第15話 巫女さん、焦る

 わたくし達が辿り着いた空間、そこには明らかに人工的に作られたとしか思えないミスリル製の扉がありました。

 空間の先にはまだ通路があり、扉を開かなくても先に進む道はあります。

 とはいえ、流石にこのような怪しい物を放置していく訳にはいきません。


 先頭のガイア様は扉の周りを六尺棒で叩いたり、扉に耳を当てたりと慎重な調査を重ねた後、取っ手に手をかけ開きました。 

 扉の中は真っ暗で光源用の魔道具を使っても光が吸い込まれるだけで先が見えません。


「俺とヒナミナが先に入る。安全を確認したら先に進むか判断する」


「ちょっと行ってくるね、レンちゃん」


「お気を付けて」


 熟練の冒険者であるガイア様が調べ、魔力操作に長けているヒナミナさんとクリル様が異常を感知できなかった事から気が緩んでいたのかもしれません。


「ヒナミナさんっ!?」


 なんとガイア様とヒナミナさんが扉をくぐり抜けた瞬間、突然扉が掻き消え、その先にある空間までもが消失してしまったのです!


 大切な人が目の前で消えてしまったのを見たわたくしは心の平静を保つ事ができませんでした。



    △△(side:ヒナミナ)



「あああぁッ!」


 怒りを込めてボクは襲い来る目の前のワーウルフを切り伏せる。

 失敗した!

 まさかあの扉に空間魔術が施されていたなんて!

 ボクの目でも見破れないだなんて、一体どれだけ高位の魔術師が仕掛けたのか想像もつかない。


 あの扉は明らかに人工的に作られた物だった。

 仕掛けられた魔術と合わせて考えれば、このダンジョンには悪意を持ってボク達に敵対する者がいるって事になる。


 最悪の予感が頭をちらついて離れない。

 風花フウカちゃんの時は遺体すら残らなかった。

 このままじゃレンちゃんも––––


「ヒナミナ、彼女が心配なのは分かるがあまり感情に捉われすぎるな。向こうにはアロン達がいる。そうそう不覚を取るような事もないだろう」


 ガイアがオークを六尺棒で殴り殺しながらボクの叫びに応えた。

 冷静なのに魔物達を処理する速度はボクより早い。

 その事がボクをさらに苛立たせる。


「彼らが優秀なのは冒険者の範疇での話でしょ。みんなボクやあなたより弱いじゃない!ボク自身があそこにいなきゃ安心なんて出来ないよ!」


 苛立つ気持ちをそのままガイアにぶつける。

 だけど彼から帰ってきた言葉はボクの予想とはだいぶ違う物だった。


「別にお前があいつらの腕を信用していないのはもう同じパーティの仲間でない以上、何も言わん。だが、せめてお前のパートナーであるレンの事ぐらいは信じてやったらどうだ?」


「……レンちゃんの事を?」


「お前のその刀、未だにミスリル製ではなく鋼鉄製のままだが、それはレンの装備に投資したからだろう?つまりお前は自分がミスリル製の刀を持つより、あの子自身が力をつけた方がより安全になると判断したんだ。ならば自分で実力を認めたあの子の事をそうやって過剰に心配するのは彼女に対して不誠実だとは思わないか?」


