第12話:どこに愛があるのかしら?

「ハンカチの交換は、男性が自分の物、つまり男物の家紋入りのハンカチを渡して、女性は受け入れた証に自分で刺繍をしたハンカチを渡すのよ」 


 ああ、頭がくらくらする。


「つまり、全てが誤解であなたの勘違いだったのよ」


「お兄様を見かけるたびに周りを顧みずに突進して行って問題を起こしたことが事態に拍車をかけてしまったわ」

「あなたは突き飛ばされたとか転ばされたとか大騒ぎしたけど、あなたが突き飛ばした人の方が多いのよ?」

 サンドリアはしろろもどろに答えた。

「あたし、ただ…ハンカチのお礼をしたかっただけなのに。ハンカチも渡したかったし」

 それに王子様だってあたしと一緒に居たいと思っていたはずなのに。

 サンドリアは必死に夢にしがみついた。


「とにかく査問会であなたの処分が少しでも軽くなるように、ライラ嬢にハンカチを返して欲しいのよ」

 アンジェリーナの言葉にサンドリアは噛みつくように言う。

「これはあたしがジルリア様からもらったものです!!」


「わからない人ね!」

 業を煮やしてフランシーヌが声を荒らげる。

「お兄様はあなたとは結婚しないわ!そのハンカチはライラ嬢のものなのよ!」

「よく見て。ダルア侯爵家の紋章が刺繍されているでしょう?」

 静かにアンジェリーナが指摘する。

「このままではあなたは査問会で断罪されるし、あなたの成績に関する賄賂問題も明らかにされれば、よくて放校、悪くて…」

 アンジェリーナのためらいをフランシーヌが補う。

「最悪は不敬罪でなんらかの罰が下されるわね」


 それでもサンドリアは譲らない。

「あたし、何も悪くないわ!!」


 アンジェリーナとフランシーヌが首を振る。

「でもあなたはジルリア王子と恋仲だって吹聴してたじゃない」

「あれがライラ嬢はじめ、お兄様の婚約者候補の令嬢達を怒らせたのよ」

「周囲の人達も忠告してくれていたでしょう?」

「なのにあなたは聞く耳を持たなかった」


「恋する気持ちは自由です!!」

 サンドリアが毅然とした態度で言うと、アンジェリーナが応える。

「そうね。心は自由よ。でもね、王族の結婚は政治なの」

「真実の愛がなければ結婚はうまくいきません」

「真実の愛?政略結婚にはないと言うの?」

 サンドリアの言葉に王女フランシーヌが静かに言う。


「あなたは国法を知らないの?」

 フランシーヌがサンドリアに問うた。

「王族の男性との結婚は伯爵位か侯爵位の令嬢に限られるのよ」

 とアンジェリーナ。サンドリアの表情が固まる。

「家格が下の家からの養女も認められないわ」

「それにその家格でも庶子も王族と婚姻を結べないのよ」

「だからあなたに『王子を追い回すのはおやめなさい』と皆が忠告したのよ?」


「あたし、追い回してなんかいません!!」

 真っ赤になってサンドリアが反発する。


「お兄様は辟易していたけどね」

 フランシーヌが少し眉根を寄せる。

「今はそれはどうでもいいわ」

 アンジェリーナがそれを制する。


 サンドリアは目が回りそうだった。


 この美しい双子の王女がポンポンと言う言葉は、サンドリアの頭をガンガンと殴りつけるような衝撃を与えた。


「そんな!おかしいわ!!」

 涙を流してサンドリアは半ば金切り声を上げた。


 二人の説明は続く。


「以前は子爵や男爵の令嬢も家格が上の養女として嫁ぐことが認められたのだけど」

「五年前に、国法に定められたの」

「よほどの理由がない限り、側妃も公妾も愛妾も認められなくなったのよ」

「王位継承権に関わることだから、貴族は皆知っていることよ」

 アンジェリーナとフランシーヌがかわるがわる説明する。


「あたしをばかにしているんですね!妾になんてなりません!!あたしは王子様と!」


「だから、あなたは王族とは結婚できないのよ」

 アンジェリーナが辛抱強く言う。

「国法だって言ったでしょ」

 小さくため息を吐くフランシーヌ。


 サンドリアは叫んだ。


「愛があれば身分差なんて!!」


「愛?」

 今まで黙って見守っていたフィリパが笑いを滲ませて言う。


 皮肉に満ちた眼差しをサンドリアに向け、右手をひらひらさせて問うた。

「どこに愛があるのかしら?」

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