第10話:夢見る乙女は手強いよ
「ねえ、ジル?」
扇に隠れて楽しそうに小声でデーティアが囁いた。
「こういう役柄を世間では"悪役令嬢"って言うそうだね」
「楽しそうですね」
ジルが仕方がないなという表情で言う。
「楽しいね。見たかい?あの大袈裟な包帯を。あんなところ打った覚えなんかないのにねえ」
ちらりとサンドリアの方を見やり
「あの子は友達もいないようだね、王子様」
そう言って笑った。
ジルリアはデーティアを退屈させないようにしようと誓った。
***
サンドリアは最初は慌てておろおろとしたが、すぐに思い直した。
あたしは貴族に苛められた可哀想な女の子だもの。皆味方になってくれるはずだわ。と。
どこまでも楽観的で自己中心的な考え方をするのだ。
そうとなったら味方を探さなきゃ。
そこではたと気づく。サンドリアはジルリアの傍に行くことに夢中で、学園内に知り合いがいないのだ。
待って!
サンドリアは閃いた。
いるじゃない。あたしが優しくしてあげた強力な味方が!
ベアトリス王女よ!
今日の試験を受ければ、幸い査問会まで休講。
そういうサンドリアはどの講義も、そもそも勉強が嫌いなので度々自主休講を決め込んでいた。高等部に進級できたのは、デライン男爵が学園にお金を支払ったからだ。
お金持ちって得ね。あたしはいずれ王妃になって贅沢に暮らすんだわ。
サンドリアは試験が終わると、浮き浮きと初等部の中庭に差し掛かると、東屋のひとつににベアトリスと二人の少女がいるのをみつけた。二人の少女はベアトリスと同じ年ごろだ。
「ベアトリスさまぁ!!」
サンドリアは大きな声で呼んだ。ベアトリスは少し眉根を寄せたが、すぐに笑顔になった。
「ベアトリス様?」
同じ学年の少女が囁く。
「あの人、また来ましたわよ?場所を移しましょうか?」
いつもだったら、そそくさと逃げるように場所を移すのだが今回は腹の内を探るという任務がベアトリスにはある。
「いいの。ちょっとわたくしも用があるのよ。ローザ嬢とエミリア嬢はお嫌なら場をお移しになって。わたくしは大丈夫」
「そうですか?わたくし、あの方が怖いので下がらせていただきます」
「わたくしも。でも傍で見ておりますから、なにかあったら声をかけてくださいね」
ローザとエミリアは東屋の傍のテラス席へ移動した。
サンドリアはタッタッタッタと走り寄り、ローザとエミリアがテラス席に着かないうちに断りもなく東屋に入ってきた。
令嬢があんなに足を丸出しにするほどスカートを蹴り上げて走るなんてはしたない。
いつも姉達に注意されている自分を、ベアトリスは反省した。
もう二度としないわ。みっともないものなのね。
「ベアトリス様」
サンドリアは勝手にベアトリスの横に座る。ベアトリスは逃げ出したいのと怒りたいのを、必死に耐えて微笑んだ。
「サンドリア嬢、ちょうどよかった。お聞きしたいことがありますの」
ベアトリスは淑やかに言った。
「なぁに?なんでも聞いて」
つい最近八歳になったばかりとは言え、ベアトリスは王族だ。王族に向かっての言葉遣いとしては不敬だが、ベアトリスは耐えた。
「あのね、サンドリア嬢はどうしてお兄様に求婚されたのか知りたいの」
可愛らしく小首を傾げて聞く。
「以前からお知り合いでしたの?去年の入学式の前から」
サンドリアはうっとりとした表情で答えた。
「ジルリア様のお姿は建国祭で見たことはあるのよ。なんて素敵な方かしらって思っていたの。少しでも近くに行こうと毎年がんばっていたわ。だから…」
キャっと声を上げてサンドリアは続けた。
「きっとジルリア様が前々からあたしを見染めていたんだと思うの。でなければ一目惚れだわ!だから入学式の日に求婚してくれたんだわ!」
ベアトリスは頭がくらくらする思いだった。
こういうのを「頭がお花畑」って言うのね。そんなはずないじゃない。
「求婚のハンカチを見せてくださる」
上目遣いにベアトリスが強請る。
「いいわよ。これよ。素敵でしょう」
渡されたハンカチを広げると、精緻なレースの片隅にダルア侯爵家の家紋が刺繍されていた。
本当に、この人ばかなんだわ。
ベアトリスは嫌悪感でいっぱいになった。
こんな人のためにライラ嬢とお兄様は引き離されたの!?許せない。
不穏なことを考えるベアトリスに気づかず、サンドリアは言い募る。
「求婚したけど、あたしの身分のせいで皆に反対されているのよね?でもこれは運命の恋なの!あたし達はこの恋を貫くのよ!」
サンドリアは自分の言葉に酔っていた。
「ほら、こうして求婚のお返事のハンカチをいつも持ち歩いているのよ」
サンドリアは男物のハンカチを取り出した。
だからハンカチが反対なのよ。
ベアトリスは心の中で言った。
男性が自分の家紋入りのハンカチを渡し、女性は自分が刺繍したハンカチを渡すの!
それにダルア侯爵家の家紋もわからないなんて!
***
「と言う訳で、お手上げだったわ。もう打つ手なし。ばかにつける薬はないわ」
サロンで報告するベアトリスの舌はざっくばらんで鋭い。
「そうね…」
アンジェリーナが思案する。
「わたくし達が説明して、査問会の前にハンカチを返してもらうよに働きかけてみるわ」
「まさかサロンに呼ぶの?」
フランシーヌが嫌そうな声をあげる。
「どうしようもないね」
デーティアが諭す。
「そのハンカチの習慣をきちんと教えてあげないといけないしね」
「わかりました。明日の午後に誘ってみます」
「休講中は個人的な面談は禁止だろう?」
アンジェリーナの提案にデーティアが聞く。
「わたくし達、公式に学園長に許可をいただきます。お兄様とリーディング副学長に立ち会っていただくつもりです」
「ですから明日は楽しいティータイムっていうわけですわ、おばあさま」
フランシーヌが言うとデーティアが眉を上げる。
「あたしも同席ってことだね」
少し思案してデーティアは言った。
「あたしはなるべく黙っているよ。あんた達の処世術を見せてもらおうじゃないか」
そしてにやにや笑った。
「夢見る乙女は手強いよ」
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