第17話 百合という概念を知らない一般青年冒険者の場合
激しい雷撃を受けた事でわたくしの身体はもうまともに動かなくなっていました。
なんとか首だけ動かして状況の把握に努めようとします。
アロン様、クリル様、テト様の3名はわたくしと違って倒れてはいないものの膝をついており、すぐには行動できないご様子でした。
単純にわたくしと違って肉体が強いのか、それとも冒険者としての勘で被害を抑える立ち回りができたのか、とはいえ無事と言える状況ではなく、助けを期待するのも難しそうです。
「シャアアァ……」
もう1体の
まだ辛うじて顕在であるアロン様達より、既に動けなくなったわたくしから処理しようという事なのでしょう。
実に理に適っています。
「ヒナミナさん……」
わたくしの口からぽつりと漏れたのは大好きな少女の名前でした。
ヒナミナさんは無事でしょうか。
わたくしはもう終わりですが、どうか彼女だけは生きていてほし――
「助けて……」
続いて口から出たのは諦観ではなく命乞いでした。
わたくしがヒナミナさんと出会ってから今日までおよそ三週間ほどでしょうか。
彼女と出会ってからの毎日はそれまでのわたくしが無為に過ごしてきた日々とは打って変わって、素敵で、楽しくて、ドキドキして、ここで諦めるには惜しすぎたのです。
もちろんそんな命乞いが魔物相手に通じる筈もありません。
超雷竜の大きな口が開くのが見えました。
わたくしは続く痛みに備える為にぎゅっと目をつぶります。
不意に身体が持ち上がる感覚を覚えました。
一瞬の浮遊感。
そして、再び地面に横たえられた感触。
予想していた痛みが訪れない事に気付いたわたくしが目を開けるとそこには――
「ごめん、遅くなった」
巫女装束を着た異国の少女、わたくしの大好きな人が微笑んでいました。
△△(side:アロン)
「ヒナミナ!?」
青く変質した雷竜の雷撃を受けて動けなくなったレンちゃんを救い出したのはヒナミナだった。
ほっとしたのも束の間、状況は大して変わってない事に気付く。
「ヒナミナでもあの化け物には勝てねぇ……」
あの子は天才だが、それはあくまで人間が到達できる範疇での話だ。
ガイアもこの場にいればワンチャンあったんだろうが、流石にあの子だけじゃどうにもならねぇ。
どうする?レンちゃんを連れてヒナミナに逃げるように言うか?
レンちゃん程重症ではないとはいえ、雷撃を受けて身体が麻痺してる俺達3人が生き残るのは絶望的だ。
だけどヒナミナがギルドに駆け込めばこの場にいないガイアだけは助かるかもしれない。
生きてるよな?ガイア。
とはいえ、俺自身が自ら犠牲になる判断をするだけならともかく、クリルとテトまで巻き込んで囮にするなんて真似が許される筈がねぇ。
でも全員死ぬよりはマシと思うしかないのか?
そんな考えが頭をぐるぐる回っているとヒナミナが俺達に向けて叫んだ。
「アロン、クリル、テト!方法は何でもいいから15秒だけあいつを足止めして!そうしてくれたら––––」
そしてあの子はこう言ったんだ。
「ボクが絶対、なんとかしてあげる」
はは……
「やるしかねぇか」
あの天才が『絶対』って言ったんだ。
なら俺達凡人はそれに乗るしかねぇだろ。
「クリル、テト、気合入れろッ!」
「オオオオオッ!!」
最初に動いたのはテトだった。
あいつは雄叫びを上げると盾をぶん投げて化け物の後頭部に命中させた。
注目を集めて
もうボロボロだってのによくやるぜ。
「シャアアァ……」
よほど気に障ったのか化け物はテトの方を振り向くとやつを目掛けて突進した。
呆気なくゴム鞠のように跳ね飛ばされるテト。
吹っ飛んだテトを追撃で噛み砕こうとする化け物を止めたのはクリルだ。
「【氷刃《アイスエッジ》】!」
「ギュアアアアッ!!」
二つある口の一つ、大きく開いた方の化け物の口内に氷の刃が突き刺さった。
よほど痛かったのか、化け物は汚ねぇ悲鳴をあげる。
クリルのやつ、ここ一番でとんでもねぇ集中力だ。
とはいえこのままじゃクリルが狙われちまう。
あいつはテトと違って軽装だ、直撃したら確実に死ぬ。
「こっちだ、化け物!」
俺は風の魔術を駆使して飛んだ。
そのままやつの腹に向かって矢を放つ。
魔術だけで飛ぶなんて普段なら燃費が酷すぎて絶対やらねぇが、もうまともに動けないからな、仕方ねぇ。
ちなみに矢は刺さらなかった。
もう身体に力が入らねぇし、そもそもあの化け物も前より硬くなってそうだからそらそうなるわな。
にしてもそろそろ15秒経ったと思うんだが、ヒナミナはまだ––––
「は?」
ヒナミナの方を振り向くとあいつはレンちゃんを抱き抱えるようにして熱烈な口付けをしていた。
いわゆるディープキスってやつなのか?
ヒナミナの頬には赤みが刺し、レンちゃんは恍惚とした表情を浮かべている。
こんな時にマジで何やってんだこいつら?
