第7話 巫女さんとマッサージと就寝

 魔術の練習を終えたわたくしとヒナミナ様はその後、日が沈む前に急いで市街地に戻り、夕食の材料を購入して貸家まで帰宅。

 すぐに夕食の準備に取り掛かり、わたくしが主となり調理を行いました。

 

 作ったのはホワイトシチュー、それに市場で購入したパンを一切れ添えます。

 自炊が成り立つ程度の腕前でしかないわたくしの品ですが、ヒナミナ様は凄く美味しいと喜んでくださいました。

 好き。


    ◇


 夕食の片付けを終えた後、わたくしは一足先にお風呂を頂く事になりました。

 家主より先に入浴するなんてできません、と断りは入れたのですが、先に布団を暖めといて、なんて言われてしまっては従わざるをえません。


 お風呂場の浴槽とシャワーは魔石が取り付けられた魔道具で、触れた物の意思によって適温のお湯が出るようになっています。

 浴槽は一般家庭の物としてはやや大きめの作りになっており、詰めれば二人で入る事もできそうな広さでした。


 ……真っ先に二人で入る事を考えつくあたり、わたくしも大分おかしくなっているのかもしれません。


    ◇


「はぁ……緊張します」


 湯浴みを終えて黒をベースにしたパジャマに着替えたわたくしは寝室の敷布団の上に座り込んでいました。

 布団を暖めておく、そのまま受け取ればヒナミナ様はわたくしと同衾したいとおっしゃられている事になります。

 もちろん、ヒナミナ様がわたくしに妹君であるフウカ様を重ねて見ている事を考えれば家族と一緒に就寝する、ぐらいのつもりで言った可能性が高い事は重々承知しています。

 ですが昨晩の激しい行為魔力器官を造るを考えるとどうしても期待する気持ちがあって――


 期待?

 ……わたくしはヒナミナ様に抱かれる事を期待しているのでしょうか?

 まだ出会って二日目、しかも同性の少女に対してなんて破廉恥な事を。

 とはいえ、ヒナミナ様はとても優しく美しい方で、お母様以外でわたくしを助けてくださった唯一の人なんです。

 特別な目で見たとしてもなんら不自然ではないでしょう。

 ないですよね?


 そもそも、わたくしには自身とある程度関わりがあるという条件下で思い浮かぶ異性がお父様とガネットお兄様しかいません。

 お父様からは基本的に放置されて育ちましたし、お兄様に至っては毎日クローゼットの角に小指をぶつけて欲しいぐらいには嫌いです。

 

 要約するとわたくしに優しいのはいつも同性で、厳しいのは異性でした。

 ですからわたくしが異性に対してそういった感情を抱かないのは仕方のない話なのです。

 同性をそういった視線で見たとしても仕方ないのです!


 わたくしが自分自身への言い訳に恥ずかしくなって敷布団の上で足をバタバタしている最中、突然ガラリと寝室の扉が開きました。

 そこには当然、湯浴みを終えて浴衣に着替えたヒナミナ様がいて――


「あ……」


 まるで顔から火が出るかのような熱を感じます。

 見られた……見られてしまいました!

 わたくしがヒナミナ様に『して頂く』事を想像して無様に敷布団の上で転がっているところを見られてしまいました!


 扉を開いた先でわたくしの奇行を見たヒナミナ様は少し考え込むような素振りをした後、ポンと掌を叩きます。


「さっそく体力作りに励んでるなんて、君は本当に真面目だね」


「は、はい。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。今日は自分の体力のなさを痛感しましたので」


 佇まいを正しながら言葉を引きずり出します。

 なんとか誤魔化せたでしょうか?

 

「頑張るのはいい事だけど、明日に備えて疲れをとるのが一番大事だよ。レンちゃん、マッサージとかしてる?」


「いえ、特には」


 話題が変わった事にほっとしつつ、問われた内容に対しては被りを振って否定します。

 何しろわたくしは本日を除いて、マッサージが必要なほど身体を酷使した事がありませんから。

 ……お父様がわたくしを無能と罵られた事について、自分自身でも全く否定できないのが悲しくなりますね。


「ならボクがしてあげる。マッサージは風花フウカちゃんや紅麗クレイちゃん相手に何度もやってるからね。腕には自信があるんだ」


 そう言ってヒナミナ様は敷布団に正座すると、断る間もなくわたくしの足を掴み、彼女の太股の上へと乗せてしまいました。

 彼女の唐突な行動、湯浴みを終えたばかりで赤みが刺した色気のある肌や着崩れた浴衣から覗く大きな谷間を見た事で、わたくしの受け答えもしどろもどろになってしまいます。


「あ、あのっ、ヒナミナ様!家主である貴女に使用人のような事をさせるわけには——」


「足の裏には健康に関する沢山のツボがあってね。少し痛いかもしれないけど我慢して」


「ひぎぃっ!?」


 ヒナミナ様が足裏のツボらしき場所を押し込んだ瞬間、令嬢らしからぬ悲鳴がわたくしの口から漏れました。

 あまりの痛みに咄嗟に足を引っ込めようとしましたが、ビクとも動きません。


 それもそのはず、刀を抜いたところこそまだ見ていませんが、ヒナミナ様は魔術師であるとともに剣士です。

 わたくしの何倍も腕力と握力があるであろう彼女にわたくし如きの脚力が通じる筈もありません。


「ここは一軒家だからね。いくら声を出してもご近所迷惑にはならないし、我慢しなくていいんだよ?」


「が、我慢しなくていいならマッサージをやめていただけま——ひぐぅっ!」


「それはダメ。中途半端が一番良くないからね。ボクがきっちり溜まった疲れを抜いてあげる」


 もしかしてヒナミナ様はわたくしの不埒な考えを読んで罰を与えようとしているのでしょうか……?

