第19話 令嬢、祝勝会に出席する

「んじゃ、ダンジョン完全攻略とレンちゃんのCランク一人前昇格を祝って、かんぱーい!」


「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」


 宴会の幹事を務めるアロン様の挨拶の後、グラス(わたくしとヒナミナさんはミルク)を掲げてお互いに打ち付けます。


 治癒師の下で治療を受け、ギルドにダンジョン調査の報告をした後、わたくしとヒナミナさん、そして【雌伏の覇者】の皆様は飲食エリアに集まってそこで開かれた宴会に参加していました。

 依頼の完了と同時にちょうどわたくしもこれでまの貢献度が溜まった事でCランク一人前に昇格する事を許され、こうしてついでに祝って頂く事になった次第です。


 牛肉の赤ワイン煮、鴨肉のコンフィ、フォアグラのテリーヌ、タルトタタン――

 席にはガイア様の奢りで色とりどりの美味しそうな料理が沢山敷き詰められていました。

 誰かに祝われるなんて、お母様がまだ存命だった時のわたくしの誕生日以来の事なのでなんだか夢でも見ているような心地です。


Cランク一人前昇格おめでとう、レンちゃん。一ヵ月足らずで昇格するなんて、やっぱり才能のある子は違うわね」


「ありがとうございます、クリル様。ただわたくしの昇格の早さは殆どがヒナミナさんのお陰だと思っています」


 実際、わたくしがヒナミナさんと一緒に受けた依頼は大体がBランク一流冒険者一名とCランク一人前数名でこなすレベルの物で、とてもわたくし一人で完遂できる物ではありませんでした。

 きっとヒナミナさんの付き添いで高難易度の依頼をいくつも受ける事ができたからこその昇格の早さなのでしょう。


「確かに難しい依頼を受けると貢献度が溜まりやすいのは事実だが、パーティ内にBランク一流のヒナミナがいる事は当然加味されているからその分、下方補正がかかる。それに難易度の高い討伐依頼や護衛依頼は怪我や死亡のリスクが高い。今回の昇格は君がヒナミナに付いていけるだけの実力があってこその物だろう」


「うむ、我もレンはよくやっていると思う」


「光栄です」


 ガイア様とテト様がフォローしてくださいました。

 食事中なのでプレートアーマーを外しているテト様ですが、その容姿は金髪に浅黒い肌をした20代後半ぐらいの青年でとても整ったお顔をしておられ、女性から好意を寄せられる事も多そうに見受けられます。


「にしてもよ、今回はマジで死んだかと思ったぜ。冒険者っつっても別に死地に飛び込んでいくのが仕事じゃねぇしなぁ。……ところでレンちゃんとヒナミナがちゅっちゅした後にヒナミナがすげぇ事になってたが、あれって愛の力とかそういうやつなのか?」


 アロン様がジョッキについだビールを飲み干しながら超雷竜ハイパー・サンダー・ドラゴンとの戦いを振り返り始めました。

 そう言えば、【雌伏の覇者】の皆様にもわたくしとヒナミナさんが魔力の受け渡しをしていたところを見られているのですよね……。

 仕方がなかったとはいえ、流石に恥ずかしい物があります。


「ちゅっちゅ、ってあんたね……。あれはそういうのじゃなくて、接吻を通してヒナミナがレンちゃんから魔力を受け取ってたのよ。そうよね、ヒナミナ?」


「流石だねクリル。うん、君の言う通りだよ。もしレンちゃんがいなかったからクリルから魔力を受け取る事になってたかもしれないね」


「私とじゃあそこまで人外じみた力は発揮できなかったでしょうね。とはいえ、あなたならそれでもあの雷竜を倒せそうではあるけど」


 魔力操作能力の高いクリル様があの時のわたくし達の行動を解説してくれました。

 それにしてもヒナミナさんとクリル様が魔力の受け渡し……。

 殿方にヒナミナさんの唇が奪われる(奪う?)よりはマシとはいえ、想像したらちょっと憂鬱な気分になりました。


「はぁ~なるほどそういう事だったか。どっちも美少女とはいえ、やっぱ女同士ってのは変だしな!」


 合点がいったという感じでアロン様が続けます。


 ……やはり女性同士というのはおかしいのでしょうか。

 なんだかどんどん気分が落ち込んでいきます。


「そもそも美少女が二人でくっつくとかあまりにももったいな――痛ぇっ!?」


 喋り続けるアロン様をクリル様が平手で引っぱたきました。


「はぁ、あんたってほんとデリカシーないわね。せっかくいい所も結構あるのに台無しだわ。……私と付き合いたいっていうあんたの要望、受けてもいいかと思ってたけど、しばらく保留にしておくわね」


