第13話 南鄭の戦い

 涪県から白水県へ進軍した。

 広漢郡と漢中郡の郡境が近い。敵地はすぐそばである。

 私は魏延を呼んだ。


「文長、味方は四万です。敵は五万もいて、しかも南鄭城と陽平関という要害に籠もっています。どう戦うのですか」

 魏延はすでに考えをまとめているようで、落ち着いていた。

「確かに敵は五万ですが、二手に分かれています。南鄭城に三万、陽平関に二万。五万を一度に相手にしなくてもよいので、勢力はこちらが上です。しかも、張飛隊、趙雲隊は精鋭中の精鋭です」

「野戦ならば、五万と戦っても、負けるとは思っていません。しかし、敵は籠城しています。城攻めはむずかしい。私はそれを危惧しています」

「士元の働きのおかげで、兵糧に不安はありません。いまのところ劉璋軍とは同盟しているので、後背から討たれる心配もありません。戦えます」

 魏延はさらに詳細に、私に戦略を語ってくれた。

「その方針でよさそうですね。では、軍議を開きましょう」


 私は張飛、趙雲、龐統、魏延、法正、孟達を集めた。

「郡境を越え、東へ行けば南鄭城、西へ行けば陽平関です。我が軍の方針を魏延に説明してもらいます」

 私はそう言った。魏延が立ちあがった。

「作戦を申し上げます。自分たちは南鄭城を攻め、陽平関は放置します。南鄭にいる教祖張魯を討てば、陽平関の張衛は立ち枯れてしまうでしょう」

「俺もその方針でよいと思うが、南鄭城には三万の兵がいる。落城させるのは容易ではないぞ」

「張衛はすぐれた軍人のようですが、張魯は宗教家です。ぎりぎりと締めあげてやれば、やがてほころびが出ると考えています。南鄭城を包囲し、そのほころびを待ちます」

「張衛が陽平関を出て、張魯を救出しに来るのではありませんか。そのときに張魯が城から打って出れば、私たちは挟撃されてしまいます」と孟達が懸念を言った。

「わっはははは」と張飛が大笑いをした。

「そのときは勝ったも同然だ。俺と趙雲がいれば、野戦なら敵が十万でもたやすく蹴散らせる」

「そのとおりだと自分も思います。張衛軍が来襲したら、張飛殿の騎兵隊と孟達殿の歩兵隊で応戦してください。張魯軍は趙雲殿にお任せします。自分は劉禅様を守ります」

 魏延の言葉は明確だった。

「では、南鄭城へ向かいましょう」と私は言った。

 軍議は終了した。


 南鄭城に到着した。

 東に趙雲隊、南に魏延隊、西に張飛隊と孟達隊を配置し、北側は空けておいた。

「敵が北から逃げたければ、逃がしてやればよいのです。南鄭城を無傷でいただくことができれば、上々です。追撃してうまく張魯を倒すことができれば、任務は完了です」と魏延は言った。

 

 南鄭の戦いが始まった。

 魏延の方針で、力攻めはせず、包囲して、弓戦を行った。彼はじわじわと攻めるつもりのようだった。

「法正殿、劉璋様から投石車と衝車をお借りすることはできませんか」と魏延が法正に頼んでいた。

 投石車と衝車はどちらも大型の攻城兵器である。

 投石車はその名のとおり、巨石を投げ、城壁を破壊する兵器。

 衝車は先端を尖らせた丸太を乗せた車で、城門を破るための兵器。

「主に手紙を書きましょう。署名は劉禅様にしていただいた方がよろしいかと存じます」

 法正が劉璋あての手紙を書き、私は署名した。


 一か月後、戦陣に四台の投石車と二台の衝車が届いた。

 魏延は喜び、張飛は「こんなものに頼るのか」と少し不満そうだった。趙雲は「兵を無駄に死なせずに済む」と言って、微笑んでいた。

「これはよい兵器です。これを真似て、この場でも生産しましょう」と魏延は言った。


 投石車と衝車による攻撃が開始された。

 巨石が城壁に当たり、壁がひび割れていった。

 衝車が城門に何度も衝突して、門を弱らせていく。


「このまま張魯に圧力をかけつづけます」と魏延が私に話しかけてきた。

「まだ我が軍に犠牲者は出ていないですね。よいことです」

「自分はまったく犠牲者を出さずに、南鄭城を落としたいと思っています。兄上、張魯に手紙を書いていただけませんか」

「どのような内容の手紙ですか」

「降伏勧告です。五斗米道の信仰の自由を認めるかわりに、漢中郡の支配権を譲り渡してもらいましょう」

「張魯には単なる宗教家になってもらうのですね。信仰の場として、新たな寺社を建ててやりましょうか」

「よろしいかと思います」


 私は手紙を書いた。

 使者に持たせて、城内に届けた。

 信仰の自由は完全に認めてもらえるのか、と問う張魯からの返信が来た。

 信仰は認めますが、五斗の米のうち三斗は郡役場に納めてもらわなければなりません。そのかわり、民政はこちらできちんと行います、と返事をした。

 少し考えさせてほしい、と張魯は書いてきた。


 魏延は降伏について交渉中であるという情報を、陽平関に流した。

 徹底抗戦派らしい張衛は、二万の兵を率いて、南鄭へ向かってきた。

 張飛と孟達が迎撃した。

 魏延と趙雲は城を睨み、動かなかった。城から打って出る兵は皆無だった。

 張飛が蛇矛で張衛の首を斬った。

「張衛は死んだ。降伏すれば殺さぬ。逃げる者は斬る」と張飛は叫んだ。

 一万五千の敵兵が降伏してきた。

 龐統の率いる文官たちが、彼らを我が軍に組み入れる事務を行った。


 張衛の敗北を見て、張魯は降伏してきた。

 身に寸鉄も帯びず、ひとりで私の幕営へやってきた。

「あなたが劉禅様ですか。本当に幼児なのですね」

「幼児ですが、張魯殿が降伏したからには、私が漢中郡を治めます」

「はい。信仰はつづけてよろしいでしょうか」

「かまいません。しかし、張衛殿が抵抗したので、条件は厳しくさせていただきます。五斗のうち四斗を南鄭城内に置く郡役場に納めてください」

「承知しました。郡内の民は傷つけないでいただきたい」

「もちろんです。張魯殿配下の三万の兵は、そのまま私の旗下としますが、よろしいですね」

「はい」

 話し合いは終わった。

 

 南鄭の戦いは終結した。

 建安十七年の春のことである。私は六歳になっていた。

 張魯軍を吸収して、劉禅軍は七万五千の大軍となった。

 軍を維持するため、龐統と法正が懸命に働き、漢中郡の民政を整えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る