第5話 巫女さんとお買い物

「ここがボクの行きつけの服屋だよ。この巫女装束もここでオーダーメイドしたんだ」


 ヒナミナ様に案内されたのは大通りに面している小さな服屋でした。

 看板には「colors」と書いてあり、服だけでなく靴も取り扱っているようです。


 それにしてもバレス領で生まれ育ったわたくしが日陽から渡ってきたヒナミナ様に案内されるというのもおかしな話です。

 ……ろくに外出して街を見回る機会がなかったので仕方ない事ではありますが。


 ドアを開き、店内を見まわします。

 店内は華やかに飾り付けされており、男性女性もの問わず、服や下着、ドレスやコート等幅広い商品が展示されています。


「いらっしゃーい♪」


 入室したわたくし達に気付いた店員、おそらく20代後半と思われるお洒落なスーツに身を包んだ茶髪の女性が出迎えてくれました。

 彼女は服装だけでなく、爪先にまで細やかな装飾を施しており、服屋の店員としての意識の高さが垣間見えます。


「あら、久しぶりじゃないヒナミナちゃん!その綺麗なお嬢さんはだぁれ?ひょっとして彼女だったりする?」


「か、かのっ……!?」


「やあ、しばらくぶりだねマーサさん。この子はボクの後輩のレンちゃんだよ。今日はこの子のドレスの修復と替えのドレスをオーダーメイドしにきたんだ。あと下着と動きやすい靴も見繕ってやってよ」


 店員のマーサ様から発せられた彼女発言に狼狽するわたくしをスルーしつつ、ヒナミナ様は淡々と要件を伝えました。

 ……わたくしが過剰反応しすぎなのでしょうか。


「オーケー、それじゃまずはそのドレスを見せてもらおうかな。……うわっ、これは随分とまぁ。レンちゃん、その……大丈夫だった?」


 収納袋から取り出したわたくしのドレスを見てマーサ様が心配そうに尋ねました。

 胸元が大きく破られている為、そのように考えられても仕方ない事だと思います。


「ヒナミナ様に助けて頂いたのでこの通り、無事です。修復の方は可能でしょうか?」


「さすが天才Bランク一流冒険者ねぇ。なんにせよ無事だったのなら良かったわ。修復は……大銀貨5枚、替えのドレスはこれと同等の物を仕上げるとなると金貨4枚ってところかしらね」


 金貨4枚に大銀貨5枚!?

 わたくしが手切れ金としてお父様から渡された金貨の枚数が15枚だった事を考えるとかなりの金額です。


「マーサさん、もしかしてボッてない?金貨4枚と大銀貨5枚って贅沢しなければ半年生きてけるぐらいの額なんだけど」


 温厚なヒナミナ様の眉がピクピクと動いています。

 流石に辺境伯令嬢が使用するドレスはBランク一流冒険者であっても気軽に出せる金額ではないようでした。


「失礼ね!これは適正な金額よ。だってこのドレス、最高品質の絹が使われているんだもの。ただ替えのドレスの方は布の品質を落としてもいいなら大銀貨7枚でいいわ」


「合わせて金貨1枚と大銀貨2枚か……まぁそれぐらいなら。レンちゃん、申し訳ないけど替えのドレスの方はちょっと質が落ちるけどいいかな?さっきの金額も払えない訳じゃないんだけど、君の装備分も考えると余裕を持っておきたい」


「あの、ヒナミナ様。わたくしは平民の皆様が着る洋服で充分です。ただでさえ居候なのに必要以上に貴女に負担をかけたくは――」


「居候じゃなくてパートナーね。マーサさん、ドレスの調整とかもあるだろうし、レンちゃんの採寸よろしく。ボクはここで待ってるから」


「はいはーい。それじゃレンちゃん、少し付き合ってもらうわよ」


    ◇◇


 案内された個室でわたくしは下着姿になりました。

 こういった採寸は過去に何度もやっているので恥ずかしさはありません。

 マーサ様はさすが服屋の従業員というべきか、無駄なくてきぱきと採寸を進めていきます。


「身長159cmで上から85・57・84。うん、思った通り中々のスタイルね。お姉さんも腕がなるわ~」


「ドレスはマーサ様がお創りになられるのですか?」


 そうなるとおそらくマーサ様は店員ではなく店長という事になります。

 まだお若いのにご自分のお店を所持、経営している事にわたくしは驚きを隠せませんでした。


「そうよ、ヒナミナちゃんの巫女装束も私が仕立てたんだからね。彼女は身体のメリハリがはっきりしてるし、印象に残ってるわ。確か身長164cmで上から89――」


「えっと、その情報はわたくしが聞いてもよろしいのでしょうか?」


 ヒナミナ様の身体情報はとても気にはなるのですが、まだ出会って二日目のわたくしが勝手に聞いてよいものなのかは判断し難いところです。


「だってレンちゃん、ヒナミナちゃんとは結構深い仲なんでしょ?さっき彼女はあなたの事を後輩でパートナー、つまり冒険者仲間だって言ってたけど、あなたはどう見てもいいとこのお嬢様にしか見えないし、そうなると…… ねぇ?」


「……」


 パートナーというのは間違いではないのですが現状わたくしは魔術が使えるようになった自身がどの程度お役に立てるのか把握しておらず、そもそも冒険者登録すらしていない状態です。

