんじゃねぇ!大体俺様以外に誰が嫡男になれるっつうんだ!あんたの血を引いてんのは俺様しかいねぇだろうが!!」


「次期領主に私の血が残らないのは惜しいが、領の存続が最優先だ。現状、明らかにお前には領主を務めるだけの器がない。最悪代わりは分家から持ってくる事も考えざるを得ないだろう」


「んー、というか領主様の血を継いでる子は他にもいるんじゃないかな?美人で可愛くて性格も良くて気品もあって魔術も使える上に、今日領主様から直々に実力を認められた子がね。まぁ、誰とは言わないけどさ」


 ヒナミナァッ!余計な事言うんじゃねえぇッ!!


「……といいたい所だが、先方の要求はお前の心からの謝罪だ。お前の謝罪を先方が受け入れ和解する事ができたのなら、嫡男の座を解くというのは保留にしよう」


「ぐっ……!」


 親父殿が折衷案、とでも言うかのように提案した。

 何も悪くねぇ俺様がレンに頭を下げなきゃなんねぇって言うのかよ……!


「ガネット、この場で土下座しろ。誠意を示せ」


「はぁ?」


「お前に心からの謝罪など不可能だろう。ならばせめて、己の尊厳を削る事でレンが受けた屈辱に釣りあうだけの誠意を示す必要がある」


「お父様……」


 俺様がレンに土下座???


「早くしろ。できないと言うならば今すぐ嫡男の座を解く」


 く、くそがぁッ!

 忌々しいが嫡男の座を守る為にはやるしかねぇのか……!!


 俺様は膝と手を地についた。

 こんなモン、覚悟を決めてさっさと終わらせちまった方がいい。


「わ、悪かったな。ゴミ女」


「は?ねぇガネット氏。君、レンちゃんを馬鹿にしてるの?」


 ヒナミナが頭上から無礼な口を聞いてきやがった。

 なんでてめぇが口挟んでくんだよ!


「領主様。確かに謝罪を受けるのはレンちゃんだけど、その要求をしたのはボクだ。仮にレンちゃんが今の謝罪でガネット氏を許したとしても、ボクは納得できないよ」


「分かっている。ガネット、謝る対象は蔑称ではなく名前で呼べ。そして敬語を使え。お前は自分が許しを請っている立場だという自覚をしろ」


 ちくしょう……!


「す、すみませんでした。レン殿っ」


「それでは何について謝罪しているのか分からん。お前がレンに対して行った愚行を口に出した上で、その事について謝罪しろ」


 これでも駄目だって言うのかよ!!

 くそったれが……!!!



「俺様は金貨と替えのドレスを焼いて……お前のドレスを破いて娼婦として生きろと言った……!すみません……でした!レン、殿っ!!」


「ガネット様の謝罪を受け入れます」


 レンが俺様の謝罪を受け入れた趣旨を表明するとともに、周りにいた兵士共から歓声が起こり、パチパチと拍手をされた。


 やめろ!!

 よくできました、謝れて偉いねぇ!みたいな雰囲気を出すんじゃねぇ!!!


「覚えてろよ、レン、ヒナミナぁッ……!」


 せめてもの抵抗で今も俺様を見下してやがるレンとヒナミナを睨みつけてやる。

 ヒナミナは相変わらず涼しい顔をしていやがるが、レンはわずかにビクついたのが見てとれた。


 ハッ、ざまぁみろってんだ。

 少しだけ溜飲が下がった俺様はさっさとこの場を――


「領主様、発言をしても宜しいでしょうか?」


「何だ」


 あ?

 レンのやつ、親父殿に一体何を言う気だ?


「ガネット様からの謝罪を受け入れた直後にこのような事を言うのは心苦しいのですが、今ガネット様はわたくしとヒナミナさんに覚えていろ、という発言をされました。このままではわたくしとヒナミナさんはガネット様に逆恨みされ、復讐されるのではないかと心配になります」


 おい、何言ってやがる!

 俺様はちょっとビビらせたかっただけだっつうの!!


