第16話 初めてのボス戦

 ヒナミナさんとガイア様の姿が掻き消えて、茫然としていたわたくしを励ましてくれたのはアロン様でした。

 あの二人は自分達より強いのだから、心配する必要はない。

 むしろ今の状況では自分達の方が危険なのだから、気を抜いている暇はないと。


 アロン様は【雌伏の覇者】のサブリーダーを任されているそうでガイア様がいなくなった後も殊更に取り乱す事もなく、指揮をとってくれています。

 とにかく今はガイア様達との合流を目指して動くべきだ、と彼は主張しました。


 扉が消えたとはいえ、まだ先に通路はあります。

 ヒナミナさん達の捜索を兼ねて進む中、アロン様はこんな話を始めました。


「しかし、ヒナミナにレンちゃんみたいないい子がパートナーについててくれて安心したぜ。あの子が【雌伏の覇者】を辞める事になったのは俺達が原因だったんじゃないかってずっと気になってたからなぁ」


「えっと、ヒナミナさんが【雌伏の覇者】を辞めた原因がアロン様達に?一体どういう事でしょうか」


 別にそんな深刻な話じゃないんだが、と付け加えながらアロン様は続けます。


「ヒナミナがCランク一人前に上がった日、ガイアの発案でヒナミナに【雌伏の覇者】を卒業してもらう事になったんだよ。ヒナミナがこれ以上【雌伏の覇者】にいても戦力過多になるし、もっと別の場所で経験を積んだ方があの子の為にもなるっていう体でな。だけど、あれはガイアが俺達3人に対して気を使った結果なんじゃないかって思ってんだ」


「そうね」


 アロン様の発言にクリル様が同意します。


「私は水の魔術の使い手だからヒナミナとは丸被りしてるし、アロンも優れた機動力と遠距離攻撃の使い手って点では同じ。その上でヒナミナは私やアロンよりずっと接近戦が強いからね、一緒にいるとどうしても私達が劣ってるって感じてしまうところはあったわ」


「アロン様やクリル様程の優れた冒険者の方でもそのように感じてしまわれる事があるのですね。ですがテト様はタンク役としての性質上、ヒナミナさんとは比べようがないのではありませんか?」


「ガイアとヒナミナが前衛だと、タンクとして我の役目がなくなる」


「あぁ……」


 確かにあのお二人が揃って前衛をやっていたら後衛を守る必要がある程、防御を固める意味はなくなりそうです。

 実際、今日ガイア様が発案した戦術においてテト様はわたくしの守りを担当していましたが魔物達の攻撃がこちらに飛んでくる事は殆どなかったのですから。


「で、【雌伏の覇者】を辞めたヒナミナはその後、誰に頼る事もなくBランク一流にまで到達した。単純に相手がいなかったんだろうな。あの子は乳でっか……見てくれがいいから下心を持って近付く奴も多かっただろうし、そもそも実力的に最低でも俺達レベルはなきゃ組む意味自体ないだろうからな」


 アロン様、途中でわたくしとクリル様からの視線に気付いて言い直しましたが、ヒナミナさんにセクハラしかけましたね?

 この失言は覚えておく事にしましょう。


「だけどヒナミナは今日、君を連れてきた。レンちゃん、君はヒナミナには出来ない事が出来るし、才能もある。何より俺はあの子が誰かをここまで気遣ってる所なんて初めて見た。だから安心したぜ。あの子にもようやく大切な相手が出来たんだってな」


「……光栄です」


 もしわたくしがヒナミナさんの大切な相手になれたのなら……いえ、やめましょう。

 まずはお二人を見つける事からです。


    ◇



 通路を進み続けるとまた広い空間に出ました。

 空間の中央には緑の鱗に覆われた4m近い細長い体躯に加え、二翼の大きな翼を持つ蛇のような魔物が鎮座しています。

 身体からパチパチと放電を繰り返すそれからはこれまでの魔物とは一線を画す圧を感じます。

 あれは……噂に名高いドラゴンと呼ばれる生命体なのでしょうか?


