第18話 雒城総攻撃

 綿竹で降兵を加えた新たな軍の編成をして、調練を行った。

 葭萌城、梓潼城、涪城に兵を送り、補給路の安全対策も向上させた。


 綿竹に一か月ほど滞在してから、私と魏延、黄忠、孟達、王平、馬忠は五万の兵を率い、雒県へ向かった。

 法正と李厳は一万の兵とともに綿竹城に残った。

 彼らは後方の安全と補給、占領地慰撫を担当する。


 雒県に侵攻。

 敵は雒城に籠っていた。堅城である。

 前世では、劉備軍はこの城の陥落に一年間も要した。龐統はここで矢に当たり、命を落とした。


 雒城を守っているのは、劉璋の長男の劉循である。

 他に呉懿、呉蘭、雷銅、綿竹から逃走した黄権といった将が城内にいることを、女忍隊の忍鶴が教えてくれた。

 忍鶴は、忍凜の妹である。

 城内の兵力は、およそ三万人らしい。


「文長、この城は簡単には落ちませんよ」

「わかっています。じっくりと攻撃します。まずは、投石車で城兵に圧力をかけます」


 魏延が攻城の指揮を執った。

 五万の兵で包囲し、補給線を断った。

 増産し、五十台になっている投石車で、毎日巨石による攻撃を行った。


 黄忠は不満そうだった。

 ときどき魏延と議論していた。

「なぜ総攻撃をかけんのだ、魏延」

「守りの堅い城です。無理な攻めをすると、味方に相当な犠牲者が出ます」

「投石だけでは、城は落ちんぞ」

「わかっています。しかし、敵兵を弱らせることはできます。弱り切ったときに攻撃します。それが科学的な戦争だと考えております」

「おまえは正しいのかもしれん。しかし、こんな戦いばかりをしていると、兵は強くはならん。死地で戦ってこそ、兵は強くなる。強兵を育てなければ、曹操のような強敵には勝てんぞ」

 黄忠にそう言われて、魏延は黙り込み、腕組みをした。


「黄忠殿の言葉は、重みがありました」と魏延は私に言った。

「総攻撃をする気になりましたか、文長」

「乾坤一擲の勝負。そういうものを経験する必要があるのかもしれません」

「では、やってみたらどうですか」

「準備を進めます」


 魏延は綿竹城にいる法正に伝令を出し、竹梯子五百台を送るよう要請した。

 竹梯子は、二本の太い竹に、木材を横の段として渡した梯子である。

 雒城の近辺に、竹林や森林があった。

 魏延は雒城包囲兵を三万に減らし、二万の兵に竹梯子の製造をさせた。

 一か月後、劉禅軍は二千台の竹梯子を所有していた。


 私と魏延、黄忠、孟達、王平、馬忠とで軍議を行った。

「明後日、夜明けとともに総攻撃をかけます。作戦は、魏延から説明させます」と私は言った。

「今回の作戦は単純です。私の隊と黄忠殿の隊のすべてを投入して、いっせいに突撃し、城壁に梯子をかけ、城内に突入します。衝車も投入し、城門を突き破ります」と魏延は説明した。

「それはよい。命がけで、雒城を陥落させてやろうぞ」と黄忠は言った。

「騎兵はどういたしましょうか」と孟達が魏延にたずねた。

「城門が開くまで待機してください。開門したら、突撃です」

「わかりました」

「魏延殿、親衛隊はどうすれば」と王平が言った。

「今回の戦い、苛烈にやります。もしかしたら、負けるかもしれません。万が一攻撃が失敗したら、王平殿は劉禅様を守って綿竹城へ退却してください」 

「承知しました。私の役目は劉禅様の守護。絶対にお守りします。魏延殿は、安心して、攻撃に専念してください」

「よろしく頼みます」


 魏延は総攻撃を決断したが、なにがあっても私の命は守ろうとしている。

 私は総大将だ。

 生きていれば、再起できる。私は兵とともに死ぬのが仕事ではなく、生き延びることが仕事なのかもしれない。

 父劉備のように、逃げるべきときは、迷わずに逃げるべきなのだ。

 だが、私の口からは、別の言葉が飛び出した。

「必要ならば、親衛隊も突撃させます。私は死を怖れてはいません」

 黄忠が私を睨みつけた。

「劉禅様、あなたはこんなところで死んではなりません」

 ものすごい気迫を向けられて、私は絶句した。

「あなたの命は、魏と総力戦をするときまで、必要なのです。我らが負けたら、かまわずに逃げてください」

 私は黙ってうなずくしかなかった。


 早朝に鉦と太鼓が鳴り、総攻撃が始まった。

 歩兵たちが梯子をかかえて走る。

 二千台の梯子が城壁に立てかけられ、兵が登る。

 城壁の上からは矢が射かけられ、梯子から何人も兵が落ちた。

 次の兵が登っていく。

 何人かが城壁の上にたどり着き、血で血を洗う戦いが始まった。

 衝車が激しく城門に激突する。

 私はまばたきもできずに、総攻撃を見守っていた。

 黄忠が梯子を登り、城壁の上に立ち、たちまち数人の敵兵を斬り殺すのを見た。

 しばらく後、城門が内側から開けられた。

「突入せよ」と黄忠が叫んだ。彼が城門を開けたようだ。

 孟達率いる騎兵隊が、まっしぐらに突撃していった。


 その後一時間ほどの戦闘で、けりが付いた。

 劉循が白旗を掲げ、投降してきたのだ。

 呉懿、呉蘭、雷銅も降伏した。


 魏延が私のもとへ来て、戦勝の報告をした。

「勝ちました。雒城は我らのものとなりました」

「ご苦労でした、文長。殊勲者は、黄忠ですね。私は彼が城門を開けるのを見ました」

「はい。黄忠殿が最高の働きをされました」

「黄忠に感謝を伝えたい。呼んでください」

 魏延は涙を流しながら、首を振った。

 私は嫌な予感に襲われた。

「まさか……」


「黄忠殿は、黄権と戦い、相討ちとなって、戦死されました」

「黄忠が……死んだ?」

 私は呆然とした。

「あの方は、兵の先頭に立ち、敵兵をなぎ倒していました。その前に立ちふさがったのが、黄権でした。ふたりは刺し違え、ともに死にました。武人の最期として、見習いたいような死に方でした」

「うう……黄忠……」

 私も泣いた。

 やはり彼は、死に場所を求めていたのだ。

 雒城の戦いで私に勝利を贈り、見事に散った。

 

 黄忠漢升、雒城で死す。

 諡は、剛侯。 

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