「確かにお前の言う通りだ。ガネットが外出する際は監視をつける事にしよう。仮に監視がない時に領内でお前達が何らかの実害を受け再起不能に陥った場合、ガネットによる犯行だと断定し、ガネットを廃嫡した上で全財産を没収し、領から追放する事を約束する」


 監視だとぉ!

 俺様のプライベートはどうなるんだよ!!

 女を買う度に親父殿に報告されるとか地獄じゃねぇかよ!!!


「そしてもう一つ。謝罪を受け入れられた直後にこの様では誠意を示した事には到底ならん。ガネット、座れ」


「……どういうこったよ?」


「もう一度レンに土下座しろ。今度こそきっちり誠意を示せ」



 く、くそがああああああああああぁッ!!!!!



    △△(side:レン)



 2度目の土下座を終えたお兄様は精気が抜けたような表情でふらふらとよろつきながら、訓練場を去って行きました。

 その背中は随分と小さく見え、わたくしがバレス邸にいた頃に抱いていた彼への恐怖の感情が今では完全に消えている事に気付きます。


「愚息が迷惑をかけたな。燃やされた金貨とドレスの補填として、金貨30枚を用意させた。受け取るがいい」


「申し訳ありませんが、この金貨は受け取れません。領主様」


「何?」


 差し出された金貨の入った袋の受け取りを拒否したわたくしをお父様は訝しげな目で見ました。


「このお金は元々手切れ金だった筈です。わたくしが将来、冒険者として名を残すまでに成長し、領主様がと考えを改められた時の為にもこのお金は手元に取っておく事をお勧め致します。わたくしがこれを受け取ってしまったら、もうその機会もなくなってしまわれるでしょう?」


 わたくしの発言を聞いたお父様は狐につままれたような表情をしたのち、思わず使用人達の前で笑いださぬよう、口元を押さえて必死に堪えているように見受けられました。


「く、くくっ……私にその台詞を言わせたいのならば、これからも精進するがいい。セルバス、二人を送ってやれ」


「かしこまりました。お嬢様、ヒナミナ殿、こちらにどうぞ」



    ◇◇



「ヒナミナさん……?」


 バレス邸を出て貸家に帰り、玄関に入ったところでヒナミナさんに後ろから抱きしめられました。

 背中に触れた柔らかい感触とともに、彼女の吐息が首筋にかかり、わたくしは動揺のあまりドキドキしてしまいます。


「今日は本当にごめん。ボクは自分の都合でレンちゃんに酷い態度をとった。おでこ、痛かったでしょ?」


 さわさわと、労わるようにおでこを撫でられました。

 えっと、つい声が出てしまっただけで本当に痛かったわけではないのですが……。


 とはいえ、本来気にするまでもない事でもこうしてフォローしてくださるヒナミナさんは本当に優しい方です。

 好き。


「ヒナミナさんはわたくしの為にお兄様を焚き付けて、謝罪までさせてくれたではないですか。感謝こそすれ、ヒナミナさんのせいでわたくしが傷付くなんて事はあり得ません。それに……」


「それに?」


「な、なんでもありません!とにかく、わたくしは何があろうともヒナミナさんを信用していますからそのようなご心配をなさる必要はないという事です!」


 演技とはいえ、お父様達の前でわたくしがヒナミナさんの物であるとアピールされたり、夜伽の相手だと言われた事が少しだけ嬉しかっただなんて言える訳ありません。

 そんな事を言ってしまってははしたない女だと思われてしまいます。



「……レンちゃんはさ、領主様に帰ってこいと言われたらやっぱり帰るの?」


 ヒナミナさんは抱きしめていた腕を緩め、わたくしと向き合うとそんな事を訊ねてきました。

 どうやら、先程のわたくしとお父様のやり取りを気になされているようです。


「ヒナミナさんが付いてきてくださるならそれも考えてます。ですが、そうでないならいきません」


 今日お兄様はお父様から次期辺境伯を務めるだけの器がないと言われていましたが、正直なところ領主としての適性はわたくしもお兄様と五十歩百歩であると思っています。

 だって、わたくしはバレス領の領民全員より、ヒナミナさん一人の方が大事だと思っているような女なのですから。


「たぶん、わたくしはヒナミナさんがご自身で考えられているよりもずっと、ヒナミナさんの事を愛していますよ。もし貴女がわたくしに離れろと言ったとしても、絶対ついて行きますからね」


