第6話 初めての魔術

「この辺りでいいかな」


 わたくし達は市街地から離れた鬱蒼とした緑が広がる場所、通称『魔の森』の入り口辺りまで足を運んでいました。


 ブラン王国においてバレス辺境伯領の戦力は現在、辺境伯家の私兵とギルドに所属する冒険者達の質の高さ(あくまで強さ)を総合すると王都を超えるとも言われてます。

 その多大な戦力は専ら外国に対する攻防ではなく、辺境伯領周辺に発生する魔物の討伐に宛がわれており、辺境伯領の経済は魔物から取れる魔石や素材等の資源によって回っていると言っても過言ではありません。


 バレス辺境伯領北部の大半を占めている『魔の森』は魔物が発生しやすい場所であり、冒険者達の主な稼ぎ場として有名です。


「流石に魔術の試し打ちを市街地でやる訳にはいかないからね。特に君ほど規格外の魔力量を持っている子ならなおさら……って大丈夫?」


「は……はいぃ」


 声を掛けたヒナミナ様に何とか返事を返します。

 別に『魔の森』の雰囲気に圧された訳ではありません。

 ただ、単に疲労しているだけなのです。

 屋敷にこもりきりだったわたくしはどうやら自分で思っていた以上に体力がないようで、おそらく彼女基準でゆっくり歩いているであろうヒナミナ様に置いて行かれないようにするのが精一杯でした。


「初日でそれだけ歩ければ上出来だよ。明日から少しずつ体力作りも始めていこうか」


「お手数をお掛けします……」


 肩で息をしているわたくしを嗤うどころか励ましてくれるヒナミナ様。

 ここにいるのが彼女ではなくお兄様でしたらわたくしの事を指差しつつげらげらと笑いながら罵倒していたに違いありません。

 ヒナミナ様は女神様か何かの生まれ変わりなのでしょうか。

 好き。


「さて、まず魔術を使う前に注意点があるからそれを話していくよ」


「お願いします」


 何とか息を整えてヒナミナ様のお話に耳を傾けます。


「ボクが君に造った魔力器官は本来の物より頑丈ではあるけれど、とても雑な作りになってる。だから細かい操作は不得手だし、出力の面でもそこまで高火力な魔術は放てない。そうだね、例をあげるとすると――【水連弾すいれんだん】」


 ヒナミナ様が魔術名を唱えた瞬間、前方にある大木の前に水の玉が無数に浮かび上がり、そこから高圧力の水流が発生し、穿ちました。

 着弾した大木には無数に穴が開けられており、その威力の高さが伺えます。


「こういった魔力の細かい操作は無理って事だね。腕のいい魔術師は今ボクがやったように自分から離れた位置に魔術を発生させて、より効率よく範囲を絞って攻撃する事ができる。まぁ、ボク以上に魔力操作に長けた魔術師は日陽にもブラン王国にもいないだろうからそこまで神経質にならなくてもいいけどね。あ、別に自慢じゃないよ」


 ヒナミナ様の発言は決して彼女が虚勢を張っている訳でも自信過剰な訳でもなく、確かな事実なのでしょう。

 通常の魔術師は魔術を行使する際、魔力を操作し、体外で世界を改変し、現象を引き起こすという手順を踏むため、必ずがある物です。

 そういったタメがない魔術を遠距離に、かつ優れたコントロールで発動できる彼女の技量は並大抵の物ではありません。


「もう一つ。絶対に自分の限界を超えた魔術を放つような事はしない事。さっきボクは君が高火力な魔術を放つのは無理だって言ったよね。だけど、君がたとえ自分の身体が壊れてもいいという意識で全力で魔術を放った場合は話が別になる。冒険者仲間の間で君のお兄さんであるガネット様が本気で魔術を放つと地形が変わる、なんて話を聞いた事があるけど、君がそれをやったらそれ以上、下手したらバレス辺境伯領が消し飛ぶかもしれない」


「わたくしがお兄様以上の魔術を……」


 不覚にもわたくしは今のヒナミナ様の話を聴いて気分が大きく高揚してしまいました。

 幼少の頃よりわたくしを蔑んできたお兄様を超える。

 その響きはとても魅力的に聞こえたのです。


「そしてそれをやった結果、フウカちゃんは死んだ」


「!?」


「とんでもない化け物相手に戦い続けて、とうとう精根尽き果てて倒れたボクを助ける為に全力の魔術を放った事でね」


 わたくしは何という愚かな事を……。

 当時まだ幼かったフウカ様ですら姉君であるヒナミナ様を守る為に命を捨てたというのに、わたくしはお兄様を超えたいという幼稚な願いで彼女の善意を踏みにじろうとしていたのです。