いや、例えば俺達を囮にしてレンちゃんと一緒に逃げるとかならまだわかる。
当然文句の一つや二つは言うけどな。
だけどよ、残されたわずかな時間で最期にレンちゃんといちゃつきたかっただけとか予想できる訳ねぇじゃん?
……にしてもヒナミナのやつ、羨ましすぎるだろ。
俺もレンちゃんみたいな綺麗で可愛いお嬢様とちゅっちゅしてぇ。
いや、騙されるな俺。
本当に妬むべきなのはヒナミナじゃなくてレンちゃんの方だ。
ヒナミナはヤバい。
何がヤバいって、顔がいいとか乳がでかいとか、そういう見てすぐ分かるだけの話じゃねぇ。
まず言葉使い。
まるで少年みてぇな話し言葉なのに性格や所作は普通に女の子やってるから脳が凄まじくバグる。
次に距離感。
俺とヒナミナは歳が10ぐらい離れてるが、あの子は俺の事を『君』って呼んでくる。
普通なら目上の相手にその呼び方は馴れ馴れしいと感じるところだがむしろそこがいい、つうか絶妙に距離が近くて勘違いしそうになる。
まぁ、俺だけでなくクリルやテトの事も『君』呼びなのに対して、ガイアは『あなた』呼びだから単に俺達が舐められてるだけってのは分かってるが。
そして極め付けはあの衣装だ。
レンちゃんやクリルは服の上からローブを羽織ってるから問題ない。
だがヒナミナがこの戦場で身につけているのはあの短い太腿が大きく露出している袴だ。
あれを穿いた状態で飛ぶわ、駆けるわで大暴れするからヤバい。
その上、上に来ている白衣は何故か途中で振袖と分離しているせいで綺麗な肩が剥き出しになっている。
一人だけエロすぎんだろ!
ちなみにあのけしからん巫女装束は『colors』って服屋で仕立ててもらったらしいがいやほんと、ありがとうございます!
間違えた、ちょっとは自重しろ!
気付けば長いキスを終えたレンちゃんは涙を零しながらヒナミナの背に手を回してぎゅっ、としがみついていた。
ヒナミナもそれに応じるように優しく微笑んでレンちゃんを抱きしめながら頭を撫でている。
なんだこの幸せ空間は。
めっちゃ二人の間に挟まりてぇ……。
絶対柔らかいし、いい匂いするだろ。
「アロン!!」
突然、クリルが俺を呼ぶ声が響いた。
振り返るとそこには――
「あ、やっべ……」
今にも俺の頭を丸かじりしようとする化け物の姿があった。
走馬灯ってやつなのか、時間が異様に長く引き伸ばされたように感じる。
あぁ、一つ言い訳させてくれ。
俺が今死にかけてるのはヒナミナ達のラブシーンに目を奪われてたからじゃねぇ。
身体は元々あんま動かなかったし、魔力も切れてたからどの道逃げられなかったんだわ。
にしても俺死ぬのか。
こんな化け物に喰われて死ななきゃいけないほど悪い事したっけか?
ヒナミナとレンちゃんの間に挟まりたいと思ったからだって?
そうか、そりゃ仕方ねぇな……って納得できるか!
あー!死にたくねぇ!!
30近くになってまだ彼女の一人もいねぇし、武闘大会で本戦の一回戦突破もまだだし、その上彼女もいねぇし、さらに彼女もいねぇってのに死にたくねぇ!
ていうか俺、なんでこんなモテねぇんだ!
三枚目だからか!?
バレス領には
くそっ、頼むから来世ではイケメンに――
ズゴン!!!
すげぇバカでかい音が鳴り響いたと思ったらいつの間にか化け物の頭にミスリル製の六尺棒がぶっ刺さってた。
化け物はよほどの衝撃を受けたせいか、そのままぶっ倒れる。
こんなバカげた事ができるのは――
「ガイア!」
どうやら通路の奥にいるガイアが自分の武器である六尺棒をぶん投げて化け物にぶち込んだ事で俺は助かったらしい。
流石俺達のリーダーだぜ!
……でもなんかガイアのやつ足を引きずってるし、化け物も今にも起き上がって来そうだし、やっぱ俺助からないかもしれねぇ。
「アロン、さっさと逃げるわよ!」
化け物が倒れてる隙にクリルが近くまで来て肩を貸してくれた。
自分もまだ満足に動けないだろうに、いいやつすぎるだろ。
ていうか仲間だからなるべく考えないようにしてたが、クリルも結構いい女だよな。
顔もぼちぼちだし、頭いいし、割と気が利くし、今みたいに仲間想いな一面もあるし、なにより歳も俺と近い。
あぁ、もうクリルでいいか。
とりあえず死ぬ前に一度ぐらいは彼女が欲しいんだよ、俺は!
「クリル!俺の彼女になってくれ!!」
「はぁ?」
めっちゃ渋い顔された。
ちょっとショックだったぜ。
それはともかくとして、満身創痍の俺達がその場から離れ、化け物が起き上がったその時だ。
俺達のいる周囲を膨大な蒼色の魔力と共に凄まじい寒気が包み込んだ。
その中心にいる感情の抜け落ちたような目をしたヒナミナを見て俺はこう思ったんだ。
もしかしたら助かるかもしれねぇ、ってな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
百合の間に挟まろうとする大罪を犯しそうになったアロンですが、口には出さなかったのでなんとかフラグ回避しました。
次回でダンジョン探索は終わりです。
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