「おそらくあいつがこのダンジョンのボスだな。にしても雷竜サンダー・ドラゴンかよ、とんでもねぇのが潜んでやがった。できればガイア達がいる時に相手したかったんだが仕方ねぇか」


「やれるの?アロン」


「俺達3人だと倒しきるのは難しかっただろうが、今回はレンちゃんがいる。……よっし、指示出すぞ!まずテトはレンちゃんとクリルを絶対守護。レンちゃんは最初に魔術を撃ちまくってあいつを弱らせて欲しい。その後は俺が前衛に出てあいつの注意を引く。そっからはメインで戦うのは俺とクリルだ。レンちゃんは魔術を撃てる状況になったら撃ってもいいが、その時は必ず大声で知らせてくれ」


「分かりました!」


「うむ」


「あまり無理はするんじゃないわよ」


 反対こそしなかったものの、クリル様がアロン様に注意喚起しました。

 この作戦はわたくしやクリル様の魔術をフルに活かす事が出来ますが、その分機動力が高いとはいえ、普段は後衛をされているアロン様に負担がかかる物です。

 その負担を軽減する為にも最初の攻撃でできる限り弱らせたいところですね。


「よし、頼んだぜレンちゃん!」


「【鎌鼬《かまいたち》!】


 雷竜に向けて構えた小型の杖から無数の巨大な風の刃が放たれました。

 風の刃は腹に当たった物はわずかな出血を引き起こしますが、外側の鱗に当たった物はあっさり弾かれていて、今ひとつ効いてるか分かりません。


 攻撃された事でこちらを敵と見做した雷竜は身体をバネのように伸縮させ、凄まじい勢いでこちらに飛びかかってきました。

 アロン様は右前方、クリル様は真横に跳ぶ事でその突進を避け、最後に雷竜の巨体をテト様が受け止め――


「きゃあっ!?」


 突如、強烈な衝撃がわたくしを襲い、身体が宙を舞いました。

 そのままわたくしの身体は地面に激突し、鈍い痛みが身体を走ります。


「うぅ……」


 息が詰まって目がチカチカします。

 早く起き上がらないと……。


 痛みを堪えつつ、身体を持ち上げると雷竜と戦闘中のお三方が見えました。

 テト様が顕在な所を見るに、彼は雷竜の突進を受け止めきる事はできましたが、質量の差は埋める事ができず、押し切られた事でそのまま後方にいるわたくしにぶつかり、それによってわたくしは弾き飛ばされてしまったようでした。

 テト様が大柄な男性とはいえ、その体重は雷竜と比べるべくもないのでこの結果は当然とも言えます。


 むしろ、あの突進を受けてもなお彼自身はしっかりその場に立ち、雷竜の攻撃を今も捌いているのだから仕事は十二分に果たしています。

 わたくしもクリル様のように横に飛びのくべきだったのでしょう。

 わたくしの身体能力でそれができたかは置いといて。


「【氷針アイスニードル】!」


「【疾風の矢ゲイルアロー】!」


「ギィアアアアッ!!」


 クリル様が無数の氷でできた針を繰り出す魔術による連撃を、アロン様が風の魔術によって速度を増した矢を雷竜に向かって放ちます。

 雷竜の腹に当たった攻撃は確かなダメージとなっていますが、その度に雷竜が身悶えして暴れるせいでより狙いが付けにくくなっているようでした。


 一見、守りを固めつつも攻撃を仕掛けられているこちらが有利なように見えますが、雷竜から発せられる放電によってテト様はダメージを受けているらしく、動きがやや鈍っているようにも見受けられますし、テト様の背後に隠れるように移動しながら攻撃を加えているクリル様も、これ以上雷竜のヘイトを買ったら危うい状況です。


 アロン様の矢による攻撃は雷竜の身体が大きすぎて倒しきれるかやや怪しいですし、敵味方が入り乱れている以上、クリル様のように魔力操作に長けていないわたくしはそうそう魔術を撃つ事ができません。


 状況を変える必要があります。

 わたくしは掌を下にして魔力を練り始めました。

 風の球体、風玉かざたまをいくつも作り、圧縮を繰り返します。

 完成まで時間にしておおよそ7秒……よし、できました!