「自分の限界を超えた魔術を使わない。これが守れないならレンちゃんとは共に行動できない」


「約束します。ヒナミナ様に心労をお掛けするような魔術の使い方はしません」


「君は本当にいい子だね」


 そう言ってヒナミナ様はわたくしの頭を撫でてくださいました。

 違うんです。

 わたくしはいい子なんかじゃない、ただの承認欲求お化けなんです。



「ま、何はともあれ試してみようか。掌を上に向けて出してくれる?」


 言われた通りに掌を差し出し、上に向けます。


「まずは魔力器官を使って体内に貯蓄された魔力を吸い出すんだ。――そうそう、その調子。次に君の掌の上で世界を改変し、魔術を発現させる。レンちゃんにどんな魔術の適性があるかはもう、君自身が理解してるはずだよ」


 体内に造られた魔力器官の操作に集中して。

 吸い上げた魔力を使い、掌の上で世界を改変し、創造する。




 ――風が吹き上がりました。



 驚きのあまり目を閉じてしまいましたが、おそるおそる開いた後もそれは確かに存在して。


 翡翠色の魔力からなる一迅の風がわたくしの掌の上に在ったのです。



「できた……!」


 涙が零れました。

 いくら手を伸ばしても届かなかった物がわたくしの掌の上に在る。

 わたくしは確かに魔術を使えている……!


「おめでとう、レンちゃん。だけどこれで終わりじゃないよ。その状態を維持したまま、掌をあの大木に向けて」


 掌に集まった魔力を取りこぼさないよう、慎重に動かして、大木に向けます。


「次は掌に集まった魔力を球状にしてみようか。イメージ力が大事だよ。うんうん、いい感じ。あとは今できたそれを放つだけさ。余裕があれば適当に魔術名をつけて唱えるといい。言霊ことだまはイメージを補強するのに効果絶大だからね」


 球状になった風の魔術はヒナミナ様が作り出した水球よりずっと大きな物でした。

 この大きさはヒナミナ様と比べて魔力操作の練度が低いからか、それともわたくしの魔力量が多すぎる事による物なのかは検討がつきません。


 そして魔術名。

 昨日、ヒナミナ様がわたくしを助けた際に唱えた水球を飛ばす魔術、たしか【水弾すいだん】という名称だった筈です。

 ですが、わたくしのこれはどう見ても弾というより玉。

 それなら……。


「【風玉かざたま】!」


 魔術名を唱えるとともに放たれた風の球体は進むにつれて肥大化していき――最終的に形が霧散したまま大木に激突、結果は枝が軋む音とともに付けた葉の3割程度が散るだけで終わりました。


「……」


「どうだった、初めて魔術を放った感想は?」


「正直、自分の至らなさを痛感しています。まさか形すら保てないなんて」


「そんな事ないさ。今君が放った【風玉かざたま】……いや、【風壁ふうへき】とでもいうべきかな。汎用性があって使い道も多い、いい魔術だと思うよ」


 肩を落とすわたくしを励ますようにヒナミナ様は言葉を続けます。


「まず魔術の範囲の広さは単純に敵に対して当てやすいって事だし、形が見えないのは回避が難しいって事になる。今放った強風に敵を倒す程の威力はないだろうけど、行動を制限する分には十分な効果があるだろうしね。手札の一つとして確保しておく価値はあると思うよ」


「わたくしはヒナミナ様のお役に立てるのでしょうか?」


「もちろんだよ。一つ言っておくけど今の君は魔術師として凄く恵まれた立場にいるからね?不安がる必要なんて全くないよ」


「わたくしが恵まれている?」


 ヒナミナ様に造って頂いた魔力器官では高火力の魔術を撃つ事が難しく、細かい操作が難しいと聞きましたがどういう事でしょうか。


「君にはその圧倒的な魔力量がある。さっきの魔術だって常人が放てば数発で息切れしてしまうだろうけど、君は何百発だって撃てる。その時点で既に強いんだよ。それに制限なく撃てるって事はいくらでも練習できるって事だからね。日に数回しか練習できない常人と数百回練習できる君、どっちが早く上達できるかなんて、考えるまでもないでしょ?」


 つまりわたくしは努力すればするだけ、他の方よりずっと早く成長できる……?


「ヒナミナ様!わたくし、やります!倒れるまで練習します!」


「いや、倒れないで。さっきボクに心労をかけるような魔術の使い方はしないって言ったばかりじゃない」


 拳を握りしめるわたくしにヒナミナ様は苦笑いしながら答えます。

 結局この後、日が沈む間近まで魔術の練習は続きました。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

魔力量はあまり上下する事はありませんが、魔力操作能力は練習によりある程度向上が望めます。

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