第20話 令嬢、領主と会う

「この度は誠にご苦労であった、冒険者諸君」


 領主様……わたくしのお父様であるダイン・バレスが労いの意を述べます。

 現在、ガイア様とヒナミナさん、そしてわたくしはダンジョン調査の完了報告をする為、バレス邸執務室を訪れていました。


「今回調査を依頼したダンジョンの規模、そしてボスである変質した雷竜サンダー・ドラゴンの異常なまでの驚異性。そこから察するにあのまま放置していたら周辺、このバレス領にも甚大な被害が出ていただろう。ここにいない者も含め、お前達6名の働きは実に大きい」


【雌伏の覇者】からは代表としてガイア様が出席されていますが、【黒と白】からは何故かリーダーであるヒナミナさんだけでなく、わたくしも出席するようにと伝えられたそうです。

 ……正直なところ、わたくしが呼ばれた目的として思いつくのがヒナミナさんとガイア様の前で扱き下ろされる事ぐらいだったので警戒していたのですが、ここで気になったのがお父様の『ダンジョンを攻略した』という発言です。

 そのまま受け取れば、彼はわたくしの事も戦力の頭数として評価しているという事になり、わたくしは驚きを隠せませんでした。


「その働きに対しての対価として釣り合うか分からんが、追加の報酬として金貨60枚を用意させた。遠慮せず受け取るがいい」


「有り難く頂戴致します、領主様」


 ガイア様がお父様の傍に控えていた執事長であるセルバスさんから金貨の入った袋を受け取りました。

 それにしても金貨60枚……。

 ダンジョン調査の報酬としての金貨40枚、ダンジョンで取れた魔石を売った事による資金の金貨20枚を加えると金貨120枚もの大金になります。


 わたくしは今回に限りBランクとして扱われるのでその取り分は3/19で金貨19枚弱。

 お父様から渡された手切金が金貨15枚だった事を考えると、なんだか随分遠いところまで来てしまったような気がしました。


「話は以上だ。ガイア殿は下がっていい。【黒と白】の二人にはまだ話がある故に少し待て」


 一礼して退室するガイア様を見送るとお父様はわたくしの前に歩みを進めました。

 赤髪にわたくしと同じ真紅の瞳、そして鍛えられた肉体の上に軍服を着込んでいるお父様はなんだか少しだけお疲れのように見えました。


「魔術が使えるようになったそうだな」


「まだまだ未熟者ではありますが日々精進しております」


 お父様の問いにわたくしは答えを返します。

 声が震える事もなく、しっかりお父様の目を見て答える事ができた自分に、わたくし自身が驚きました。


「お前の今の力を見せてもらう。ついてこい」


    ◇◇


「お嬢……レン殿、こちらにどうぞ」


 セルバスさん主導の下、案内されたのはバレス邸内にある訓練場でした。

 訓練場内では兵士達が訓練に精を出していましたが、室内に入室したわたくし達を見ると一斉に視線が集まります。


「レンお嬢様だ……」


「ほんとに帰ってきたのか」


「相変わらずお美しい……」


「あの日陽の子、めっちゃ可愛い上におっぱいでかくね?」


「貴重な生お嬢様だ……」


「踏まれたい……」


 兵士達の間に一つ聞き逃せない発言がありましたが、今はやるべき事に集中する時です。


「これからレン殿にはうちの魔術師達が日常的に行っている訓練の一つをこなして頂きます。ルールは簡単、この床に引かれた赤線より前に出ず、あそこにある複数の的に魔術を命中させるだけのシンプルな物でございます」


 赤線の向こう30m程先には木製の的が20個程並んでいました。

 セルバスさんの言う通り、これはバレス邸の魔術師が日常的にこなす魔力操作能力を高める為の訓練です。


 わたくしは魔力の精密な操作はあまり得意な方ではありませんが、この程度の距離なら杖で補助すればほぼ確実に当てられるでしょう。

 わたくしは小型の杖を取り出して半身になって構え――


「老婆心でアドバイスさせて頂けるのでしたら」


 魔術を放とうとしたわたくしにセルバスさんが話を振ってきました。


「もしレン殿が旦那様に力を示したいと考えるのなら、的は壊すぐらいのつもりで魔術を放つのが宜しいでしょう。なに、少々壊したところで弁償しろ等とは言いませんのでご安心を」