 そう言えば超雷竜との戦いの最中、キス……魔力の受け渡しに集中していたのでうろ覚えですが、ヒナミナさんとわたくしが行為をしている間にアロン様がクリル様に告白?していたのが聞こえましたね。


「うわあああぁっ!俺の馬鹿あああああぁっ!!ヒナミナ、レンちゃん、すまねぇ、許してくれえっ!!!」


 酔っているのか、それとも相当後悔しているのか、アロン様は床に頭を叩きつけ土下座を始めました。

 何もそこまで取り乱さなくても構いませんのに。


「こんな男、許さなくていいからね。あ、私は二人の事結構お似合いだと思ってるわよ。今は多様性の時代だし、同性同士でも何の問題もないと思うわ」


「ありがとうございます」


 最初にお会いした時は警戒され、化け物と言われかけたりと、あまり良い出会いとは言えなかったクリル様ですが、一緒にパーティを組んでこうしてお喋りしていると、頭が良くて細かい所にも気が付く素晴らしい方である事が分かります。

 ……わたくしがヒナミナさんに好意を抱いている事もその察しの良さから完全に悟られているようですね。

 とはいえそのおかげで救われたのは間違いありませんが。


「うーん、お腹もいっぱいになったし、ちょっと熱がこもってきちゃったなぁ」


 ヒナミナさんが腕を頭の横にあげるようにして真っ直ぐ背を伸ばしました。

 背筋を伸ばす姿勢を取った事で形の良い大きな胸がより強調されて、ドキドキしてしまいます。

 

「ちょっと夜風に当たってこようかな。レンちゃん、一緒に行かない?」


「あ、はい!お供します!」


    ◇


 ギルドの外に出ると既に日が沈んでおり、人の姿も殆ど見えなくなっていました。

 心地のよい夜風が身体に当たって熱を冷ましてくれます。


「はー、人が少ないと落ち着くなぁ。やっぱりボクには大人数でのパーティとか向いてないや」


「わたくしもヒナミナさんと二人の時が一番過ごしやすいです。【雌伏の覇者】の皆様がこうしてとてもよくしてくださっているというのに申し訳ありませんが」


「ふふ、ありがとう。ねぇレンちゃん」


「きゃっ……」


 不意にヒナミナさんがわたくしの背に腕を回して抱き寄せました。

 彼女の綺麗な蒼の瞳に見つめられ、わたくしは自身の心音が高まっていくのを感じます。


「キスしてもいい?」


「えっ?」


 続くヒナミナさんの言葉を聞いてわたくしは息が止まりそうになりました。

 ヒナミナさんがわたくしにキスを!?

 魔力器官を造るのでもなく、魔力の受け渡しをする訳でもなく!?


「ダメ、かな?」


「だ、駄目じゃないです!是非お願いします!」


「ほんとに可愛いなぁ、レンちゃんは。……んっ」


 わたくしの唇にふんわりと、優しい口付けがされました。

 魔力の受け渡しの時のように舌を入れたりはしない、ただ触れ合うようなキス。

 ただそれだけの事なのに、頭がふわふわして足元がおぼつかなくなってしまいました。


 時間にしてわずか数秒の後、ヒナミナさんの唇がゆっくりと離れていきます。


「……ボクね、紅麗クレイちゃんや風花フウカちゃんには魔力の受け渡しとか以外でこういうのした事がないんだよ?だからボクにとって今のが初めてのキスなんだ」


「わたくしがヒナミナさんの初めてを……」


「あの時、あの扉の所で分断された時、ボクは気が気でならなかった。レンちゃんを、大切な人をまた失ってしまうんじゃないかって。そしてあのトカゲに殺されそうになっていた君を救い出した時にこう思ったんだ。もう二度と手放したくない。ボクの物にしてしまいたいってね。だから––––」


