第21話 巫女さん、叩きのめす

「親父殿、なぁんでこいつがここにいんだよ?このゴミ女の追放を決めたのはあんただろうが」


 呼んでもいないのに現れたガネットお兄様はよほどわたくしの存在を認めたくないのか、汚い唾を撒き散らす勢いでお父様に詰め寄りました。

 お父様は取り乱す様子もなく、淡々と答えます。


「レンは先日のダンジョン調査に大きく貢献したメンバーの一人だ。このバレス領において、力を示した者を讃えるのは当然の事だ」


「大きく貢献しただぁ?んなもん、どーせあの筋肉ゴリラ辺りに寄生したに決まって––––お?」


 不意に、お兄様の視線がわたくしの側にいたヒナミナさんに吸い寄せられました。

 ヒナミナさんは自分に目を向けられた事を認識するとわたくしの前に出ます。


「初めまして、ガネット・バレス様。は現在のの主人であるヒナミナと申します。高貴な貴方にお会いできて光栄です」


 ヒナミナさんはまるで媚びるような猫撫で声を出しつつ普段は使わない一人称を用いてわたくしをまるで使用人のような扱いをしながらお兄様に自己紹介をしました。

 ……ヒナミナさん?


「ほぉん?……こいつは中々」


 お兄様が無遠慮にヒナミナさんの全身、特に顔と胸の辺りを舐め回すように眺めます。

 気持ち悪い。

 訂正します、凄く気持ち悪い。


 世界で一番穢らわしくて不快なお兄様の視線が世界で一番素敵で綺麗で可愛らしいヒナミナさんに向けられてるという事実だけでもはや犯罪。

 いえ、重犯罪認定されても仕方ないとさえ言えるでしょう。


「そのプレートを見るにBランク一流冒険者か。なるほどなぁ、つまりお前がこのゴミ女の寄生先って訳か。そんな糞雑魚のお守りしてるぐらいなら俺様のトコに来な。一生遊んで暮らしていけるだけの待遇を約束するぜぇ?」


「ヒナミナさん、そんな戯言に耳を貸す必要は––––いたっ!?」


 ヒナミナさんに指でおでこを弾かれました。

 実際にはさほど痛かったわけではないのですが、精神的なショックのあまりつい涙が漏れそうになります。


「ヒナミナ様、でしょ?主人である私をさん呼びだなんて、レンはいつからそんなにいけない子になったのかな」


「……申し訳ありません、ヒナミナ様」


「くっはははははははッ!いいねぇ、お前最高だぜヒナミナよぉ!!」


 お兄様がゲラゲラと下品に腹を抱えて笑いました。


 ……念の為に言っておきますが、わたくしはヒナミナさんの事を全く疑ってはいません。

 おそらくこの急激な態度の変化もわたくしには理解できないような何かを狙っての事なのでしょう。


 それでも、わたくしの事を雑に扱い、お兄様に媚びるような態度でにこやかに微笑む彼女を見ているのはとても辛いのです……。


「で、どうよ?俺様の女になる気はあんのか?今なら次期辺境伯夫人の座を与えてやってもいいぜぇ」


「ふふっ、大変有り難いお申し出ですが私は冒険者です。これまで欲しいと思った物は全て自らの力で手に入れてきました。ですから––––」


 お兄様のふざけた提案をキッパリと固辞するヒナミナさん。

 ここでようやく察しの悪いわたくしの理解が追いついてきました。


 今後の冒険者活動に支障が出ないよう、お兄様との敵対を避けつつ、わたくしへの雑な扱いを見せつける事で彼の溜飲を下げるおつもりなのですね。

 なんて健気な––––


「一つ賭けをしませんか、ガネット様」


 ヒナミナさん?


「あぁん?賭けだと」


「こちらは私とレンの二人。貴方は一人。2対1で模擬戦を行って、負けた方は勝った方の言う事を何でも一つだけ聞く。なに、ちょっとしたゲームですよ」



 △△(side:ガネット)



「俺様とお前ら二人が模擬戦だと?Sランク最強魔術師である俺様を前にしてギャグで言ってんのか?」


 目の前のいい女、ヒナミナがした提案はイカれてるとしか思えない内容だった。

 国内最強の俺様を相手に模擬戦の勝敗を賭けにするなんざ、ただの身売りにしか思えねぇ。

 それとも何か企んでやがるのか。


「私はこれでもギルドでは天才冒険者として知られてましてね。あの【雌伏の覇者】の末席にいた事もあったんですよ?」


 あぁ、聡明な俺様は今のセリフだけで完全に理解したぜ。

 見たところ、ヒナミナは俺様より少し若い。

 おそらく歳は18歳前後。


 俺様があまりにも別格すぎて勘違いしがちになるが、本来この若さでBランク一流に昇格ってのは相当異常な早さだ。

 その勢いのまま俺様をこの模擬戦で降し、自分の戦績に箔を付けたいんだろう。


 つまり、こいつは不遜にも自分の才能が俺様をも超えていると過信してやがるメスガキっつう訳だ。


 なら……やる必要があるよなぁ?


