第13話 令嬢、ダンジョンに潜る

 ダンジョン調査の当日、【黒と白】所属のわたくしとヒナミナさん、そして【雌伏の覇者】4名、計6人の冒険者が現地集合していました。

 場所は魔の森の中腹、岩壁に囲まれた場所で数メートル先には入り口と思わしき巨大な穴が空いています。


「さて、これで全員揃ったわけだが、互いに知らない顔もいる事だろう。まずは軽い自己紹介でもするとしようか」


 ブラン王国最強パーティ、【雌伏の覇者】のリーダーであるガイア様が号令をかけました。

 自己紹介と言ってもヒナミナさんと【雌伏の覇者】メンバーは既に面識があるので実質わたくしへの紹介という事になります。

 ……自分から頼んだわけではないとはいえ、とんでもない事をさせてますね、わたくし。


「俺がリーダーのガイアだ。前衛で主に棒術を使って戦闘を行う。この依頼を受けた者としての立場上、お前達に指示を出す事もあるが、不満がある際は遠慮なく言って欲しい、以上だ」


 自己紹介の先陣を切ったのはガイア様でした。

 ガイア様はミスリル製の鎧に身を包んだ体格が良い茶髪の男性で、ミスリル製の六尺棒を手にしています。

 辺境伯領で開催される武闘大会で見られる得意の棒術と身体捌きによる苛烈な攻めは他の武道家の追随を許さず、ガネットお兄様が台頭するまでは対人最強の名を欲しいままにする程でした。


「次は私ね。魔術師のクリルよ。後衛で基本的には水の魔術で戦うわ。ヒナミナ程じゃないけど魔力操作は得意な方だし、近距離も多少は捌けるから戦闘中はそこまで気を使ってもらわなくても大丈夫よ」


 クリル様は長い蒼髪に同じく蒼の瞳、緑をベースにしたローブを着込んだ20代後半ぐらいの女性魔術師です。

 ギルドマスターのジェイル様によると、わたくしが来るまではギルド内で魔力量が一番多かったとの事で同じ魔術特化の魔術師として是非勉強させて頂きたいところです。


「……テトだ。前衛で皆を守るタンクとなる。危うい時は我の後ろに下がれ」


 テト様はガイア様と同じぐらい大柄な男性で全身をミスリル製のプレートアーマーで包んでおり、顔が隠れている為その表情は伺えません。

 加えて巨大な盾を装備しており、いくらミスリルが鉄より軽くて固い素材とはいえ、一体どれほどの重量があるのか想像もつきませんでした。


「最後は俺だな。基本後衛で弓使いのアロンだ。補助として風の魔術も齧ってるが攻撃に使う事はまずねぇな。ま、それはともかく君みたいな可愛い子ちゃんと組めて嬉しいぜ!」


 アロン様は薄い緑色の髪をしている皮鎧に身を包んだ20代後半ぐらいの男性で、ガイア様と同じく武闘大会本戦出場者の常連でもあります。

 わたくしに対して少し軟派な発言がありましたが、その精密な移動と狙い撃ちを組み合わせた戦闘スタイルは真摯に強さを求める者にしかできない代物であり、軽い口調とは裏腹に真面目な人物であるとわたくしは推測しています。


「全員知っているだろうからやる必要あるか疑問だけど、【黒と白】のリーダー、ヒナミナだよ。戦闘スタイルは剣術と水の魔術で基本前衛だけど後衛も問題なくできる。まぁよろしくね」


 ヒナミナさんはいつもの丈の短い巫女装束に加えて急所を軽装の防具で防護しており、脚を守る為か黒のストッキングを着用しています。

 凛々しい、綺麗、可愛い、好き。


「レンと申します。後衛で風の魔術を使います。まだまだ若輩者ですが魔力量だけはあるので、皆様のお役に立てるよう全力を尽くさせて頂きます」


 僭越ながらわたくしが取りを務めさせて頂きました。

 依頼中なのでドレスの上から黒を基調とした強化繊維でできたローブを羽織っています。

 このローブはわたくしのような非力な者でも装備でき、耐刃性が高い上に、飛び石程度なら弾いてくれる優れものなのですが、耐刃性が高いと言っても例えば剣で斬りつけられたら鉄の棒で殴られるのとほぼ同じような物なので、身の安全はヒナミナさんや【雌伏の覇者】の方々頼りになる事は今まで受けてきた依頼と同様になるでしょう。


「では行くか。正式な隊列は互いの実戦を見てから決めるがひとまずは俺が先頭に立たせてもらう。クリル、マッピングは頼んだぞ」


「任せて」


    ◇


 ダンジョンの中は入口の大きさとは裏腹に通路はかなり横幅が広く、材質が特殊なのか灯りがついている訳でもないのに壁や床全体が微かな光を発しており、念の為に持ってきた光源用の魔道具は必要なさそうでした。