「あぁ……」


 ヒナミナさんの綺麗な蒼の瞳から一筋の涙がこぼれました。


「正直さ、ボクはこんなに幸せになっていいのかな?って思う時があるんだ」


「ヒナミナさん?」


風花フウカちゃんがいなくなってから今もなお、紅麗クレイちゃんは日陽から離れられずにずっと苦しみ続けてる。だけど彼女とは対照的にあそこから逃げてきたボクには自分の事を一番に考えてくれる素敵な恋人が出来て、どんどん心が満たされていくんだ。酷いお姉ちゃんだよね?大切な妹が苦しんでるのに自分だけ幸せになるなんてさ」


 それは、ヒナミナさんがわたくしに漏らした初めての弱さでした。

 わたくしにとって彼女はいつだって自分の弱みを見せず、わたくしを助けてくれる、頼もしい素敵な人でした。


 そんな彼女が今初めて、わたくしの前で泣いているのです。

 それならわたくしがやるべき事は――


「わたくしにクレイ様の持つ苦しみは分かりません。まだお会いした事すらないのですから。ですが――」


 ヒナミナさんを強く、強く抱きしめました。

 非力なわたくしなりの、精一杯の力で。


「ヒナミナさんは幸せになるべき人であると、それだけは言い切れます。逃げたっていいではないですか。貴女はこんなに頑張ってきたのですから。わたくしなんてバレス邸にいた頃はお兄様から目を付けられないよう、ひっそりと生きてきただけで、何一つ頑張ってなんかいなかったのですよ?そんなわたくしでもこれ以上ない程に幸せになれたのですから、ヒナミナさんはもっと幸せになるべきです」


「レンちゃん……」


「わたくしの存在がヒナミナさんの幸せに繋がるのでしたら、もっと頼ってください。必要ならクレイ様をここに連れてきてくださってもいいんです。だってわたくしとヒナミナさんはもう愛し合う家族なのでしょう?それならわたくしにとってもクレイ様は義妹になるのですから」


 もしかしたらそれでクレイ様に嫉妬の感情を抱く事になるかもしれませんが、そんな物は詮なき事です。


「……ボクは君が思ってるほど強い人間でも、優しい人間でもないよ。それでもボクを嫌いにならないでくれる?」


「それならわたくしが弱いヒナミナさんも、優しくないヒナミナさんも好きになれば、今の3倍ヒナミナさんを愛する事ができますね。とってもお得です」


「凄い事言ってるなぁ」


 ヒナミナさんが苦笑しながら呟きました。

 自分で言っててよく分からない理屈になってしまいましたが、ヒナミナさんが元気になってくれればそれでいいのです。



「はぁ……久々に自分の事を話してたらお腹空いてきちゃった。そろそろお昼にしようか。何かリクエストとかあるかな?」


「それならわたくし、豚カツという物を食べてみたいです。ヒナミナさんがお兄様をコテンパンにした記念に」


「ゲン担ぎの食べ物は普通、勝負の前に食べる物だよ?まぁいいや。豚肉を切らしてたし、ちょっと買ってくるね」


「わたくしもお供します!」


 わたくしは貸家の外に出たヒナミナさんに追いつき、その手を取りました。

 ヒナミナさんはにっこりとほほ笑んでわたくしの手を握り返してくれます。


 思えばヒナミナさんが笑ったり怒ったりするのはいつも誰かの為でした。

 今だってわたくしが不安にならぬように、楽しく過ごせるようにと笑いかけてくれているのでしょう。



 いつか、ヒナミナさんがわたくしやクレイ様の為ではなく、ご自身の為に笑う事ができる日が来ますように。

 そう願ってわたくしは彼女の隣に並び、今日も歩みを進めるのでした。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 これにて1章は完結となります。

 お付き合いくださりありがとうございました。


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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