 セルバスさんの発言を受けて、ちらりと後方を振り返ります。

 お父様はヒナミナさんと並んでなにやら話をしているようでした。


 お父様に認めてもらいたいという気持ちもありますが、それ以上にパーティのリーダーであるヒナミナさんまで軽んじられるような事があってはいけません。

 わたくしは的ではなく、魔獣に向けて放つつもりで魔力を練り始めました。



    △△(side:ヒナミナ)



 レンちゃんの放った風玉かざたまが的の一つを粉々に打ち砕いた。

 ダンジョン調査に同行したいと言った時も今ボクの隣にいる領主様の事を気にしていたようだったし、この訓練にもかなり力を入れてるように見える。


「レンが魔術を使えるようになったのはお前のしわざか?」


 領主様が話しかけてきた。

 もしかしたらボクと話す機会を設ける為の訓練でもあるのかもしれない。


「そうですけど、何か問題でも?」


 不敬と捉えられかねない態度になってしまったけど、正直レンちゃんに冷たく当たってきたこの人に敬意を示す気にはなれなかった。

 ……いざとなれば返り討ちにすればいいしね。


「あの子を助けてくれた事、感謝する。ありがとう」


「はぁ?」


 この人は何を言い出してるんだろう。



「領主様」


「何だ?」


「レンちゃんの事はどう思っているの?好きか嫌いかで答えて」


「嫌ってはいない。一般的な親子と比べて好きと言いきれる程愛してはいないだろうが」


「少なくとも情はあるって事だね?ならどうしてレンちゃんに冷たい態度を取り続けたの?」


「このバレス領では力ある者が優遇されるのは当然の事だ。魔術が使えないレンとSランク最強魔術師であるガネットを同じように扱う事はできん」


「だからって家から追い出す必要はあった?あの子、ボクがいなかったらならず者の慰み者になってたよ?」


「なんだと!?……いや、私が怒る資格はないか。ガネットは自分の倍以上の魔力を持つレンを日頃から目の敵にしていた。どのみちレンを屋敷に置いておく訳にはいかなかった」


「嫁に出すって選択肢はなかったの?貴族って大体そういう物だって聞いてるけど」


「武家であるバレス家が魔術を使えない者を他貴族の嫁に差し出すのは弱みに繋がる。王都を超える武力を有するバレス領にそんな綻びを作る訳にはいかん」


「なるほど。要約するとレンちゃんの事は嫌いじゃないし、心配ではあるけど、バレス辺境伯領の領主としてのメンツを優先したって事だね」


 うん、大体分かった。


「領主様、ボクはやっぱりあなたのことが嫌いだよ」


 思った事をはっきりと言ってやる。

 だけど領主様から返ってきたのは意外な言葉だった。


「お前はガイア殿に似ているな」


 えぇ……?


「領主様、嫌いって言われたのが気に障ったんだろうけど、その発言はあまりにも酷すぎない?18歳のうら若き乙女に対して40代のおじ様と似てるって……」


 あやうく領主様に腹パンしそうになるのを堪えたボクの自制心を褒めて欲しい。


「見た目の話ではない。ヒナミナ殿はバレス辺境伯である私を全く恐れていないだろう?お前と違って私に敬意を払いこそすれ、それはガイア殿も同じだ。それは何故か?答えは簡単だ。両者ともバレス家の戦力全てを敵に回したとしても生き残る自信があるからだ」


 まぁ、確かに仕掛けてきたらギタギタに返り討ちにしてやるつもりではあったけど。


「お前の下にいるならバレス邸にいるよりもむしろ安全だろう。私も本来考えるべきでないレンの安否等の余計な事に気を使わずにすむ」


「余計なこと……ね。まぁいいや。とりあえずあなたがボクに感謝しているというなら、一つお願いを聞いて欲しいんだけど」


「報酬が足りなかったか?」


「そうじゃないよ」


 訓練の方はちょうどレンちゃんが的を半分壊したところだった。

 的を破壊する度に見物している兵士達から歓声が上がる。

 

