第32話 曹操からの手紙
各地に檄文を送った後、私は蜀副総帥益州刺史の職務と武術の鍛錬に集中した。
蜀副総帥としては、来たるべき曹操軍との戦いの準備をしなければならなかった。龐統や魏延と連日話し合い、ときには将軍たちとも会って、兵の調練の具合などを聞いたりした。
益州刺史としては、各郡の内治がうまくいっているか確認せねばならず、太守と手紙のやりとりをした。南部四郡の治安を心配していたが、いまのところ大きな問題はないようだった。費禕の貢献が大きい。彼は孟獲とうまく付き合っているようだ。
武術の師は李恢である。私は弱いが、いずれは自分の身は自分で守れるようになりたい。李恢の教えを受け、体力と剣術の向上に取り組んだ。
冬が近づき、寒さが増してきた。
刺史室の暖炉に初めて薪を入れ、燃やした日、李恢が一通の手紙を持ってきた。
それは、驚くべき手紙であった。
劉禅公嗣殿
あなたが書いた檄文を見た。
私が董卓と同じであると書いてある。
まちがっている。
私は帝に従い、陛下の手足となって、天下平定のために戦っているのである。
目的は平和であり、簒奪など考えてはおらぬ。
あなたと劉備、孫権が帝への抵抗をやめれば、天下に平和が訪れる。
劉禅殿、私と手を取り合って、劉備と孫権を倒そうではないか。
その事業が完遂すれば、私は引退し、漢の丞相の地位をあなたに譲ろう。
返信を待っている。
曹操孟徳
私はそれを読み終えたとき、あきれ果てた。
曹操は私に離間の計を仕掛けてきたのだ。
父と戦えと勧めている。
馬鹿馬鹿しい。
返信などするまい。
相手にすれば、曹操はつけ入る隙ありと考えるだろう。
隙など見せるつもりはないが、私と父の仲たがいを狙っているところが腹立たしい。
完全に無視することに決めた。
私は魏延を呼んだ。
「若君、なにかご用でしょうか」
「女忍隊、男忍隊を使い、各地の動向を調べてほしい。魏と呉、そして蜀内の動きも。檄文の効果を知りたい。曹操の動きも気になる。彼は蜀の内部にさらなる離間の計を仕掛けてきているかもしれぬ」
「曹操ならやっていてもおかしくはありませんね」
「頼むぞ」
「承知しました」
数日後、魏延が刺史室へ忍凜とともにやってきた。
忍凜が私に報告した。
「鄴の官吏の魏諷が劉禅様の激文を知り、曹操への謀反を計画しています。また、曹操の魏公就任に反対し、自殺した荀彧と親しかった耿紀も不満をつのらせているようです」
「魏諷と耿紀か。知らない名だ」
「それほどの大物ではありません。操りますか? 女忍隊の力で、曹操の暗殺などに向かわせることは可能かと」
「放っておけ。私は暗殺の手助けなどはしない」
「荀彧殿は王佐の才であると謳われていたそうですね。曹操の軍師でしたが、帝を敬われる心も持っておられたのでしょう。手を取り合うことができたかもしれません。亡くなられて残念です」と魏延が言った。
「そうだな。荀彧……。彼は仕える者をまちがったのだ。我が父を支えていれば、自殺などで終わることはなかったであろう」
「呉にはより大きな波風が立っています」と忍凜が言った。
「話してくれ」
「呂蒙が猛烈な勢いで、孫権に献策をしています。魏と蜀の戦いが起こる。呉がこのまま座して見ていれば、戦いの勝者が強大になり、呉は滅ぼされるしかない。同盟している蜀とともに出陣し、魏の領土の半分を奪い取りましょうと主張しています」
「呂蒙は正しい。私は魏を滅ぼし、その後、呉を併呑しようと思っている。曹操が勝った場合も、呉は滅ぼされるであろう」
「孫権は、魏と蜀には勝手に戦わせておけばよい、と言っています。共倒れになるであろう。勝者があったとしても、疲弊し切っており、そこを呉が叩けばよい、と答え、呂蒙の策を退けています」
「孫権は愚かだ。確かに勝者は疲れているであろうが、揚州と交州に引っ込んでいる呉に劣るわけはない。戦国の世で戦わない者は、いずれ滅びる」
私は孫権にほとほと失望した。やはり、益州と荊州の力だけで、曹操を倒すしかない。
「忍凜、ご苦労であった。引きつづき、諜報活動に注力してほしい。そなたの働きに感謝している」
忍凜は頭を下げ、刺史室から煙のように姿を消した。
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