第4話 巫女さんと朝ご飯

「……」


 目が覚めたらいつもとは違う天井が目に入りました。

 あぁ、そうでした。

 昨日わたくしはヒナミナ様と……


「えっ?」


 掛けられていた布団を取り払うと自分が下着姿になっている事に気付きました。

 ……まさか、気を失った後、最後までされてしまったのでしょうか。

 うぅ……もうお嫁に行けません。

 わたくしはヒナミナ様に貰って頂けるのでしょうか?


 そんな愚かな事を考えている最中、突然寝室の引き戸が開き、ヒナミナ様が入室されました。

 わたくしは咄嗟に布団を被り、身体を隠します。

 自身の頬が熱くなっているのを感じました。

 既に全部見られてたとしても恥ずかしい物は恥ずかしいのです。


「おはよう、レンちゃん」


「おはようございます、ヒナミナ様。居候の身でありながら家主である貴女より起床が遅くなってしまい、申し訳ありません」


「昨日は色々あって疲れてたんだろうし仕方ないよ。それにボクは元から朝が早いし、気にしなくていい」


 視線から布団で身体を隠すようにするわたくしを見て思い出したのか、ヒナミナ様はポンと手を叩きます。


「あぁ、そうだ。悪いとは思ったけど君のドレスは勝手に脱がさせてもらったよ。普段着を着たまま寝ると身体を痛めやすいからね。あとあのドレスは破れがあったから着替えにボクの巫女装束を持ってきたけど、手伝いはいるかな?」


「い、いえ!結構です!着替えぐらい一人で出来ますから!」


 勘違いに気付いたわたくしは先程とは違う恥ずかしさから言葉が上ずってしまいました。

 見ず知らずの人間にここまでしてくださるような優しい方が気を失った少女相手に性欲をぶつけるなんてある筈がないのに。


「そう?この国のお貴族様は着替えを使用人にやらせるって聞いてたけど、レンちゃんは手が掛からなくていい子だね。それじゃ、朝食が出来てるから着替え終わったら居間までおいで」


 背を向けて退室するヒナミナ様を眺めながらわたくしはため息をつきました。

 昨夜、わたくしの家事は全部行うという発言を却下して、分担してやろうと提案したのは彼女ですが、初日から頼りっきりになってしまうとは。


 とにかく家主を待たせるのはいい事ではありません。

 まずは部屋に備え付けられた鏡を使い、自身の長い白髪をいつものツーサイドアップにセットします。

 慣れない和服の着付けに四苦八苦しながらも何とか着替え終えたわたくしは急いで居間に向かいました。


    ◇


 小さな机(ちゃぶ台)の上に用意された朝食は白米にニンジンやゴボウ、豚肉等、沢山の具材が入ったお味噌汁、玉子焼きの3品でした。

 私の席には箸だけでなく、スプーンとフォークも備え付けられており、和食に慣れないわたくしへの細やかな気配りが感じられます。

 その事に対してお礼を言うと、ヒナミナ様はにっこりと微笑みました。

 本当に素敵な人です。

 

