第31話 第3部最終回 檄文

 曹操は董卓と同じである。

 畏れ多くも漢の帝を傀儡と成し、天下を私有せんと欲している。

 専横を極め、官軍を私兵と化して、戦火を広めている。

 帝位と天下の簒奪。

 悪辣なる想いを抱いていることは明らかである。

 諸君、ともに逆賊曹操を打倒し、平和なる漢の国を再興しようではないか。

 我は先陣を切る覚悟を持っている。


 私は檄文を書いた。

 龐統と魏延に見せた。

「私はこれを持って荊州へ行くつもりだ。劉備玄徳の名をもって、この檄文を各地に発送していただき、対曹操戦線を起こそうと思う」

 ふたりは文面をじっと眺めていた。

「まことにけっこうな檄文ではありますが、すでに天下は三分されております。孫権殿以外に、これを送る相手がありましょうか」と龐統は言った。

「孫権は動こうとせぬ。孫権配下の者たちに送る。内心では孫権の領土保全第一主義に反発し、周瑜の志を継いで、天下統一をめざしたいと思っている者たちがいる筈だ。少なくとも、呂蒙、陸遜ら主戦派の心を動かすことはできるであろう。彼らの声が大きくなれば、孫権も動かざるを得なくなるかもしれぬ」

「なるほど……」

「曹操の配下にも送ってみよう。勤皇の志を隠し持っている者がいるかもしれない。楽浪郡の公孫康にも送ろう。各地で反曹操の火の手が上がる可能性はあろう」

「だめでもともとと思い、やってみればよろしいのではないでしょうか」

「そうだな。来春には、私と父上だけでも、打倒曹操の戦いを始めたいと思う。すぐには動く者がいなくても、勝勢になれば、この檄文が功を奏してくるであろう」

「勝ち組につこうとしている者は、きっといるでしょう。大きな戦の準備を始めねばなりませんね」と魏延が言った。

「そのとおりだ。士元は成都に兵糧を集め、可能な限りの徴兵をしてほしい。魏延は小型連弩と攻城兵器の大量生産を」

「自分も若君とともに、荊州へ行こうと思いますが」

「それにはおよばない。私は、馬岱と李恢を護衛として連れていくつもりだ。父上との話し合いは、私ひとりで十分。士元と文長は成都に残り、戦闘準備を進めよ」


 建安二十年秋、私は馬岱と李恢、そして五百騎の親衛隊とともに、荊州の公安城へ赴いた。

 父と諸葛亮、関羽、張飛と再会した。

「よく来た、禅よ」

 父は覇気をみなぎらせて、私を見つめた。

「いよいよ戦が近いか」

「来春にも、始めようではありませんか、父上」

「よい頃合いだな」

 諸葛亮はそっと微笑み、関羽と張飛は「うおーっ」と叫んだ。


 私は父に檄文を見せ、これを曹操、孫権配下の有力者や地方の豪族たちに送ろうと提案した。

「父上の名で檄文を送れば、その気になる者がいると思います。すぐには決起してくれないかもしれませんが、我らが曹操を追いつめれば、味方が増えていくのではないかと思います」

「曹操は董卓と同じか。思想と手法は案外似ているかもしれんな。帝を利用し、天下を自分のものにしようとしておる。しかし、手腕は遥かに曹操が上だ」

「みすみす簒奪を許したくはありません。檄文を発しましょう」

「よかろう。しかし、なぜわしの名を使わねばならんのだ。おまえの名で送ればよいではないか」

「劉備玄徳の名には、劉禅公嗣よりも、遥かに重みがあります」

「おまえが定軍山で夏候淵を破ったことは、天下に知れ渡っておる。自分の名で、やってみよ」

「よいのですか」

「よい。わしは、おまえの檄文に応じて立つことにしよう。荊州から、洛陽を強襲する」

「私は、長安を落とします」

「曹操は黙って見ているわけにはいかないであろう。どこかで大きな戦闘になる」

「曹操の首を取りましょう」

「宿敵を滅ぼし、天下に平和を取り戻し、皇帝陛下に心安らかになっていただく。わしの本望である。なあ、関羽、張飛よ」

「兄上と義兄弟になったときから、変わらぬ志です」と関羽は言い、「劉備兄貴に志を遂げさせるのが、俺の志だ」と張飛は言った。

 諸葛亮は黙ってうなずいていた。


 私は成都に帰還し、自分の名で、各地に檄文を発した。

 この檄が、呉に想像以上の大きな波紋を起こすことになる。

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