 床は自然その物の洞窟とは思えないほど歩きやすく整っており、それ故にここが異質な空間であると認識せざるを得ません。

 気を引き締めて慎重に進みましょう。


「クリル様はマッピングの技能をお持ちなのですね」


 後学の為に白紙に地図を描くクリル様に話しかけました。

 ゆっくり歩きながら進んでいるとはいえ、紙面を覗くとかなり細かい書き込みがされており、そこから彼女の技能の高さが伺えます


「えぇ。マッピングはうちのパーティ全員ができるけど、戦うのに武器が必要ない私が担当する事が多いわね。レンちゃんも少しずつ覚えていくといいわ。ヒナミナなら地図なしでも問題ないんだろうけど、あなたも自分自身がどこにいるか把握できるようになれば応用も色々と利くようになるからね」


「が、頑張ります……」


 ぐうの音も出ないほどの正論でした。

 わたくしも補助の為に小型の杖を使用しますが、クリル様と同じく基本的には素手の状態で魔術を使えます。

 なんでもヒナミナさん頼りにならないよう、マッピングの技術は身に着けておくべきなのでしょう。


    ◇


 しばらくすると前方からモンスターの群れがこちらに向かってくるのが見えました。

 遠目では黒の体毛で覆われた2本足で立つ狼型の魔物であるワーウルフが4体、2mはあると思われる巨大な体躯の豚のような顔をした魔物であるオークが3体。

 普通なら考えられない事ですが、ダンジョン内ではこのように別種族の魔物同士が手を組んで襲ってくる事が多々あるとか。

 どちらにせよ、ワーウルフもオークも強力な魔物である事は間違いなく、わたくしが先日倒したゴブリン達とは一線を画す相手です。


「……来たか。まずは【雌伏の覇者】が打って出る。【黒と白】は背後からの奇襲に備えつつ、俺達の戦力を把握してくれ。では行くぞ」


「了解、見物させてもらうね。レンちゃんは特にアロンに注目しておくといいんじゃないかな。あの人も風の魔術を使うし、参考になると思う」


「分かりました、アロン様ですね」


 まず最初にガイア様、次にテト様が敵陣に突っ込んで行きました。

 それに続いて彼らの後ろからクリル様とアロン様が後を追います。


 ガイア様は初速こそヒナミナさんを下回っているように見えましたが加速度は彼女を完全に超えており、どんどん速度を増しながら敵の前衛であるワーウルフ4体の横を通り抜け、そのまま六尺棒を後衛にいるオークに叩きつけました。


 「オオオオオォッ!!」


 続くテト様は雄叫びを上げながらミスリル製の剣と大盾を打ち鳴らします。

 おそらくワーウルフ達の注目を一身に集め、クリル様とアロン様に矛先が行かないようにコントロールしているのでしょう。

 ワーウルフ4体は一斉にテト様に飛び掛かりますが、彼はプレートアーマーに覆われたその大きな体躯と大盾を使い、時には真正面から受け止め、時には受け流しながら捌いていきます。

 わたくしが同じ事をやったら1秒後には挽肉にされているでしょう。

 全くもって凄まじい技量です。


「隙だらけだぜ!」


 テト様が攻撃を捌いている最中、ワーウルフのうちの1体、その首筋に矢が突き刺さりました。

 アロン様の放った矢です。

 彼は風の魔術を自分自身にかける事でまるで飛び跳ねるように地を駆け周り、あらゆる角度からワーウルフ達に向けて矢を放ち続けました。

 移動速度こそヒナミナさんやガイア様より劣るものの、移動範囲は前方だけでなく後方にも自由自在で捉えどころがなく、移動しながら矢を正確に射るその精密性は群を抜いています。


 さらに驚くべき事にアロン様はあれだけ動き回りつつ矢を放っているのにも関わらず、テト様に対して一度も誤射どころか彼を射線にすら入れないよう立ち回っていました。

 ワーウルフ達が矢を躱した場合でもテト様には絶対に当てないように位置取りと角度を調整している……仮に当たってもミスリル製のプレートアーマーを装備しているテト様にダメージは入らないでしょうが、凄まじい技術です。


