第11話:全てが誤解であなたの勘違いだったのよ

「あたしも同席ってことだね」


 少し思案してデーティアは言った。

「あたしはなるべく黙っているよ。あんた達の処世術を見せてもらおうじゃないか」

 そしてにやにや笑った。


「夢見る乙女は手強いよ?」


 ***


 翌日の昼食後、アンジェリーナとフランシーヌはサンドリアのいる一年棟へ向かった。

 サンドリアはすぐに見つかった。

 浮いているのだ。

 誰も周りに人がいない。


 二人はサンドリアに近づいた。


「少しよろしいかしら?」

「あなたとお話をしたいの」

 この国の王女のアンジェリーナとフランシーヌがサンドリアを呼び止めた。


「ここでは人目があるから、わたくし達のサロンへ行きましょう」

「学園長からお茶会の許可をいただいたの。これ、招待状よ」

 サンドリアにカードを渡す。


 ジルリア王子の双子の妹のアンジェリーナとフランシーヌに誘われて、サンドリアは天にも昇る心地だった。


 これまで二人は沈黙と傍観を貫いていたのだ。

 サンドリアは都合のいい解釈をした。


 ほら、ごらんなさい。あたしのことを王族は認めてくれているんだから。ここのところ、あのフィリパに散々苛められたけど、王女様達はあたしの味方なんだわ。だってあたし達、いずれ姉妹になるのですもの。


 遠巻きに三人をみて囁き合う生徒達を尻目に、サンドリアは小鼻を膨らませて王女達について行った。


 サロンには三人だけではなく、フィリパも同席していた。

 フィリパはなにくれとなくサンドリアに突っかかり、意地悪なことを言っている。ジルリア王子の婚約者候補だという立場を鼻にかけて自分を苛めているとサンドリアは思っていた。

 王家の遠縁だからって、王子妃になるあたしに生意気だわと。

 皮肉っぽい物腰で、美しい容姿を鼻にかけた意地悪な言葉にサンドリアは何度も泣かされていた。ジルリアに近づこうと何度も試みたが、その度扇で叩かれて撃退されていたのだ。

 先日はしたたかに打ちのめされた。

 でも王女様達がいるんだもの。フィリパもいつものような振る舞いはしないはずだわ。王女様達が止めてくれるわ、きっと。


 もしかしたら、王女達がフィリパに謝罪させるのかもしれない。


 そんな自分に都合のいいこと夢想するサンドリアにはお構いなく、フィリパは涼しい顔で先にお茶を楽しんでいた。


 茶菓が供されると、メイドは下がって行った。


「わたくしはアンジェリーナ」

 淡い青のドレスの少女が言う。

「フランシーヌよ」

 淡い緑のドレスの少女が言う。


 わかっている。この国の双子の王女だもの。

 二人の容姿はそっくりで、少し赤みがかった金髪にロイヤル・パープルの瞳の美しい少女だ。サンドリアと同じ年齢だが、すでに婚約が決まっている。アンジェリーナ王女は二年後にフィランジェ王国の王太子に嫁ぐし、フランシーヌ王女はダンドリオン侯爵家へ降嫁する。


 まるでお伽話だわとサンドリアはうっとりとする。

 ただし三女のベアトリス王女は、赤い巻き毛に灰青色の目だ。その髪はフィリパそっくりだ。


「単刀直入に申し上げるわ」アンンジェリーナが切り出した。

「兄の、ジルリアがあなたに渡したハンカチを返して欲しいの」


 サンドリアは頭をガンと殴られた思いだった。

 入学式の日にジルリア王子が自分にくれたあのハンカチのこと?


 これまでも発端はハンカチだった。


 ダルア侯爵令嬢ライラが「返せ」と迫ったのが始まりで、何かと言うと「ライラ様に返しなさい」と皆が言うハンカチだ。


 あたしがもらったハンカチなのに。

 ライラはこのハンカチを自分の物にして、自分が求婚されたという立場になりたいんだわ。とサンドリアは思い込み、必死にハンカチを守っていた。


 今度は王女たちを担ぎ上げて、あたしを虐めようとしているんだわ。

 サンドリアは思った。


「イヤです!ジルリア王子がくれたものなのに」

 サンドリアは毅然と断った。


「そこから間違っているのよ」

 フランシーヌが首を振る。

「確認しなかったお兄様が悪いのだけど…」


 アンジェリーナが静かに説明を始めた。

「あのハンカチはお兄様がああなたにあげたものではなくて、あなたが落としたと思って渡したのです」

「なんですって!?」

 サンドリアは信じられない思いだった。


 フランシーヌが続ける。

「あのハンカチはライラ嬢のものなの。彼女のお祖母様の形見で、とても大切なものなのよ。お守り代わりに持っていたのを落としてしまったの」

「それをお兄様が拾って、すぐ傍に居たあなたに渡したってわけ」

 アンジェリーナが続ける。


「それをちゃんと説明すればよかったのだけど、どうしても返して欲しい気持ちが勝ってしまったの」

「あなたが"『王子がくれた』って吹聴するものだから周囲の人達も怒ってしまたったのよね」

「ライラ嬢はお兄様の婚約者候補だったから。余計癇に障ったのだと思うわ」

「そのせいで、他の生徒からの風当たりが強くなってしまったことは気の毒だと思うわ」

「でもあなたも、少しはライラ嬢の言うことに耳を傾けるべきだったわ」

 代わる代わる同じ顔が言うせいか、サンドリアはくらくらしてきた。


 どちらがアンジェリーナでフランシーヌだったかしら?

 ライラ嬢のハンカチ?王子がくれたものではない?

 どういうこと?

 王子はあたしが好きなんじゃないの?


「ハンカチの交換は恋人同士の証ですものね」

「でもあなたも気づくべきだったわ。そうだったらお兄様は自分の、男物のハンカチを渡したはずよ」

「貴族の常識が少し偏っていたのは仕方ないわ」

「でもあまりに頑なに話を聞かなかったあなたもいけないのよ?」

「ハンカチの交換は、男性が自分の物、つまり男物の家紋入りのハンカチを渡して、女性は受け入れた証に自分で刺繍をしたハンカチを渡すのよ」 


 ああ、頭がくらくらする。


「つまり、全てが誤解であなたの勘違いだったのよ」

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