「そうかな……」


 今回のダンジョン探索に参加したいというレンちゃんの要望をボクは拒否しなかった。

 それは彼女に十分な実力が備わっていると判断したから。

 周りの人間が身を守ってくれる事が前提ではあるけれど、レンちゃんには既にボクだけでなく【雌伏の覇者】からも認められるだけの力がある。


「そうかも」


 レンちゃんが自ら進んでボクを頼ってくる事は実はかなり少ない。

 いつだってボクの負担にならないように、もっと役に立てるように、心配させないようにと彼女なりに健気に頑張っていた。

 それなら彼の言うように過保護になんでもしてあげようとするのは良くない事なのかもしれない。


「悪かったよ、ガイア。ボクは冷静さを欠いてたし、あなたの仲間にも悪い事を言った」


「気にするな。それにしてもお前がそこまで感情を露わにして入れ込む人間がいたとはな。少し驚いたぞ」


「……レンちゃんはボクの事を好きだって言ってくれたんだよ」


 最初はフウカちゃんに良く似ていた子を助けてあげたいと思ってただけだった。

 だけど一緒に過ごすうちに彼女とは義妹達と違う関係を築きつつあって、ボクもそれを心地よく思っている。


 レンちゃんはお姫様みたいに綺麗で気品もある素敵な子だ。

 それに真っ直ぐボクに好きだって気持ちをぶつけて来てくれる。

 その事がボクは嬉しかったし、もっと彼女と関係を深めていきたいと思うようになっていった。


 ……そういえばフウカちゃんもレンちゃんと同じくボクの事を慕ってくれてたけど、彼女はボクよりむしろ紅麗クレイちゃんと仲が良かった気がする。

 あの2人は喧嘩するほど仲がいいというか、魔力のやり取りをやる訳でもないのに、こっそり隠れてキスしてたのを何度か見かけた事がある。


「ならお前達も互いに無事再会できるようにしなければな」


「……うん」


 熟練の冒険者であるガイアは凄く頼りになるけれど、ボクは彼に対して少し苦手意識がある。

 ボクは義妹達を守る為に強くなろうとした。

 だけどガイアは自分が強くなる為に強くなっている。

 ひたすら己を高める事に注力する彼の生き様はボクにとって眩しすぎた。


    ◇◇


 分断された通路の先にそいつはいた。

 緑の鱗に覆われた蛇のように細長い体躯、そしてそこから突き出た二翼の大きな翼を持つ全長4m近い巨大な魔物。

 ドラゴンとでも言うべきそれはトグロを巻いて静かにボク達を待ち構えていた。


雷竜サンダー・ドラゴンか。おそらくこいつがダンジョンの核となっている魔物だろう」


「つまりこいつを倒せばダンジョンの調査は完全終了って事だね」


 ダンジョンには核となる魔物、通称ボスと呼ばれる個体がいる。

 ボスはダンジョンに現れる他の魔物より強大な力を持っている事が多く、倒して魔石を抜き取る事でその場所のダンジョン化は緩やかに時間をかけて解除されていくらしい。

 まぁ、ダンジョンに潜ること自体、ボクにとっては初めての経験だからあくまで聞きかじりの知識によるものだけど。


「来るぞ。ドラゴンは俺も戦った事がない相手だ。最大限に警戒しろ」


「キシャアアアアアッ!!」


 雷竜は蛇のような金切り声を上げると細長い身体をバネのように伸縮させて、身体から細かい電撃を放出しつつ、凄まじい速度で飛び掛かってきた。

 ボクとガイアはそれを左右に飛びのいて避ける。

 確かに速いけれど、軌道は真っ直ぐだから躱すのは難しくはない。


「【飛水閃ひすいせん】!」


 避け様にボクは飛翔する水の刃を2発、雷竜に向けて放ち、そのまま水の刃を追うようにして接近する。

 飛水閃ひすいせんはレンちゃんの鎌鼬かまいたちと似た性質の技だけれど、水の方が風より質量としては大きいし、ボクが使う魔術は彼女の物より魔力の圧縮率が高いから1発1発でかなりの威力が出る。

 

「ギイイイイイッ!!!」


 突進を躱された事でこちらを振り向いた雷竜の腹に2本の水の刃が突き刺さる。

 まともに入った事で雷竜は腹から緑色の血液を吹き出し、その巨体を大きく震わせた。

 既に接敵していたボクは傷口を狙って上段から刀を振り下ろし――


「!?」


 雷竜が苦痛で身を捩った事で腹を狙った斬撃が緑色の鱗に阻まれる。

 結果、振り下ろした刃は頑丈な鱗とかち合った事でへし折れてしまった。

 一瞬の思考のフリーズ。

 怒り狂った雷竜の尾による強撃がボクを狙って放たれる。


「ヒナミナ!ぐうっ!?」


 後ろからボクに続いて追撃しようとしていたガイアに突き飛ばされた。

 それによってボクは雷竜の攻撃から逃れる事ができたけれど、身代わりになったガイアは雷竜の尾によって弾き飛ばされ、壁に激突してしまう。


「……!【水連弾すいれんだん】」


 悔やんでる暇はない!

 ボクは即座に雷竜の周りに8つの水球を生成し、高圧力の水流を傷口に向かって打ち付ける。

 

「ギョアアアアアッ!」


 傷口に幾度も攻撃を受けた雷竜はボク達をよほど脅威に思ったのか、背を向けると続く通路の向こうへと一目散に逃げだしていく。

 一時的に目の前の脅威が去った事を確認するとボクはすぐさまガイアの下に向かった。


「ガイア!ごめん、ボクのせいで……」


 壁に叩きつけられたガイアは衝撃で足の骨が砕けているようだった。

 激痛に襲われているだろうに、彼はそれを感じさせないかのように気丈にふるまう。

 

「気にする事はない。それより今から俺が言う事を良く聞け。雷竜が逃げて行った方向だが、もしかしたらレン達がいる場所に繋がっている可能性があるかもしれない」


「レンちゃん達の方に!?」


「あの4人なら平時の状況であれば雷竜が相手でも十分対応できるだろうが、例えば既に戦闘中の状況下でさらにあいつが加わるような事があれば危ないかもしれない。お前はこれを持ってすぐに追え」


「これは……」


 ガイアがボクに手渡してきた物はミスリル製の剣だった。

 収納袋から一緒に取り出したポーションを飲みながら彼は続ける。


「リーチが長い棒は狭い場所での戦闘には不向きなのでな。念には念を入れて予備の武器として持ち歩いていたのが功を奏した。刀ではないが、お前なら俺よりうまく使いこなせるだろう」


「……ありがとう、ガイア」


「礼はいらん。ヒナミナ、お前は広い視野を持て。世の大半はお前より弱い者達で溢れているのは事実だが、彼らは決して無力な存在ではない。必要なら頼れ、自分で全てをやろうとするな」


「うん!」


 受け取った剣を引き抜きながらボクは駆け出し、雷竜の後を追う。

 先の通路には魔物達がひしめいていたけれど、ボクが剣を振るう度にそれらは肉塊へと変貌していく。


 引き斬る刀と使い勝手は違うし、重量も鋼鉄より軽いから癖はある。

 だけど攻撃力の差は歴然だった。


「待っていて、レンちゃん」


 再会の時は近い。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 実はレンの事をめちゃくちゃ気に入ってるヒナミナ。

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