第11話 令嬢、無双する
「【
長さ30cm、直径1cm程の小型の杖を前方に構え、魔術名を唱えます。
構えた杖の先端から連続して放たれた風の球体、合わせて10発のうち何発かは外したものの、その先にいる小柄な体躯をした緑色の醜い魔物、いわゆるゴブリン3体に着弾し、その全てを肉塊へと変えました。
ゴブリン達が爆散したのを確認したヒナミナさんはその肉塊に近づいて解体用のナイフを取り出すと、器用にそれを使って体内から魔石を取り出します。
すると魔石を抜かれた肉塊は掻き消えるかのように塵となりました。
「うん、初陣とは思えない程に順調だね。気分は悪くなってない?」
「バレス邸の私兵達による魔物の討伐には何度も同行してますので……ごめんなさい、ちょっとだけ気持ち悪いです」
現在、わたくし達はギルドからの依頼を受けてゴブリン達の集落の駆除に赴いています。
ゴブリンはバレス辺境伯領の地では主に魔の森の浅い位置に生息している事が多い魔物で、一体一体はさほど強くもないのですが群れで獲物に襲いかかる性質がある上に他種族、つまり人間等も番として攫っていくので危険度は低くない魔物と言われています。
正直、想像するだけでも悍ましい生物で報酬がなければ絶対に近づきたくもない相手ですが、ヒナミナさんが守ってくれているので安心して討伐できるのがせめてもの救いでした。
今わたくしがドレスの上から着用している強化繊維でできた黒のローブといい、魔術を撃つ際、そのコントロールをある程度補助してくれるこの小型の杖といい、お世話になってばかりです。
購入して頂いたのはローブと杖に加え、空間魔術が施された収納袋とポーション1本、その金額は合わせて金貨2枚と大銀貨8枚。
……前に頂いたドレス等の費用も考えるとこの恩をお返しするにはもうしばらくかかりそうですね。
「そっか。無理しなくてもいいんだよ?きつかったら吐いてもいいんだからね。背中さすってあげようか?」
「吐きません!」
もう、成人した女性に対してなんてはしたない事をいうのですか!
人前で、それも貴女の前で吐ける訳ないでしょう!
……でも初陣で血に慣れていないわたくしの事をこうして本気で心配してくださるヒナミナさんは本当に優しい方です。
好き。
そんなやり取りをしていると集落に建てられたいくつもの木製の粗末な小屋からゴブリン達が武器を片手に這い出てきました。
その数はおそらく20匹ほどでしょうか。
どうやら見張りのゴブリンを倒した際の音でわたくし達に気付いたようです。
「小屋の中にはもしかしたら捕らえられた人間がいるかもしれない。まずは【
「わかりました、お願いします!」
◇
ゴブリン達は難なく処理できました。
一番大きな小屋から群れのボスと思われる体格が2m近くある武装したゴブリン、いわゆるホブゴブリンが出てきた時は焦りましたが、【
わたくしが撃ち漏らしたゴブリンはヒナミナさんが全て斬り伏せてくれた事もあり、こちらへの損害は0の大勝利です。
その後、集落の小屋を探索しましたが人間はおらず、最悪を想定していたわたくしはほっとしました。
……既に犠牲になって捨てられただけかもしれませんが。
ゴブリン達の死骸から魔石を抜き取った後、魔の森を抜けて市街地へ戻ろうと肩を並べて歩いている最中、ヒナミナさんがぴたりと歩みを止めました。
「ごめん、レンちゃん。この魔石を持ってギルドに依頼完了の報告をしてきてくれる?」
「え?どうかしたのですか、ヒナミナさん」
「ちょっと野暮用があってね。数分あれば終わると思うから先に行っててよ」
「はぁ……分かりました。それでは向こうでお待ちしていますね」
依頼を受けている最中、ヒナミナさんはずっと気を張っているように見えました。
わたくしに事故がないよう、精神を張りつめていたのだと判断していましたが……もしかしたらお手洗いに行きたかっただけなのかもしれません。
それならばここで必要以上に聞き返すのは無粋というものです。
わたくしは背後を振り向かずに市街地へと向かいました。
△△(side:???)