 結局右と左、合わせてきっちり10分の間、わたくしの足裏は彼女の手によって蹂躙され続ける事になったのでした。


    ◇


「あ、足がまだヒリヒリします……」


 現在、灯りを消した寝室でわたくしはヒナミナ様と隣り合わせで仰向けになっています。

 本来なら胸の鼓動が高まるようなシチュエーションなのに、全くといっていいほどそんな気分になれないのが残念です。


「でもスッキリしたでしょ?」


「それはそうですが」


 (わたくし基準で)遠出した事による足の疲労はすっかり消えていました。

 とはいえ、悲鳴と零れそうになる涎を必死に抑え続けたわたくしの気苦労も察して欲しい物です。

 ヒナミナ様の位置からだとわたくしの顔が丸見えだったのですから。


 ……好きな人に自分がはしたなく喘ぐ表情を見られたくないのは当然の事です。


「明日にはもうドレスの修復が終わってるだろうから取りに行こう。後は鍛冶屋で君が冒険者活動で着込む事になる防具、魔術を補助する為の杖も買いに行こうか。それが終わったら魔術の練習と体力作りだね。こっちの方は1週間を目途に仕上げていこうと考えてるよ」


「あの、ヒナミナ様は冒険者ギルドの方で依頼を受けなくても大丈夫なのでしょうか?昨日からわたくしにばかり貴重なお時間を割いて頂いてますし、そのせいで貴女に収入が入らなくなるのは心苦しいのですが」


収入が入らない、はかなり控えめな表現で、実際にはわたくしのせいで資金が目減りしている、が正確な表現となります。


「あぁ、それなら大丈夫。貯蓄はまだまだあるし、そもそもボクがいない事で回らなくなる依頼なんてないからね。あそこにはAランク英雄冒険者、ガイア率いる【雌伏の覇者】がいるし」


「ヒナミナ様はガイア様とお知り合いなのですか?」


 ガイア様はバレス辺境伯領を拠点にする、ブラン王国に5人しかいないAランク英雄冒険者の一人です。

 その実力は辺境伯領で毎年開催される武闘大会で10年連続優勝を果たすほどで、ガネットお兄様が台頭するまでは対人最強とまで言われている程でした。

 かくいうわたくしも実は彼のファンだったりします。


 ……あのような素晴らしい方が近くにいればわたくしも普通に殿方を好きになれたのでしょうか。


「ここに来たばかりの頃、彼はボクに武芸者としての才覚を見出したらしくてね。一ヵ月ほど【雌伏の覇者】に所属させてもらって、そこで冒険者のイロハを教えてもらったんだ」


「【雌伏の覇者】にスカウトされるなんて……本当に凄いです!」


 【雌伏の覇者】はリーダーであるガイア様に加えてBランク一流冒険者の中でも上位に位置する3人からなる王国最強のパーティです。

 そこにスカウトされるという事は少なくともヒナミナ様はガイア様から上位のBランク一流冒険者と同等の評価をされていたという事になります。


「まぁ、いたのは1ヵ月だけだけどね。あとはずっとソロさ」


 ヒナミナ様はたった3ヵ月でBランク一流冒険者に到達したと聞いています。

【雌伏の覇者】に所属した期間が1ヵ月という事はその後の2ヵ月、誰の力も借りず、単独でBランク一流まで成り上がったという事であり、彼女の実力がずば抜けている証明に他なりません。


「ヒナミナ様」


「うん」


「わたくし、頑張ります。【雌伏の覇者】の皆様にも負けないよう強くなりますから。だから――」


 言葉を紡ぐ前に抱きしめられました。

 柔らかい感触がわたくしの顔を包みます。

 

「見捨てないよ。ボクは縁を大切にするタイプなんだ。ボクが日陽から逃げてこの国に流れ着いた事も、君が辺境伯邸から放逐された事も、ボクの目の前に現れた事も、きっと全部意味がある」


「ヒナミナ様……」


「もうお休み、レンちゃん。明日もきっと忙しい1日になるよ」


 ヒナミナ様に抱きしめられていると安心します。

 さして歳の変わらない少女に母性を感じるのは彼女が頼りになるからか、それともわたくしの精神が幼いからでしょうか。


 そんな事を頭の片隅で考えながら、わたくしの意識は闇に消えていきました。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今更ですがレンは結構頭ピンクな子です。

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