 答えに窮しているとマーサ様がこんな提案をしてきました。


「よかったら二人の関係を教えてよ。もし面白かったら今回の買い物は割引価格で提供してあげる」


「本当ですか!?」


「ほんとほんと」


 先程ドレスの値段を聞いた際にヒナミナ様は明らかに渋い表情をしておられました。

 わたくしが話す事で少しでも助けになれるのなら迷う理由はありません。


「わたくしがヒナミナ様にお会いしたのは昨日の事でして、冒険者二人に絡まれているところを救っていただいたんです」


「え?ヒナミナちゃん、昨日会ったばかりの子にドレス買おうとしてんの?」


「その後、わたくしはヒナミナ様のご自宅に招かれ、彼女のパートナーにならないかと誘われました」


「展開が急過ぎない!?」


 もしかしてパートナーって冒険者じゃなくてそっちの方の意味なの?とマーサ様が呟いています。

 全貌を掴めていないご様子ですが、流石にわたくしがこれまで魔術を使えなかった事や容姿がヒナミナ様の亡くなられた妹様に似ている事などは話せませんからね。

 多少の誤解は出てくるかもしれませんが、明かせる範囲で説明するしかありません。


「戸惑うわたくしをヒナミナ様は寝室に連れて行き、そこでたくさん口付けしてくださいました」


「ええええええぇ!!?」


 ……ついに言ってしまいました。

 頬が熱くなっているのを感じます。

 わたくしの魔力器官を造る為、とはいえ本来このような行為は人様には知られないよう心に秘めておくべき事ですが、割引きして頂く為には致し方ありません。


「体力のないわたくしは途中で気を失ってしまいましたが、ヒナミナ様はそんなわたくしの衣服を脱がし、頭を優しく撫でてくださったのです」


「気絶してるのに最後までヤるなんて……鬼畜すぎる!」


 ……おかしいですね。

 わたくしはヒナミナ様の優しさと慈悲深さをお伝えしたつもりなのですが。


「わたくしはこれまで屋敷にこもっていた温室育ちの為、このような行為魔力器官を造るは初めての経験で不安でいっぱいでしたが、ヒナミナ様はわたくしの足りない物魔力を操作する力を全て満たしてくださいました。本当に素敵な方なんです」


「こんな純朴そうな子をここまで堕とすなんて……ヒナミナちゃん、恐ろしい子!」


 ……わたくしの語彙力が足りないせいで誤解が深まっている気もしますが、重要なのは割引きして頂けるか否かです。


「以上がわたくし達の関係になります。それでマーサ様、いかがでしたでしょうか?」


「あ、うん。想像の50倍ぐらい面白かったわ。原価ギリギリまで割り引いてあげる」


「ありがとうございます!」


 どうやらご満足頂けたようです。

 これで少しはヒナミナ様の助けになれたでしょうか。


    ◇


 その後、わたくしは下着を始めとした数点と動きやすい靴として革製のブーツを購入して頂く事になりました。

 ヒナミナ様の履いている物と同じ商品です。

 今まで履いていたワンストラップシューズでは活動できる範囲に限界があったので助かりました。


「ブーツ1点と下着2セットが3点、パジャマが2点、靴下が3点、加えてドレスの修復と替えのドレスの制作依頼、全部で金貨1枚でいいわ」


「さっきドレス絡みだけで金貨1枚と大銀貨2枚って言ってなかったっけ?」


「まぁ、レンちゃんから色々と面白い話も聞けたしね。サービスよ、サービス」


 わたくしに目をやりつつ頬を赤らめながらマーサ様は答えます。

 そんな彼女の様子にヒナミナ様は訝しげな表情を浮かべました。


「レンちゃん、このお姉さんに変な事されたりしてない?例えば値引きの代わりに身体を要求されたりとか」


「そのセリフ、あなたにだけは言われたくないわヒナミナちゃん。……この変態鬼畜巫女」


「えぇ……なんでそんな事言うの?」


 困惑するヒナミナ様をよそにマーサ様はわたくしの側までくるとガッと強く肩を掴みました。


「レンちゃん」


「は、はい!」


 マーサ様から凄い気迫を感じます。

 それはまるで歴戦の戦士のようでわたくしはその圧に圧倒されてしまいました。


「ヒナミナちゃんは変態だけど、将来有望な天才冒険者よ。稼ぎもいいし、よっぽどの事がなければあなたを一人残してくたばる事もないわ」


「人を勝手に変態扱いしないでくれる?」


「人気だって凄いのよ。この街で彼女に言い寄った男どもは数知れず。みんなこの子の顔と乳に釣られて飛びつくの。それを涼しい顔で股間ごとバッサリやるのがそう、ヒナミナちゃんよ」


「ちょっと脅しただけでそこまで苛烈な事はしてないから」


「性格は……うん。今日の話を聞いた後じゃとてもいいとは言えないかもしれないけど、それでも女の子をやり捨てしてはいさようなら、なんて子ではないわ」


「一体マーサさんの中でのボクはどうなってるの?」


「だから!」


 マーサ様の気迫が緩みます。

 それと同時にわたくしは労われるかのように優しく抱きしめられました。


「レンちゃんが納得してるなら……その気持ちが心からの物ならそれでいいの。女の子どうしだからとか関係ない。きっとあなたの想いは無駄にはならないわ」


「……マーサ様、ありがとうございます」


 どうやらわたくしとヒナミナ様の仲を応援してくださっているようです。

 まだ今日会ったばかりのわたくしに対してこれほどよくして頂けるとは、なんてお優しい方なのでしょう。


「あーはいはい、そこまで。これ以上ボクの印象を悪くされたらたまらないよ。もう行こう、レンちゃん」


 ヒナミナ様はわたくしの手を引いて出口に向かいます。

 自然に手を取って頂けた事を嬉しく思いつつ、わたくしはマーサ様に一礼しました。


「異国の巫女と深層の令嬢、絵にはなるんだけどねぇ」


 退店の間際、そんなマーサ様の呟きがわたくしの耳に届きました。





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金貨1枚≒10万円、大銀貨1枚≒1万円ぐらいのふんわりしたイメージで書いてます。

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