「おぉ……!あのレンお嬢様が風の魔術を!?」
魔の森の浅層、バレス邸執事長たるこの私、セルバスは前方にいる彼女達から30m程離れた位置の木陰からこっそりとレンお嬢様の雄姿を見守っておりました。
元戦力指数
事の発端は昨日、バレス邸に冒険者ギルドの長、ジェイル殿からお嬢様が冒険者になられたとの知らせが来た事に起因していました。
あの知らせを聞いた時の私の主、ダイン様の表情ときたらなんと言えばよいものか、真っ赤になってジェイル殿に事の次第を問いただしておりました。
可哀そうに、問いただされたジェイル殿は旦那様とは対照的に真っ青になっていたのが印象的でしたね。
そんなに心配するぐらいなら屋敷から追い出さなければよいものを……まったく、面倒くさい旦那様です。
まぁ、ご子息であられるあのクソガ……ガネット様との兼ね合いがあるのでそうせざるを得なかったのは理解できなくもないですが、それでこうして私が駆り出されるハメになっているのだからいい迷惑です。
レンお嬢様とペアを組んでおられる美しい黒髪の少女、ヒナミナ殿に関しては
彼の見立てだとその実力は
とはいえ、それほどの人物が何故魔術も使えない筈のお嬢様とペアを組んでおられるかは疑問があります。
おそらく
旦那様からはお嬢様の命に別状がない限りは手を出さず、情報収集に徹しろと言われておりますが、そもそも私のような老いぼれがヒナミナ殿を止められる筈もないので勘弁してくれと言いたいところでした。
幸いにしてお嬢様とヒナミナ殿は遠目から見る分には仲良くやっているようで、たびたびヒナミナ殿がお嬢様を気遣っている様子が見られます。
……お嬢様があのような笑顔を浮かべるなど、彼女がまだ屋敷におられた頃には想像もできませんでしたね。
本日、彼女達が受けた依頼、ゴブリン達の集落の駆除については既にジェイル殿から聞いております。
ですが集落から少し離れたあたりでお嬢様が妙な行動をとり始めました。
ローブから小型の杖を取り出し、見張りのゴブリン達に向けたのです。
するとどういう事でしょう、翡翠色をした風の魔術が何発も放たれ、ゴブリン達を爆散させたのです!
最初は見間違いかと思いましたが、お嬢様は風の球体を放つ魔術だけでなく刃状の殺傷力の高い魔術を何度も放っておられました。
魔術を使える事を隠していたのか、それともヒナミナ殿がお嬢様に何かをしたのか……自ら屋敷内での立場悪くしていたとは考えにくいのでおそらく後者なのでしょう。
集落の探索を終え、ヒナミナ殿と二人がかりでゴブリンの残骸から魔石を回収した後、彼女達は市街地へと戻るようでした。
おそらく冒険者ギルドに依頼完了の報告に行くのでしょう。
私はお嬢様が無事である事にほっと息をつきながら、旦那様に今日の出来事をどう報告するか、そして彼がこれを聞いたらどう反応をするか考えておりました。
えぇ、きっとその油断が私の敗因だったのでしょう。
「ねぇ、おじ様。さっきからずっとボク達の後を付けてたみたいだけど、何かようでもあるの?」
気付いたら私のすぐ傍まで接近していたヒナミナ殿によって首筋に刀を突きつけられていました。
感情の感じられない、ゾッとするほど冷たい瞳で見つめられた私は反射的に叫びそうになるのを何とか堪えます。
「お、お待ちいただきたい、ヒナミナ殿。私はセルバスと申します。決して怪しい者ではありません」
両手を上げながら弁明します、えぇ、必死ですとも。
余命はさほど長くない老いぼれとはいえ、早死にしたい訳ではないですからね。
「怪しい人はみんな自分は怪しくないって言うんだよね。で、そのセルバスさんはどこのどなたなのかな?」
「無論、こうなった以上は全てお話しますとも。ですが、どうかお嬢様には黙っていて頂きたい」
「お嬢様?あぁ、うん。何となく察したよ」
◇
「なるほどね。ところでセルバスさん、一つ分からない事があるんだけど」
私から根掘り葉掘り状況を聞いたヒナミナ殿はとりあえず危険はないと判断したのか刃をしまいました。
正直、生きた心地がしませんでしたよ。
「なんでレンちゃんを追い出したのにこうして尾行なんかしてたの?」
「それは、旦那様がとても面倒くさいお人だからです」
本当に面倒くさい方です、そのせいで危うく殺されるところでしたよ、まったく。
「本日、私がお嬢様の周辺を調べていた事については冒険者ギルド長のジェイル殿には予め報告してあります。彼に聞いて頂ければ私が変質者でない事の証明になるかと」
「分かった、今日の事は水に流してあげる。その代わり、領主様に伝えておいて欲しい事があるんだけど」
「はっ、なんなりとお申し付けください」
ようやく屋敷に戻れると思った瞬間、ヒナミナ殿から発せられた殺気に背筋がぞわりと泡立ちました。
「そんなに娘が心配なら自分の足で訊ねてこいって言っといて」
「……御意。確かに伝えますとも」
旦那様の思い付きの命令であやうく殺されかけ、流石に腹が立ちました。
何故、私がこんな目に合わなければならなかったのでしょうか。
今日から1週間ほどの間、旦那様に任せる書類仕事は倍にしておく事にしましょう。
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ダイン(辺境伯)は父親としてはアレですがレンに対して情がない訳ではなく、無事に生きていて欲しいぐらいには思ってます。
父親としてはアレですが。
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