 セルバスさんがお嬢様と呼んでいた事や、今の兵士達の反応を見るに、レンちゃんはボクが想像してたよりも使用人達からの人気があるのかもしれない。


「この訓練が終わったらレンちゃんの実力の評価をあの子に伝えてあげて欲しい。先日のダンジョン調査だって、あの子は領主様の役に立ちたいと言ってボク達に同行したんだから、あなたにはそれに報いる義務があると思う」


「……」


 バァン!という大きな音と共に、残った的が背後の壁と共に消し飛んだ。

 レンちゃんが風爆ふうばくを使ったんだろう。


 彼女はやってしまった、といった表情で顔を真っ青にして頭を抱えていた。

 ボクは急いで彼女の下に駆けつけて、大丈夫だよと言って慰める。


 うん、ほんとはあまり大丈夫じゃないけど。

 ……バレス邸の壁の修理って今回の追加報酬で賄いきれるかな?


「なるほど。【雌伏の覇者】からみなしBランク一流として扱われるわけだ」


 ボクの後に続いて領主様がやってきた。

 レンちゃんに対して言ったその台詞はただの嫌味なのか、それとも本音で言ってるのかは分からない。


「も、申し訳ありません!お父様!弁済の方は――」


 レンちゃん、気が動転してお父様って言っちゃってるよ。


「訓練用のを壊した程度で一々弁済させてたら、誰もバレス邸の兵になどなりたがらん」


「おと、領主様……」


 どうやら壊した壁は訓練用の備品という扱いにしてくれるらしい。

 最悪、レンちゃんと一緒に夜逃げする事になるかと思ってたから助かったよ。


「さて、今の訓練を見ての所感だが––––」


 さっきボクが言ったお願いも叶えてくれるみたいだ。

 とはいえ、それがレンちゃんの望む言葉になるとは限らないのがあれだけど。



「私の子供はガネット一人だけだ。だが、もし仮にお前が私の娘だったとしたらそうだな……」


「……」


「その仮定の下でならガネットではなくお前を嫡子として指名していただろうな。バレス辺境伯の座を継ぐ者として十分な実力だ」


「!?」


 自分の娘ではない、という体なのであくまで仮定の話にはなる。

 当たり前だけど、レンちゃんの実力がガネット様を上回っているというのはまずありえないから人格面や普段の振る舞いも考慮した上での評価だと思う。

 それでも――


「勿体ないお言葉です、領主様」


 彼女は領主様に、自分の後を継ぐに相応しい実力があると認めさせたんだ。



「おい、うるせーぞ!何だ今のクソデカい爆音は!!昼寝してたのに目が覚めちまったじゃねーか!!!」


 その時、若い男が風爆ふうばくに負けないぐらいの音量で喧しく怒鳴り散らしながら訓練場に入室してきた。


「糞雑魚どもが、弱ぇくせに張り切ってんじゃ……あん?」


 男の視線がレンちゃんの方に引き寄せられる。


「なぁんで俺様の断りもなくてめぇがここにいやがるんだ、このド平民」


 その男はレンちゃんと同じ紅の瞳に加えて、領主様より鮮烈な赤色の髪をしており、白と赤を基調とした軍服に身を包んでいた。


「お兄様……」


 レンちゃんが呆然とした様子で呟く。

 彼女の様子からもはや自己紹介されるまでもなく、彼が何者であるか理解できた。



 間違いない、あの男こそ――


 レンちゃんの兄であり、この国に一人しか存在しないSランク最強魔術師、ガネット・バレスその人だ。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 明けましておめでとうございます!

 今年はとりあえず今作(全3章予定)の完結を目標に頑張っていこうと思います。


 レンの父親、ダイン・バレスのイメージを近況ノートの方に載せてあります。

 https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16817330669268949826

 次回からいわゆるざまぁ、が始まりますがあまり過激な事(私基準)はしないのでご了承ください。

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