第12話 領主からの依頼
「ヒナミナさん、あれは……」
「珍しく人だかりができてるね。何かあったのかな?」
現在、わたくし達は行商の護衛依頼の完了報告の為に冒険者ギルドに来ています。
あれからわたくしはヒナミナさんに教わりながらいくつもの依頼をこなしてきました。
これまで受けてきた依頼は基本的に
パーティが二人になったにも関わらず、稼げる額が変わっていないという状況は大変心苦しく思うのですが、ヒナミナさんはわたくしがいると楽ができて助かると言ってくださいました。
わたくしも少しはお役に立てていると自分を信じる事にしましょう。
話を戻します。
ギルドに入って気になったのは2階へ続く階段の周りに冒険者達の人だかりが出来ている事です。
ギルドの2階にはギルドマスターの執務室の他に仕事の依頼者から冒険者への依頼の処理をする受付があります。
おそらくこの人だかりはギルドに対して名のある人物から相当大きな案件が来ていると捉えるのが自然でしょう。
不意に階段付近に集まっていた冒険者達がザッとまるで海が割れたかのように離れていきました。
階段から降りてきたのは––––
「お父様……」
黒を基調とした軍服に身を包んだ40代半ばの体格の良い赤髪紅眼の男性、辺境伯でありわたくしの父親でもあったその人、ダイン・バレスでした。
その両隣を執事長である白髪の老人セルバスさん、加えて戦力指数
わたくしがその場に立ち尽くす最中、堂々とした様子で通路を歩むお父様と目が合いました。
お父様は一瞬、わたくしの姿を見て目を見開きましたが、特に接触してくることもなくギルドから退室していきます。
セルバスさんはわたくしに軽く会釈するとお父様の後を追ってギルドの外へと向かいました。
「人の目もあるからだろうけど、変に絡んでこなくて良かったね」
「……はい」
呆然としていたわたくしはヒナミナさんから話しかけられたのに生返事になってしまいました。
貴族でなくなり、冒険者となったわたくしはお父様とどう関わっていくべきか、まだ心の整理がついていなかったのです。
数分後、階段からまた一人、男性が下りてきました。
その方はお父様より更に体格が大きく、刈上げた茶髪に加えて同色の瞳、鍛え上げられた肉体の上からミスリル製の鎧を装備しており、胸元には
直接お会いした事はありませんが、武闘大会で何度もその勇猛な戦いを見てきたわたくしには一目で分かりました。
かつて対人最強と呼ばれた
おそらくヒナミナさんを見つけたからでしょう。
ガイア様は真っ直ぐにわたくし達の下へ歩みを進めます。
その姿からは一部の隙も見えず、武人として彼が他の追随を許さない高みにいる事を感じさせました。
「久しぶりだな、ヒナミナ。そちらのお嬢さんは……噂のパートナーか」
「うん、久しぶりだねガイア」
「お初にお目にかかります、ガイア様。ヒナミナさんのパートナーにして【黒と白】の一員のレンと申します。高名な貴方様にお会いできて光栄です」
カーテシーの姿勢を取り、挨拶をします。
ちなみに【黒と白】というのはわたくしとヒナミナさんで相談して決めたパーティ名でこれはそれぞれの髪の色から付けられた物です。
このパーティ名だと白髪の他に黒のドレスを着用してるわたくしの方が主体になってしまうような気もしましたが、ヒナミナさんの巫女装束も上は白色がベースになっていますし、おそらく問題はないでしょう。
「君の事は少しだがクリルから話を聞いている。ヒナミナのパートナーならば俺達と絡む事も多々あるだろう。こちらこそよろしく頼む」
ガイア様の年齢は40を超えている筈ですが、その佇まいと精悍な顔つきは歳を感じさせず、活気に満ち溢れています。
わたくしが幼い頃からその名を轟かせてきた彼に屋敷からほぼ出る機会がなかったわたくしが認知されているのは少し不思議な気分でした。
「それでガイア、周りはこの騒ぎようだけど、あなたが領主様から依頼を受けたの?」
「あぁ、ダンジョンが見つかったからその調査をしてくれと頼まれてな。とはいえ、入ってみなければどの程度の規模か想像もつかん。念の為にヒナミナ、調査にはお前にも参加して欲しい」
「ダンジョン……ね」
ダンジョンは言うなれば魔物の巨大なコロニーのような物です。
元はただの小さな洞窟だったりするのですが、多くの魔物達が集まる事で場の魔力が変質して地形そのものの形が変わり、より巨大な集落へと変化を遂げるのです。
魔物を生み出すのに適した環境であるダンジョンを放置すると、周辺の環境が一変する危険性があり、できる限り早い対処が求められます。
「調査は二日後で報酬は前金で金貨20枚、加えて調査後に金貨20枚で内容によっては追加で更に上乗せされる。【雌伏の覇者】からは俺、クリル、テト、アロンの4名が出る。後はヒナミナ、お前が加わってくれれば盤石だ」
「うーん、まぁあなたの頼みならそうそう断れないかな。レンちゃん、悪いけど二日後は予定を開けさせて――」
「あの、ヒナミナさん。ガイア様。その依頼にわたくしを同行させて頂く事はできないでしょうか?」
