第9話 令嬢、冒険者になる

「ここが冒険者ギルド……立派な建築物ですね」


 現在、わたくしは冒険者として登録の手続きをする為にヒナミナ様とともに冒険者ギルドの手前まで来ています。


 バレス辺境伯領における冒険者ギルドの外観は白と青をベースにした2階建てのゴシック様式となっており、建物の敷地面積だけならバレス邸を超える程の広さとなっています。

 これは魔物から取れる魔石や素材で経済が回っているバレス辺境伯領において、そういった素材を収集する役目を担う冒険者達、そしてそれを統括するギルドが非常に重要なものである事を内外に示すと同時に、実際それだけの規模がなければ役割を果たすには不十分なのでしょう。


「レンちゃん。ここに来る前にも言ったけど、これからはボクの事を様付けで呼ぶのはなしね。ボクと君はパートナーであって主従関係じゃないんだから」


「はい、ヒナミナさ……ヒナミナさん」


 ギルドを訪れる前にわたくしはヒナミナ様と一つ約束をしていました。

 それは人前で彼女を様付けで呼ばない事。

 恩人であるヒナミナ様に敬称をつけないのは失礼にあたるとわたくしは主張したのですが、ヒナミナ様が他の冒険者に誤解されたくないと仰られたので従わざるを得なかったのです。


 ヒナミナさん。

 ……なんだかちょっと距離が近くなったみたいでいいですね。

 これからは心の中でもヒナミナさんと呼ぶ事にしましょう。


    ◇


 ギルドの中には多くの冒険者達がいるのは勿論ですが、その内装はわたくしが考えていたよりずっと清潔で整っており、依頼受付の窓口だけで8つもあります。

 それ以外にも食事や集会をする為のスペースや訓練場、書庫など多岐にわたる設備が内接されていて、ここで一日中入り浸って過ごす方達がいてもおかしくないと感じる程でした。


 それにしても――


「やっぱりヒナミナさんは冒険者ギルドでも注目されているのですね」


 冒険者ギルドに入ってから明らかにわたくし達に向けられる視線が多くなりました。

 やはりヒナミナ様のように美人で実力のある冒険者は注目の的となるのでしょうか。


「まぁ、それは否定しないけど今ボク達に向けられてる視線は大半が君への興味だと思うよ」


「わたくしですか?」


「すぐに分かるんじゃないかな。……ほら、やってきた」


「ねぇ、ヒナミナ」


 声を掛けてきたのは魔術師風の女性でした。

 歳はおそらく20代後半、長い蒼髪に同じく蒼の瞳、緑をベースにしたローブを着込んでおり、その表情からどうやらわたくし達を警戒しているようにみえます。

 胸元に銀のプレートを下げている事から彼女がBランク一流の実力者である事が分かりました。


「やぁ、クリル。1週間ぶりぐらいだね」


「えぇ、久しぶりね……ってそんな事はどうでもいいわ。それよりその子は一体どうしたの?もしかして領主様相手に反逆でも起こすつもり?」


 女性はクリル様と言うようでどうやらヒナミナさんとは普段からある程度お話になられる仲のようです。


 それにしても領主……お父様に反逆?

 わたくしの事を言っているようですが、わたくしはお父様に反逆どころか反抗や反論すらした事がありません。


「この子はレンちゃん。ボクのパートナーになる子だよ」


「あなたにパートナー!?これはまたとんでもない化けも——子を拾ってきたわね」


「初めましてクリル様。わたくしはレンと申します。あの、何かわたくしは不愉快に思われる事をしてしまったのでしょうか?」


「あー、えっとね……」


 クリル様が化け物と言い掛けた事をわたくしは聞き逃しませんでした。

 Aランク英雄のガイア様がいるバレス辺境伯領が例外なだけで戦力指数Bランク一流は大抵の領地においてトップクラスの実力者だけが辿り着ける領域です。

 ですからできる事なら初日から目を付けられるような事は避けたいのが本音でした。


「クリルにはね、君の底知れない魔力量が見えてるんだよ」


 わたくしの魔力量が他人から見えている……?