「どうせ俺様が勝つんだし、別に構わねぇぜ?だが2対1っつっても、そこのゴミ女に何が出来るって言うんだ?お前一人でやるのと何も違わねぇだろ」


「結構優秀なんですよ、うちのレンは。雑用は何でもやってくれるし、戦闘中は弾除けにもなってくれる。それに––––」


「ヒナミナさ……んんっ!?」


「は?」


 ヒナミナはレンを抱き寄せると、その唇にディープキスをかましやがった。

 こいつ、正気か?

 ここには辺境伯家嫡男である俺様と辺境伯である親父殿までいるってのに不敬ってレベルじゃねぇぞ!?


 隣をチラリと見やると親父殿はその目をカッと見開いていた。

 こりゃ相当キレてんな。


 ……イカれてはいるが、ヒナミナほど器量のいい女は見た事がねぇ。

 後で親父殿に対してヒナミナのフォローをしてやんなきゃなんねぇのが面倒なところだ。


「はぁ……こうして夜伽の相手にもなってくれる。可愛いでしょう、私のレンは」


「ヒナミナ様……」


 ディープキスを終えて足下がふらついているレンは縋り付くようにヒナミナの身体にしなだれかかった。


 一瞬ムカついたが段々と笑えてきたぜ。

 レンのやつ、完全にヒナミナに依存してやがる。

 このゴミ女からヒナミナを奪い取ってやった時の絶望した表情を想像するだけでイッちまいそうだ。


「もし私が負けたら、私だけでなくレンも差し上げましょう。2対1というハンデを頂くのですから当然の事です」


 くははっ、こいつはいい!

 なら俺様はレンの目の前でヒナミナ、お前をぶち犯してやる事にするぜ!


 あぁ、楽しみだ。

 街で女を買う事はあったが、親父殿が領民相手に犯罪を犯したら嫡男の座を解くっつうせいであまり無茶なプレイはできなかった上に、そもそもなんでこの俺様がレンよりブサイクな女を抱かなきゃいけねーんだよ!って不満ばかり溜まってたからよぉ。


 それに比べてヒナミナの容姿はレンと比べても全然負けてねぇどころか、乳に関してはレンよりかなりデカい。

 もはや俺様の女になる為に生まれてきたと言っても過言じゃねぇ。


「親父殿!今から模擬戦を行うが構わねぇよなぁ?」


「……いい薬にはなるか。許可する」


 いい薬になる。

 つまり親父殿は俺様がヒナミナメスガキ事を期待してるっつう訳だ。


「ただしヒナミナ殿に言っておくが、命令する内容は私が許可した物に限らせてもらう。例えばガネットに対して自害を命じたり、ガネットの代わりに自分やレンを嫡子にしろ、などといった命令は無効だ」


「もちろん、そのような人道を外れた要求をするつもりはありませんよ辺境伯閣下。私がガネット様に求めるのは子供でも出来る簡単な事ですので」


 なんでヒナミナにだけそんな警告をするのかはわかんねぇが、おそらく立場を弁えろド平民っつう事だろう。


「模擬戦は武闘大会のルールと同じ物で行う。治癒師は治療の準備をしておけ。それとセルバス、審判はお前がやれ」


「かしこまりました、旦那様」


    ◇


 訓練場の中央で俺様とヒナミナは向き合っていた。

 ヒナミナのすぐ後ろにレンが控えている。


 よほど気になるのか周りを野次馬の雑魚兵士共が囲んでいた。

 うざったいが俺様の力を見せつけるにはちょうどいい。


「ルールの確認をさせて頂きます。勝負は2対1でどちらかが降参するか、審判である私が止めるまで続きます。開始時点の互いの距離は5m。相手を殺したら反則負け。依存はありませんね?」