「【氷刃アイスエッジ】」


 いつの間にか収納袋からミスリル製の杖を取り出していたクリル様が魔術名を高らかに唱えました。

 その標的はワーウルフ……ではなくガイア様と交戦中のオーク。

 既に1体のオークを倒し終えたガイア様と対峙する残る2体のオーク、そのうちの1体に氷でできた刃が撃ち込まれ、その腹に深々と突き刺さったのです。

 水の魔術は魔力を練る事で氷に変え、殺傷力を増す事が出来るのですが、それにはより多くの魔力を必要とします。

 実際、ヒナミナさんも基本は水の状態のまま使っており、これはクリル様の優れた魔力量と魔力操作のなせる技と言えるのでしょう。


 不意にテト様が相手をしていたワーウルフのうち1体がクリル様に標的を変えて襲い掛かりました。

 おそらく守りが硬いテト様や動きを捉えられないアロン様よりは与しやすいと判断したのでしょう。

 ですがワーウルフに飛び掛かられたクリル様は焦る様子もなく、冷静にワーウルフの喉元に杖を突き入れました。

 急所を突かれ悶え苦しむワーウルフに追撃で氷に変化させた水の魔術を叩き込み、そのまま止めを刺してしまいます。

 あれほど正確な魔力操作が可能な上に接近戦までこなす魔術師……わたくしには到底辿り着けない領域です。


 テト様とアロン様が残るワーウルフを仕留めた頃、もう一方も丁度決着がつきました。

 ガイア様の六尺棒が残る2体のうち1体の頭を斬り飛ばし、もう1体の身体を真っ二つに斬り裂いたのです。


 はい、おかしいですね。

 どうして鈍器である棒で巨体で頑丈なオークの身体を斬り裂いているのでしょうか?

 叩き潰すならギリギリ理解も出来るのですが、明らかに真っ二つに斬れています。


 そもそも【雌伏の覇者】は4人のチームだというのに1人と3人に分かれている時点で意味が分かりません。

 彼らはガイア様1人の戦力をクリル様、テト様、アロン様の3人分と同等として扱っている事になります。


 昨年、武闘大会のエキシビションマッチで優勝者であるガイア様はガネットお兄様と戦い、時間切れでの判定負け扱いとなりました。

 ガイア様が敗北したあの時、わたくしは自分の事でないのに悔しくて涙が出ましたが、今なら何故そのような結果になったのか理解できます。

 彼はお兄様や対戦相手を殺さないように力を抑えて戦っていたのだと。


 殺しても問題ない相手なら明らかに人知を超えた力を発揮しているガイア様。

 お兄様が台頭するまでは対人最強と呼ばれていた?

 とんでもない、彼は今現在も最強そのものです。


    ◇


 モンスターの処理を終え、魔石の回収を終えた【雌伏の覇者】の面々をわたくし達は迎え入れました。

 その戦闘時間はわずか30秒弱、むしろ魔石の回収の方に時間をかけていたぐらいです。


「さて、今のが普段の俺達の戦闘になるが、戦力の把握はしてもらえたか?」


「相変わらず優秀、というよりもはや一流の職人みたいな戦い方だね。ただしガイア、あなたは除いてだけど」


 ガイア様の問いかけにヒナミナさんが応じます。

 まったくもって彼女の意見には同感でした。

 【雌伏の覇者】の3人はそれぞれヒナミナさんにもないような利点を持っている優れた冒険者ですが、ガイア様の戦闘力は明らかにかけ離れていたのですから。


「ふむ、俺も技術にはそれなりに自信があるつもりなんだがな。ただ馬鹿力で暴れまわっているだけにしか見えないと言われる事が多いのは残念だ。レン、君には俺達の戦闘はどう見えた?」


「凄かったです!まず最初にテト様ですが――」


 問われたわたくしは先程拝見した素晴らしい戦いについて見たままを伝えました。

 彼ら4人の繊細な立ち回りと素晴らしい技術、仲間への的確なサポート、そしてガイア様の圧倒的な武力。

 正直、生で【雌伏の覇者】の戦闘を見る事ができたわたくしは興奮しすぎていたのかもしれません。


「なぁ、この子……」


「うむ」


「ヒナミナ、あなたとんでもない子を見つけてきたわね」


 わたくしの感想が白熱しすぎたのか、ガイア様を除くお三方は少し引いてしまわれたようでした。


「も、申し訳ありません。少し熱が入り過ぎてしまいました」


「いや、そうじゃない。俺を含めて皆、感心しているだけだ」


「感心……ですか?」


 ガイア様から投げかけられた言葉は意外な物でした。


「レン、君はいい目をしている。それに状況把握能力も素晴らしい。立ち振る舞いからお嬢様が冒険者稼業をかじった程度だと思っていたが訂正しよう。君はいい冒険者になれる」


「当然だよ。レンちゃんは普段からボクの動きもバッチリ把握できるぐらい動体視力が凄いからね」


「えっと……ありがとうございます。昔から目だけはいいと言われてきましたので」


 どうやら引いてしまわれた訳ではなかったようでわたくしはほっとします。

 それにしてもまさかガイア様からお褒めの言葉を頂けるとは思ってもいませんでした。



「さて、今度は【黒と白】の戦力を見せてもらうとしよう。確認が終わったら改めて戦列と戦術を考える」


「了解。行こうか、レンちゃん」


「はい!」


 いよいよわたくし達の番です。

 まだまだ未熟者ですが、協力者として【雌伏の覇者】の皆様をがっかりさせないよう頑張らないと!





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 書いてるうちにガイアが想定より人外じみた強さになってました。

 しかし4人で動いたせいか戦闘描写入れると文字数がめちゃくちゃ膨らみますね(5600文字)。

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