「ボクや彼女みたいにある程度の魔力量があって、かつ魔力操作に長けている者は相手の魔力量を推し量る事が出来るんだ。クリルが君の事を警戒しているのはそのせい。別にレンちゃんにガン付けてる訳じゃないよ」


「化け物呼ばわりはあんまりだったたわね、ごめんなさい」


 そう言いつつ、頭を軽く下げながらクリル様は謝罪されました。

 これまで直接出会った冒険者がヒナミナさん以外、大概な方ばかりだったのでなんだか新鮮な気分です。


「いえ、大丈夫です。クリル様は優れた魔術師なのですね」


「これでも【雌伏の覇者】の一員ですもの。それなりにやる方だと自負してるわ」


「【雌伏の覇者】!?……お会いできて光栄です。高名な冒険者様にご無礼があった事をお許しください」


 【雌伏の覇者】はAランク英雄冒険者であるガイア様が率いる王国最強と謳われたパーティです。

 メンバーはガイア様、クリル様、テト様、アロン様の4名。

 本来ならクリルという名前を聞いた時点で察するべきだったのですが、話の流れに気を取られて気付けなかったのは不覚でした。


「そう畏まらなくていいわ、そこのヒナミナだって一時期は【雌伏の覇者】に所属していたんだし。というか私から見ればレンちゃんの方がよっぽどヤバいわよ。あなたがギルドに入って来た時なんてあまりの魔力量の多さに空間が歪んだかと勘違いしそうになったんだから」


「わたくしは冒険者の皆様から見てそこまで異常に見えているのでしょうか?」


 ギルドに入ってから増えた視線が全部わたくしを恐れての物だったら……ちょっと嫌ですね。


「他人の魔力量を感知できる程腕のある魔術師はそう多くないだろうし、大半はレンちゃんが美人だから注目してるだけじゃないかな。もしくはボクが人を連れてきたのが珍しいからとか」


「おそらくそんな所でしょうね。まるであなたが初めてギルドに入って来た時みたいだわ、ヒナミナ。あの時のあなたはギルドに入った瞬間、ナンパしようとした馬鹿な男達に囲まれて……全員無言で腹パンして沈めてたわよね」


 ヒナミナさん、初日から凄い事してました。


「あぁ、懐かしいね。あの時ボクを助けようと来てくれたガイアにも勢いで腹パンしちゃって……完璧に鳩尾に入ったのに微動だにしないから逆に驚かされたよ」


 ヒナミナさん、何をやっているのですか。


「実は結構痛かったらしいわよ?まぁそれがキッカケであなたはスカウトされたんだから世の中わからないものね。……さて、引き留めて悪かったわね、また今度一緒に食事にでも行きましょ」


「うん、またね」


    ◇


 クリル様を見送った後、わたくし達は依頼受付の窓口に向かいました。

 ちょうどこの時間帯は昼食を取る冒険者が多いようで待ち時間もなく、すぐに席に座る事ができました。

 受付係の人は見たところ、20代前半ぐらいのスーツに身を包んだ暗めの赤髪の女性の方で、ヒナミナさんを確認すると人懐っこい笑みを浮かべました。


「あ、ヒナミナさんじゃないですか。最近ずっと依頼も受けずに一体何やってたんです?」


「色々やる事が多くてね。ベルさん、今日はこの子の冒険者登録をしに来たんだ」


「レンと申します。不束者ですがどうぞ宜しくお願い致します」


「これはご丁寧にどうも。それにしても冒険者登録ってこの綺麗なお嬢様が?」


 受付の女性、ベル様はわたくしを見て不思議そうにしています。

 依頼を受けに来た訳ではないのでここにはドレスのまま来たのですが、ヒナミナさんに買って頂いたローブを羽織って来るべきだったかもしれません。


「そう。ちなみに冒険者登録をした後はボクとパーティを組む予定だから手続きよろしくね」


「はぁ~ここに来て最初に加入したパーティがあの【雌伏の覇者】でその次はお嬢様とコンビを組むと。ヒナミナさんはほんと見てて飽きない人ですねぇ。分かりました、レンさんの登録はやっておくのでお二人はギルドマスターに挨拶をお願いします」


「ギルドマスターに?ボクが初めてきた時はそんなのなかったと思うけど」


「もしヒナミナさんがパーティ申請をするような事があったら顔を出すように言えと言付けされてるんですよ。ほら、あなたってここの冒険者内だと実質ナンバー2みたいなとこありますし」


 きょとんとした顔でわたくしとヒナミナさんは互いに顔を見合わせました。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 個人的にレンのヒナミナ様呼びは好きなんですが、いつまでも様付けだとアレなのでさん付けに変更しました。仲が深くなっても呼び捨てにはならないです。

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