第14話 令嬢、雑に強い

【雌伏の覇者】の戦いぶりは本当に素晴らしい物でした。

 ですがヒナミナさんだって、個人としての力はガイア様を除く3人に勝っているとわたくしは推測しています。

 彼女の評価まで低く見られないよう、全身全霊をかけて臨まねばいけませんね!


「お前達の力を見せてもらうとは言ったが、人数が二人では手が足りない事もあるだろう。テト、クリル、アロンのうち二人まで自由に使って構わない」


「助かるよ。それじゃ、テトを貸してもらえる?」


「一人でいいのか?」


「うん、大丈夫。テト、君はレンちゃんを守ってあげて。いい?絶対だよ?」


「うむ。承知した」


「宜しくお願い致します、テト様」


    ◇


 しばらくダンジョンを進むと前方に敵影が見えてきました。

 巨大な斧を持った2足歩行する黒毛に覆われた牛型の魔物、ミノタウロス1体にワーウルフ2体。

 ミノタウロスはBランク一流冒険者一人にCランク一人前冒険者数人がパーティを組んで当たるのが妥当とされる、ワーウルフや先程のオークより格上とされる強力な魔物です。

 敵の数こそ先程【雌伏の覇者】が出陣した時より少ないものの、油断ができない相手と言えるでしょう。


「それじゃあレンちゃん、よろしく」


「任せてください!」


 とはいえ魔物達とは距離がある上にまだこちらに気付いていない様子。

 通路も広いとはいえ、屋外より避けるスペースも少ないですし、わたくしにとって有利な状況である事は間違いありません。


「【風玉かざたま!】」


 構えた小型の杖から翡翠色をした風の球体が放たれます、まずは10発。

 わたくしにはヒナミナさんやクリル様のように相手の近くから魔術を発生させる技術はありませんからね。

 技術の不足分は物量で補うのみです!


 結果、2発の風玉がミノタウロスに、1発ずつが2体のワーウルフに入りましたが、ワーウルフにはダメージは入ったものの倒すには至らず、ミノタウロスに関しては少し身体を後退させただけにとどまりました。


 敵の耐久力を考慮してワーウルフ達を集中的に狙うべきでしたね。

 とはいえ、反省してる暇はありません。


 こちらに気付いたミノタウロス達が武器を構えて突っ込んできました。

 先程のオークを超える体躯で大きな足音を立てながら突進してくる様は相当の圧力を感じます。

 対するわたくしも連射する速度は落ちるものの、より殺傷力の高い魔術に切り替える事にしました。


「【鎌鼬かまいたち】!」


 圧縮された巨大な風の刃が音を立てながら放たれました、その数は5発。

 2体のワーウルフはそれぞれ1発目は躱したものの、続く2発目をまともに受けた事により両断まではいかずとも血しぶきをあげて倒れ込みました。

 ですがミノタウロスは斧を盾にする事で【鎌鼬かまいたち】を難なく相殺してしまいます。

 殺傷力が高いとはいえ、流石に鋼鉄を切り裂く程の威力はありません。


 ただミノタウロスとはまだ距離はあります。

 掌を一旦真下に向けると、わたくしは魔力を練り始めました。

 今から発動しようとしている魔術は魔力を圧縮するのに時間がかかるのが難点ですが、仮に間に合わなかったとしてもテト様が守って――


「ありがとう、レンちゃん。後はボクがやるよ」


「……!お願いします」


 ヒナミナさんは刀を引き抜き、刃を右肩に担ぐような構え(おそらく上段に近い我流)を取ると地を蹴り、あっという間に接敵しました。

 加速度こそガイア様に劣るものの、脱力状態から繰り出される技は初速からして既に最高速に達しており、ミノタウロスが斧を振り下ろすまでに三度、がら空き胸元に斬撃が叩き込まれます。