 強く、強く抱きしめられました。


「ボクの恋人になって欲しい。家族になって欲しいんだ。妹としてじゃなく、愛し合う人として」


「あぁ––––」



 報われた。

 最初に浮かんだのはそんな感情でした。


 わたくしはこの時、この瞬間を迎える為だけに生きてきた。

 そんな風にさえ思ってしまう程でした。



「ヒナミナさん」


「うん」


「大好きです。愛してます。お母様よりも、この世界の誰よりも」


「ありがとう」


「ヒナミナさんがわたくしよりクレイ様やフウカ様の方が大事だったとしても構いません。だってわたくしはご自身ではなく家族を守る為に研鑽を重ねてきた、そんな優しい貴女を好きになったのですから」


「うん、ごめんね」


「代わりにわたくしがヒナミナさんを愛します。フウカ様よりも、クレイ様よりも、誰よりも強くヒナミナさんを想い続けます」


「ボクは幸せ者だね。こんな素敵な子の気持ちを独り占めできるなんて」



「ヒナミナさん。わたくしもヒナミナさんにキスしたいです」


 気付いたらそんな言葉が漏れていました。

 キスをねだるだけでなく、自分から進んでするなんて、令嬢としてはしたない行為だというのに。

 もうわたくしは自分の感情を止められなくなっていたのです。


 わたくしを抱きしめていたヒナミナさんの腕が緩みました。

 代わりにわたくしはヒナミナさんの肩の辺りに腕を回して抱きつきます。


 少しだけ背伸びしました。

 ヒナミナさんの身長はわたくしよりも5cm程高い為です。

 僅かな障害となっているこの5cmの距離も何故か愛おしく思えました。


 唇が重なり、柔らかい感触が返ってきます。

 ふわふわとした幸せな気持ちだけでなく、ずっと追い求めてきたものをやり遂げた、そんな達成感のような感情が湧き上がりました。

 永遠にも感じる程の感覚を覚えたわずか数秒の後、唇を離します。


 何故でしょうか。

 わたくしにとって今日ほど嬉しい日はないというのに、涙が零れてきました。

 ヒナミナさんがハンカチを取り出してわたくしの目元をぬぐってくれます。


「寒くなってきたし、そろそろ戻ろうか」


 涙が止まって気持ちが落ちついた後、ヒナミナさんがわたくしに手を差し出しながら言いました。

 わたくしはその手を取り、彼女の横に並んでゆっくり歩きます。


    ◇


「用事は済んだのか?」


 宴会の席に戻るとガイア様に声を掛けられました。

 しばらく外にいたわたくし達の事を気にしてくれていたようです。


「うん、終わったよ。あ、ボク達付き合う事になったからそこの所よろしくね」


「そうか、それは良かった。おめでとう」


「マジかよ、フリーの美少女枠が一気に二人も減っちまったぞ!?……それはさておきおめでとう、だぜ!」


「美少女枠が増えようが減ろうがあんたには縁のない事でしょう?二人ともおめでとう」


「うむ、めでたい」


 戻ってすぐわたくし達の事を打ち明けたヒナミナさんには驚かされましたが、【雌伏の覇者】の皆様は思い思いの言葉で祝ってくださいます。


 ガイア様は祝い事が増えたな、と呟くと店員の方に追加でケーキを注文してくれました。

 わたくしとヒナミナさんの前に大きなホールケーキが置かれます。


「ありがとね、ガイア。それじゃレンちゃん、一緒にこのナイフで切ろうか」


「な、なんだか入刀式みたいで恥ずかしいですね」


「それって結婚式でやるやつだよね。いいじゃない。もう同棲してるんだから」


 それは……ヒナミナさんは既にわたくしの事を伴侶として扱ってくれているという事でしょうか。

 あぁ、胸がぽかぽかしてあったかいです……。



 二人の手を重ねて切ったケーキは不格好な仕上がりになってしまいましたが、わたくしがこれまで食べてきたどんなデザートよりも美味しく感じられました。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2人とも頑張りました。

 山場は超えましたが、1章はもう少しだけ続きます。

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