「レンちゃん?」
「ふむ……」
「領主様からの依頼ならわたくしもお手伝いしたいのです」
お父様に認められたい、役に立ちたい、見て欲しい、その想いは屋敷にいた時からずっとわたくしの心の中に渦巻いている物でした。
これが他の方からの依頼であったのならヒナミナさんに任せてわたくしは待機していたのでしょうが、お父様からの依頼と聞いて大人しく待っている訳にはいかなかったのです。
「ヒナミナ、彼女はどの程度使い物になるんだ?」
「対多数への殲滅力だけならボクやあなたより上だと思うよ。だけどいいの?レンちゃん。ダンジョンは周囲全体が敵になるのと一緒だよ。いつも受けている依頼と違って絶対に君を守り切れると断言はできないからね?」
「覚悟はできています。足手纏いになるなら置いていっても――いたっ!」
喋っている途中でわたくしのおでこをヒナミナさんに指ではじかれてしまいました。
普段から鍛錬を怠らず鍛えているヒナミナさんの打撃は指だけでもかなりの衝撃で、わたくしはおでこを押さえて涙が出そうになるのを我慢します。
「ボクが君を見捨てる訳ないでしょ。もしそうなったらガイア達を置いてでも一緒に逃げるからね」
「ヒナミナさん……」
優しい、好き。
でもおでこが痛いです。
「ヒナミナが実力を認めているのならば俺としても異論はない。だが報酬はランク割りだ。レン、君が十分な実力を持っていたとしてもその取り分はかなり少なくなる。それでもいいのか?」
「問題ありません、ガイア様。あの【雌伏の覇者】の戦いぶりを間近で見られるのなら、むしろお金を払いたいぐらいです」
ランク割りは冒険者達で主となっている報酬の配分方法であり、
この場合は
わたくしの取り分は金貨40枚の17分の1、おおよそ金貨2枚と大銀貨3枚に銀貨5枚となる訳ですね。
「ふっ、そこまで言われたからには俺達も無様な戦いぶりを見せる訳にはいかんな。では二日後を楽しみにしている」
「あ、お待ちくださいガイア様!」
咄嗟に立ち去ろうとするガイア様を呼び止めました。
わたくしは収納袋からメモ用紙とペンを取り出すと、それを振り返った彼に差し出します。
「初めて武闘大会でお見かけした時からずっとファンでした!どうかサインをして頂けないでしょうか!」
◇
「良かったね、サインもらえて」
「はい!このサインは家宝にしようと思います。もう家はありませんけれど」
ガイア様から頂いたサインは達筆ではありませんが、彼の外見通りに近い力強さを感じさせる物であり、わたくしは大満足です。
「レンちゃんはガイアみたいな筋肉モリモリのマッチョマンが好みなの?」
「そうですね。魔術が使えなかったわたくしにとって、己の肉体の強さと卓越した技術のみで一騎当千の強さを誇るガイア様の生き様はまさに憧れその物でした」
「そっかぁ。あんまり筋肉をつけすぎると脱力状態を維持するのに支障が出そうだから控えてたけど、レンちゃんがそっちの方がいいって言うならボクももうちょっと筋肉を付けてみようかな」
「はぁ?何を言ってるんですか!絶対にダメ!!それだけは止めてください!!!」
突然恐ろしい事を言い始めたヒナミナさんをわたくしは必死に止めます。
もう、彼女は一体何を考えているんでしょうか。
「え?でもレンちゃんは筋肉ある方が好みなんじゃ……」
「ヒナミナさんは今のお姿が一番お美しくて素敵なんです!奇跡的なバランスなんです!」
仮にヒナミナさんが鍛え抜いた腕と大胸筋でわたくしを抱きしめてくれたりしたら、それはそれでとても嬉しい事ではあるのですが……いえ、やっぱりダメです!
ほどよく華奢で柔らかいヒナミナさんこそ至高なんです!
「えーと、つまり今のままのボクが好きってことだよね?ありがとう」
「あっ……」
筋肉を付けたいというヒナミナさんを説得したかっただけなのに、何故かわたくしが彼女への愛を叫んだような感じになってしまいました。
人がたくさんいるギルド内、しかもガイア様と話していた事で注目が集まっているこの状況下で。
火照った顔を隠してギルドから逃げ出したくなったわたくしの手を無情にもヒナミナさんがまるで握るかのようにして取りました。
「さて、そろそろ依頼完了の報告を済ませちゃおうか。終わったら二日後の為に買い出しをしないとね」
「はい……」
恋人握りの形で繋がれた掌の柔らかい感触と熱を感じながらわたくしは思います。
やっぱり、ヒナミナさんは今のままが至高であると。
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ガイアのイメージを近況ノートの方に載せてあります。
https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16817330667688692597
40代前半のムキムキのおっさんです。
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