第10話 令嬢、世界一位になる

 ギルドマスターの執務室は2階の中央付近にありました。

 コンコン、と力が入りすぎず、とはいえちゃんと聞こえる程度の加減でドアをノックします。


「おう、入ってくれ」


「失礼致します」


「失礼するよ」


 ヒナミナさんと共に入室した部屋はバレス邸のものと造りが似通っており、華美な装飾のない実用性を重視した間取りになっていました。

 分かりやすい違いと言えば書類が山のように積み重なっている事でしょうか。

 座り心地の良さそうな椅子に座っている男性はわたくし達の姿を確認すると席を立ち、手を上げながら近づいてきました。


「急に呼び出して悪いな二人とも。俺はギルドマスターのジェイルだ。大したもてなしはできんが、そこのソファーにでも掛けてくれや」


 ギルドマスターのジェイル様は暗めの金髪をした背の高い男性で歳は40代後半ぐらいに見えます。

 服装は高級そうなスーツを着用していますが首から銀のプレート、Bランク一流の証を下げており、彼が確かな実力を持っている事が窺えました。


「お気遣いありがとうございます、ジェイル様。わたくしはレンと申します。いつもヒナミナさんにはお世話になっております」


 ソファーにかける前に、背筋を伸ばしたままスカートを軽く摘まみ、頭を下げながらカーテシーの姿勢を取ります。

 一般の方相手にはここまで大仰な挨拶はしないのですが、お相手がギルドの長ともなれば無礼な振る舞いはできません。


「いや、なんか思った以上に貴族のお嬢様だな。ヒナミナ、お前マジでこの子を冒険に連れてくのか?」


「経験自体は皆無だけど、実力は十分だと思ってるよ。伸びしろもあるしね」


「まぁいい、とりあえずだ。うちとしては他人に故意的に迷惑をかけたり、犯罪行為に手を染めたりしてなければ冒険者登録するにあたって何の障害もない。それができない奴は昨日、あんたらが警備隊に通報したバカ二人みたいになるだけだ。あいつらは今頃鉱山でへとへとになるまで鉱石掘りでもさせられてるだろうよ」


 鉱山送りになったお馬鹿さん二人、カリスとローグの事ですね。

 ギルドマスターであるジェイル様に話が通ってる事から警備隊の方達はちゃんと彼らの処理をしてくださったようです。


「でだ、なんで俺があんたを呼び出したかって言うと、ヒナミナはうちのギルドの中でもトップクラスの実力者だからだな。俺はギルドの管理者としてあんたがヒナミナとコンビを組む事で彼女のスペックがどの程度か把握しておく必要がある」


「わたくしと組むことでヒナミナさんのスペックが?」


「別にコンビを組むな、とか言ってる訳じゃないぞ。そこは二人の自由だからな。ただあんたの実力が足りない場合、平時ならともかく緊急時には待機してもらって、ヒナミナだけ戦場に出てもらう事だってあり得る。足手纏いを連れて行ったせいでヒナミナが死んだ、なんて事になったらギルドの損失は計り知れないからな」


 それは昨日、わたくしが心配してた事とまさに同じ内容でした。

 わたくしが傍にいる事でヒナミナさんの身動きが取れなくなる、ジェイル様はその事を心配しておられるようです。


「なるほど。つまりレンちゃんが相応の実力を見せれば問題ないって事だね?」


「そう言う事だ。それでレン、あんたは何ができる?少なくともその細腕じゃあ剣の類は振れそうに見えんが」


 おそらくジェイル様はヒナミナさんだけでなく、わたくしの身も案じて言ってくださっているのでしょう。

 それならばわたくしは自身の力を誇張する事なく、正直に話すのが筋という物です。


「わたくしにできるのは風の魔術だけです。魔力操作の練度もまだまだですが――」


 すぅ、と一呼吸入れてジェイル様の眼を見つめ返します。


「魔力量だけなら誰にも負けるつもりはありません」


「ふむ、魔力量か。ちょっと待ってろ」


 ジェイル様はソファーから立ち上がると、書類の山が積み重なった机の引き出しを漁り、そこから何やら魔道具らしき物を取り出しました。

 取り出され、わたくし達の前に置かれたそれは中央に透明な魔石が埋め込まれており、上部には数値が表示されると思われるスペースがあります。


「これは魔力測定具という。使い方は簡単だ、そこの魔石に手を置けば使用者の魔力量を教えてくれる。数値が高ければ高い程、示す値は大雑把になっていくのが欠点だけどな」


 どうやらこの魔道具でわたくしの魔力量を測ろうとしているようです。


「魔術師にとって魔力量の総量はそのまま強さに直結する、とまでは言わないがかなりのウェイトを占めるのは間違いない。目安として全体の平均は100前後、武術を用いない純粋な魔術師としてやっていくには最低400以上ってとこか。ちなみに俺の値は120、そこのヒナミナはかなり多くて800、うちのギルドで一番魔力量が多いクリルは1900だ」