 座布団の上に座るヒナミナ様は背筋こそピンと伸ばしていますが、足は崩していました。

 わたくしもそれにならい、足を崩して座ります。

 普段食事は椅子に座って取っているので、正座の状態で頂かなくていいのは助かります。


「いただきます」


「いただきます」


 ヒナミナ様の後に続くように手を重ねて日陽流の挨拶を終えたわたくしはさっそく茶碗によそられた白米をスプーンですくい、口に運びます。

 ちなみに箸を使うのは秒で諦めました。

 ヒナミナ様の真似をして持ったのはいいのですが、そこから開いて掴むという動作ができなかったのです。

 ……おいおい使えるように少しずつ練習していきましょう。


 口に入れ租借する白米の味は……薄い?いえ、味がないような。

 食感はもちもちとして面白いのですが、洋食に慣れたわたくしにはとても薄味に感じられました。

 気を取り直して次はお味噌汁をスプーンですくい、飲み込みます。

 こちらはとても濃厚でほっとする味でした。

 ただ白米とは真逆でかなり味付けが濃いような……。

 薄い味付けと濃い味付けのギャップを楽しむのが和食のスタイルなのでしょうか。


 ちらりとヒナミナ様の方に目を向けます。

 すると、なんと彼女はお味噌汁が盛られた器に直接口を付けて流し込むと、すぐさま白米を箸で掴み、口に含んで咀嚼し始めたのです。

 ――まさに天啓でした。

 彼女は濃い味付けのお味噌汁を薄い(ほぼない)味付けの白米で緩和していたのです。


「食べにくかったらご飯をそのまま味噌汁に入れちゃってもいいよ?ボクは食事のマナーとかにはあまり口出したりしないから」


 ショックのあまりスプーンを動かす手が止まっていたわたくしを見かねたのか、ヒナミナ様からとんでもない事を言われました。

 白米をお味噌汁の中に……入れる?

 なんてはしたない!それでいて悪魔的な……!


「いえ、問題ありません。お気遣い感謝します」


 おそらくヒナミナ様はわたくしの事を亡くなられた妹君であるフウカ様と重ねて見ています。

 白米をお味噌汁に入れるという蛮行もフウカ様が行っていたのでしょう。


 ですがわたくしはもう15歳、既に成人している身。

 レディと言っても過言ではありません。

 元令嬢として日陽独自の作法ぐらい、当たり前のようにこなさなければならないのです!


「……」


 ヒナミナ様の作法をトレースするようにお味噌汁の入った器を持ち、顔の近くまで掲げます。

 もちろん、お味噌汁を口に含む際は音が出ないよう、細心の注意を払う事は忘れません。

 ……わたくしの感覚では器に直接口を付ける事自体が既にはしたないのですが、郷に入れば郷に従えという言葉もあります。


 続いて白米をスプーンですくって口まで運び、先程含んだお味噌汁とともに咀嚼します。


「……美味しいです」


 お味噌汁の塩辛さが白米の素朴さによって中和され、驚くほどに食べやすくなりました。

 さらにお味噌汁に入った具材の数々。

 これもまた白米との相性が抜群に良いのです。

 これが和食の極意……!


 あ、最後の一品である玉子焼きは出汁がよく染みこんでいて文句の付けようもないほどに美味でした。


「お口にあったようで何よりだよ。それにしてもレンちゃんは何というか気品のある食べ方をするんだね。この辺りは育ちの良さが出てるなぁって感じるよ」


「恐縮です。あの、ヒナミナ様から見ておかしいところはなかったでしょうか?」


「まさか。当時まだ幼かったフウカちゃんはもちろん、君と同い年の紅麗クレイちゃんより行儀がいいぐらいだよ。例えるならあの二人はお嬢ちゃんで、レンちゃんはお嬢さん、いやお姫様って感じかな」


「お姫様……!」


 ヒナミナ様から頂いた過分な評価にわたくしは感動で打ち震えていました。

 お母様、貴女から教えて頂いた令嬢としての作法は今こうして身を結んでいます!


    ◇


「ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


 湯飲みに注がれた暖かい緑茶を飲み干し、手を合わせます。

 初めて頂いた和食はわたくしの想像以上に奥の深い物でした。

 いずれはわたくしもこれと同等の品をお出しできるよう、精進しなければなりませんね!


「ところでレンちゃん。今日の予定だけど」


 一緒に食器を片付けながらヒナミナ様がわたくしにしゃべりかけます。


「まずは君のドレスを直しに行こう。その巫女装束姿も悪くないけど、やっぱりレンちゃんは洋装の方が似合うと思うしね」


「ご迷惑をおかけします」


 現状、わたくしは無一文なので衣服の購入に関しても彼女を頼る他ありません。

 本当に何から何までお世話になってばかりです。


「迷惑だなんて思ってないよ。で、その後は昨日ボクが造った魔力器官のテストをしようか」


「魔力器官のテスト……」


 昨夜、ヒナミナ様から触れられた唇の感触はまだ記憶の中に鮮明に残っています。

 そして、わたしの胸の奥にある微かな違和感。

 これまで存在しなかった異物、おそらく魔力器官の感覚も。


「君も早く使ってみたいでしょう?生まれて初めての魔術ってやつを」


 いたずらっ子のように朗らかに笑うヒナミナ様の唇からわたくしは目を離せなくなっていました。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日本住宅に招かれた外国人のようなリアクションをしているレンですが実際の外国人はヒナミナの方という(ややこしい)

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