 これで刀が鋼鉄製ではなくミスリル製であったのなら勝負は決まっていたかもしれませんが、残念ながら大きくダメージを与える事に成功したものの、死傷には至りません。

 ですがこれで終わるヒナミナさんではありませんでした。


「【水弾すいだん】」


 ミノタウロスの振り下ろしを躱した彼女は魔力のもなく水の弾丸を打ち出し、瞳に直撃させる事で、失明に至らしめます。

 顔面を押さえて悶えるミノタウロスの隙を見逃す彼女ではありませんでした。

 喉元に突きを入れ、さらに先程三度の斬撃が叩き込まれた胸元に唐竹割りの一太刀。


 膝をつき地に倒れ込む巨体の横をすり抜けると、彼女はわたくしの魔術を受けて戦闘不能になったワーウルフ2体に止めを刺します。

 相手が事切れるのを確認するまで決して残心を解かない美しい少女、その姿はもはや芸術品と言っても過言ではありません。

 飾りたい。


「流石です、ヒナミナさん!」


 敵を掃討したヒナミナさんを労います。

 ミノタウロスのような強敵を相手に一切の痛手をもらわず倒してしまう、本当に凄い方です。


「レンちゃんのおかげだよ。ボク一人だとちょっと面倒な相手だった。……それで、ボク達の実力はお眼鏡にかなったかな?」


「あぁ、正直びびった。なんつーか雑に強いんだな」


「そうね。予想はしてたけど雑に強いわ」


「む……雑とは何ですか!ヒナミナさんの素晴らしい剣技と立ち回りを見ておられなかったのですか!」


 反射的にアロン様とクリル様に喰ってかかってしまいました。

 普段なら高名な方々に反論などしないのですが、ヒナミナさんの剣技を雑呼ばわりされるのは我慢ならなかったのです。


「落ち着け。雑に強いとはヒナミナの事ではなくレン、君の事だ。ヒナミナの実力は俺達全員、既に把握しているからな」


 私の反論にガイア様が諭すようにいいます。


「あ、はい……。お見苦しい物を見せてしまい申し訳ありません」


【雌伏の覇者】の皆様やヒナミナさんの凄まじい技術と比べたらわたくしの魔術はまさに雑そのもの。

 ぐうの根もでませんでした。


「見苦しくなどない。優れた魔力量を活かした君にしかできない良い戦術だった」


「恐縮です」


 新人であるわたくしへのリップサービスである可能性が高いとはいえ、とりあえず及第点は頂けたようです。


「ヒナミナ、お前はこの子と分け前を共有していると聞いた。なのでテト、クリル、アロン、お前達3人に確認するが、俺はこの依頼に関してのみレンを見なしBランク一流として扱う事を提案する。当然報酬の分け前もBランク一流分出すつもりだが異論はあるか?」


 ガイア様がとんでもない事を言い始めました。

 Dランク半人前のわたくしをBランク一流と同等の扱いするなんて、そんな事を言ったら他の方々が納得する訳が––––


「ないぜ」


「異議なしよ」


「我も問題ない」


 納得する訳が––––えぇ?


「良かったね、レンちゃん。【雌伏の覇者】は君を自分達と同等の実力者だと認めるってさ」


「あの……どう考えても過分な評価ではないでしょうか」


「過剰なつもりはない。当時Dランク半人前だった頃のヒナミナが【雌伏の覇者】に所属していた時も俺達は彼女をBランク一流として扱ってきた。まぁ俺は彼女をAランク英雄と同等として見ているが、流石にそれは角が立つからな。この辺りが落としどころだ」


 ガイア様からAランク英雄と同等扱いされてたなんて……

 やはりヒナミナさんは凄い方でした。


「これから取る戦術はレン、君の働きが一番重要になる。応援者を酷使しておきながらDランク半人前の分け前を与えて終わらせるようでは【雌伏の覇者】の沽券に関わるからな。俺達の顔を立てると思ってこの評価は遠慮せず受け取って欲しい」


「……!分かりました。謹んでお受けします」


 つまり報酬は弾むからそれに見合った働きをしろと言われている訳です。

 ここが踏ん張りどころですね!


「まず戦列は前衛が俺とヒナミナ、中衛がレンとテト、後衛がクリルとアロンで行く。敵影が見えたらレンは前方に出て魔術を連発して敵戦力を減らしてもらう。その後は俺とヒナミナが主軸となって敵を倒し、クリルとアロンは後ろから援護。テトはその間レンの護衛、タンクの役割はしなくていい。レンは俺達が前に出ている際に魔術を使う場合は必ず大声で知らせてくれ。それと魔力量が4割を切ったら申し出るように。その場合は戦術を変えるか、場合によってはダンジョンから帰還する事も考える」


「分かりました!」


 これほど細かくそれでいて経験の少ないわたくしにも分かりやすい指示をすぐ出せるなんて流石はガイア様です。

 あからさまにわたくしの魔術によって同士討ちフレンドリーファイアする可能性を警戒されてるのにはちょっと落ち込みますが、実際やってしまいそうなので仕方ありません。

 報連相は大事ですしね、そう思う事にしましょう。


    ◇◇


 ガイア様考案の戦術を軸にわたくし達は強敵がひしめくダンジョンを特にメンバーが負傷する事もなく、着実に歩みを進めていきます。

 

 そして辿り着いた明らかに人工物にしか見えないミスリル製の扉がある空間、その場所に到達したのはわたくしの魔力が残り6割を切った頃でした。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 当初の予定だとこの時点でのレンはここまで強くなかったのですが、スペックを考えるとまぁ、これぐらいはやるよねとなりました。

 倒してる魔物の数自体はレンが一番多いです。

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