 ソファーに座り直し、肘を膝の上にのせながらジェイル様は続けます。


「ヒナミナはこういった魔道具を使わなくても大まかな魔力量を推し測る事ができると聞いている。そんな彼女が連れてきたんだ、あんたの魔力量の値は1900以上を期待してもいいんだな?」


「あー、ジェイルさん。一つ質問があるんだけどこの魔道具っていくつまで測れるの?」


「4桁までだがそれがどうした?」


「言っちゃあなんだけどね……」


 ヒナミナ様がジェイル様に訊ねるなか、わたくしは魔石の上に掌を置きました。


「それじゃあ、レンちゃんの魔力量はとても測りきれないと思う」


 ――魔力量9999

 カンストしたその数値を見たジェイル様はあっけにとられた表情を浮かべると、膝の上に置いた肘がずるりと外れ、体勢を崩してしまわれました。


「……冗談だろ」


「本物だよ」


「お前、なんてヤツを連れてきてんだ……悪いがもう少し待っててくれ」


 ジェイル様はドアを開けて執務室を離れます。

 しばらくして戻って来た彼は先程より大きな魔道具を抱えていました。


「まさかこれを使う機会がくるとはなぁ。この国に魔力量1万超えの魔術師なんて領主様のご子息であられるガネットクソガキ様しかいないんだが。確か公式での彼の魔力量は12000だったか」


 わたくしの前に置かれた測定具は先程の物より大きく、かつ古めかしく見えました。

 どうやら今回の物は5桁まで測る事が可能なようです。


「二度目の正直だ。やってくれ」


 掌を魔石の上に置きます。

 表示された数値は――


「魔力量28000。……世界記録を軽く超えてんじゃねぇかよ」


「ボクのちょうど35倍だね。うん、数値として出てくると圧倒的だ」


 納得したように頷くヒナミナさんとは対照的にジェイル様は頭を抱えてしまいました。

 わたくし、何かやってしまったのでしょうか。


「オーケー、あんたの力は分かった。通常ならEランク見習いからスタートしてもらうとこだがDランク半人前スタートでいい。冒険者のランクを示すプレートは後でベルから受け取ってくれ」


「ありがとうございます、ジェイル様」


「ただ領主様には報告させてもらうぞ」


「えっ」


 ジェイル様から出た言葉はわたくしにとって意外なものでした。


「うちはこういう仕事柄、領主様とは連携を密に取り合う必要がある。ヒナミナや【雌伏の覇者】のような実力者の動向、及びあんたみたいな異常な数値を叩き出したイレギュラーに関しては報告義務があるんだよ」


「あ~これは予想外だったね。ジェイルさん、何とか報告しなくてもいいようにできない?」


「無理に決まってるだろ。俺が領主様に反逆を企んでるとでも思われたらたまらんぞ。というかヒナミナよ、この子はまさか領主様のご息女だったりするのか?さっきの異常な魔力量といい、ガネット様のご兄妹だと言われたら納得するんだが」


「……」


 流石は冒険者ギルドの長というべきか、ジェイル様は恐ろしいまでの察しの良さをお持ちでした。

 お父様にわたくしの事が伝わる。

 幸いにしてバレス辺境伯領から出ていけとは言われてませんが、目障りに思われたらそれもどうなるかは分かりません。


 ……少考の末、わたくしは覚悟を決める事にしました。


「報告の件につきましては了解致しました。ただ一つ、報告ついでに領主様に言付けをお願いできないでしょうか」


「言付けだと?……不敬になるような事だけは言わないでくれよ」


「いえ、そんな大それたものでは。ただ『見ていてください』とだけお伝えください」


「見ていて……か。分かった、それぐらいなら問題ないだろう」


 これはきっと転機なのでしょう。

 かつて魔力操作ができない事でお父様から見限られ、放逐されたわたくしですがそれもヒナミナさんのおかげで解消されました。


 力を示す事でバレス邸に戻りたい訳でもありませんし、そもそもヒナミナさんの居る場所から離れるつもりもありません。

 それでも――



 わたくしにだって意地ぐらいあるんです。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 世界レベルで見ると魔力量1万超えはちょくちょくいますが2万超えは確認されていませんでした。

 生前のフウカの魔力量は現在のレンと同じぐらいです。

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