「大技の準備が整いました!テト様が離れ次第、撃ちたいと思います!」


「マジか!?その勝負乗ったぜ!クリル、あいつの顔面を集中狙いするぞ!」


「分かったわ!」


 宣言通りアロン様とクリル様は雷竜の顔を集中的に狙いました。

 残念ながら攻撃が目に当たる事はなかったものの、顔を狙われる事を嫌がった雷竜はトグロを巻いて頭を身体の中に隠しました。

 それを好機としてテト様が雷竜から離れたところを––––今です!


「【風爆ふうばく】!」


 5発分の【風玉かざたま】が圧縮された球体をわたくしは雷竜に向かって放ちました。

 ゆらゆらと揺れながら飛んでいく【風爆ふうばく】のスピードはお世辞にも速いとは言えません。

 ですがその遅さ故に攻撃が止んだ事に異変を覚えた雷竜が頭を身体から突き出し、こちらを見据えました。


 ――そして着弾。

 バァン!という鼓膜が破れそうな音と共に砂煙が吹き荒れ、それと共に発生した凄まじい風圧をわたくし達は地に伏せる事でなんとか飛ばされずにやり過ごします。



 砂煙が明けた時、そこには首がねじ切れて二つに分かれた雷竜の姿がありました。



「は、はは……やったぜ!!ガイアもヒナミナもなしに、俺達だけでダンジョンのボスを倒したんだ!」


 アロン様から歓声があがりました。

 わたくし達の勝利です!


「凄いじゃない、レンちゃん!あんな大技を隠し持ってたのね!」


「うむ……素晴らしい魔術だった」


「ありがとうございます!皆様が足止めしてくれたお陰でなんとか当てる事ができました」


 一回ごとの出力が足りないわたくしの弱点を補う為に編み出した、複数の【風玉かざたま】を1つに圧縮する事で放つ【風爆ふうばく】。

 発動までに時間がかかる上に、弾速も遅いこの技は1対1の状況ではまともに使用できる代物ではありませんが、たった3人で雷竜とやり合える実力を持つアロン様達がいたからこそ、当てる事ができたのです。


「さて、とりあえずこいつを解体して魔石を回収しちまうか。ボスの魔石を取り除けばここのダンジョン化も解ける筈だし、ガイア達もすぐ見つか――なんだアレ?」


 通路の奥から雄叫び、もしくは叫び声とでも呼ぶべき巨大な騒音が響きました。

 地が揺れるほどの振動が伝わり、何かがこちらへと高速で接近してくるのが見えます。


 そしてわたくし達が戦闘を行っていた空間に新たに現れたのは――雷竜!?


「ギィアアアアアアアッ!!」


「もう一体いやがったのかよ!?おい皆、ここは一旦引くぞ!?……なんだ?何をやってやがる?」


 現れたもう1体の雷竜は腹に無数の傷がありました。

 もしかしたらヒナミナさん達とどこかで接触して逃げてきたのかもしれません。

 ですが驚くべきところはそんな事ではなく――


「仲間を……同じ種族を食べてるの?」


 クリル様の呆然とした声が聞こえました。

 そう、新たに表れた雷竜はわたくし達が倒した雷竜の残骸に近づくとそれに噛みつき、咀嚼を始めたのです!

 あまりの光景に呆気にとられるわたくし達。

 ですが、残骸が半分ほど食されたところで新たに現れた雷竜に変化が訪れました。


「ギュオオオオォッ!!」


 緑色だった鱗は段々と青みがかかり、その身体は肉付きが良くなって巨体さを増し、そして――身体からもう一本の首が突き出てきたのです。


「首が……生えてきた?なんなのですか、これは」


 双頭を持つ青色の、明らかに異形としか呼べないそれ。

 仮名としてひとまず超雷竜ハイパー・サンダー・ドラゴンと呼称する事にします。


「オオオォ……」


 超雷竜は一声鳴くと、身体を振るわせ発光し――

 そこから放たれた激しい雷撃は辺り一体を蹂躙し、気付いたらわたくしの身体は地に伏せて動けなくなっていました。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 もう一匹いました。

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