「問題ありません」


「ねーよ」


 そう答えながら俺様はあらかじめ魔力を練っておく。

 こうしておけば即座に魔術を発動できるからなぁ。


 俺様の完璧な作戦はこうだ。

 まずはヒナミナを軽くノして

 うちにはお抱えの治癒師がいるから多少手荒になっても問題ねぇ。


 んで、その後はショータイムだ。

 レンを魔術を使わずに素手で痛めつけてやる。

 下手に魔術を使って戦闘不能になったらストップがかかっちまうからなぁ。


 もちろん痛めつける際はあいつの口元を塞ぐ事も忘れやしねぇ。

 降参なんかさせてやらねぇからなぁ、ゴミ女。



 思えばこいつの存在はマジで俺様を苛立たせる要因でしかなかった。

 魔術も使えねぇ癖に魔力量だけは俺様の倍以上あったせいで俺様の最強具合にケチがつくわ、飛び抜けた容姿をしてる癖に血縁関係だから性処理道具にもなりゃしねぇわっつう無能具合だ。


 そのくせ、死んだ母上殿はやたらとこいつを可愛がっていた上に、親父殿も力ある者を優遇するっつうわりにこいつに対しては妙な甘さが見えた。

 使用人の馬鹿どもに至ってはあろうことかこいつのファンクラブなんてモンを作ってるカスまでいる始末だ。


 ま、この模擬戦が終わったら全裸状態で首輪でもつけて鑑賞用のペットにでもしてやるか。

 見てくれだけはいいからなぁ、流石に犯す気にはなれねぇが。


「それでは……試合開始!」


「【不死鳥の翼フェニックス・ウィング】!」


 セルバスの宣言と同時に俺様が初手で放ったのは炎の魔力を羽状の形態にして飛ばす不死鳥の翼フェニックス・ウィングだ。

 勢いで殺しちまわないよう威力は少し抑えたが、弾速が速く弾数も多いこの技を捌き切れるのはあのゴリラガイアぐらいなモンだ。


 安心していいぜぇ、ヒナミナよぉ?

 うちの治癒師は腕がいいから傷跡は残りゃしねぇ。

 終わったらベッドの上でたっぷり可愛がって––––


「【水連弾すいれんだん】」


 ヒナミナの手から放たれた水の魔術がパァン!!という音と共に俺様の不死鳥の翼フェニックス・ウィングと相殺し、蒸発した。


「は?」


 なんだこいつ。

 俺様の魔術が発動したのを後出しで水の魔術を使い、全弾相殺しやがったのか?


 ……舐めてるとちょっとやべぇかもな。

 なら相殺できねぇような技をぶち込むしかねぇか。


「【炎神の波動アグニッシュ・ブラスト】!」


 続いて俺様が放ったのは炎の魔力を極太の光線状にして放つ炎神の波動アグニッシュ・ブラストだ。


 これなら絶対に相殺なんざ––––


「【水散すいさん】」


 ボウンッ!!

 

 俺様の炎神の波動アグニッシュ・ブラストがヒナミナに命中する前に弾けて消滅しやがった!?


 どういう事だ!

 まさか自分の魔術を発動させたとでも言うのかよ!?


「さて、何もしないまま終わったら納得できないだろうから先手は譲ったけど、そろそろボクの番でいいかな?」


「ふざけんじゃねぇ!【火星ガーネット––––なっ!?」


 気付いたらすぐ目の前にヒナミナが立っていた上に俺様の首筋に剣を突き付けていやがった。

 ……おい、移動が全く見えなかったぞ!?

 こいつ、ほんとに人間か?

   

「ガネット氏、君はちょっと悠長すぎる。最初の魔術はあらかじめ魔力を練ってたから問題なかったけど、次の魔術は1.5秒、その次は2秒以上発動に時間がかかってる。魔物相手ならそれでもいいんだろうけど、対人戦でそれじゃあ全く話にならないよ。だって威力は劣るとは言え、魔術を使えるようになってまだ一ヶ月程度のレンちゃんよりずっと遅いぐらいなんだから」


 こいつ、さっきまでと全然口調が違うじゃねぇか!

 まさか猫を被ってやがったのか!

 っつうか今レンが魔術を––––


「これならレンちゃんから魔力をもらう必要もなかったかな。本来なら降伏を迫るところだけど、個人的に君の事は大嫌いだから一発だけ殴らせてもらうね」


「ぶげえっ!!」


 腹に大砲でもぶち込まれたかのような衝撃が走った。

 俺様は今、殴られたのか!?


 ぐぅ、立ってられねぇ……くそっ、息が……。


「セルバスさん、宣言よろしく」


「勝負あり!勝者はヒナミナ殿とレン殿のペアでございます」


 クソがぁ……!





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

レンの兄、ガネット・バレスのイメージを近況ノートの方に載せてあります。

https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16817330669420318262


 聡明で最強なガネットお兄様によるメスガキ分からせ講座でした(誰が分からされるとは言ってない)。

 次回で1章は完結する予定です。

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