第9話:こういう役柄を世間では"悪役令嬢"って言うそうだね

「おばあさまは…」

 ふにゃっと笑ってジルリアが言う。

「やっぱり悪い魔女ですね」


 ああ、こういうところが可愛いんだよね。

 デーティアは思った。


「そうさ。あたしは意地悪な森の魔女さ」


 ***


 休日が明けて、ライラが学園に登校した。

 まだ話題が冷めやらぬ学園だったが、堂々と登校したライラの姿に皆がざわめいた。

 緑の簡素なドレスをまとったライラの髪は、肩口で切りそろえられ、歩くたびにサラサラと揺れて煌めいた。


 生徒達は囁き合う。

「サンドリアに髪を引きちぎられてあんな姿に…」

「おいたわしい」

「でも綺麗だわ」

「でもあんな短いなんて」

「でも新しい婚約者候補のフィリパ様も同じくらいの長さよ?」

「ライラ様の髪って綺麗ね」


 概ね、ライラに好意的だった。


 そこへデーティアを連れたジルリアがやってきて声をかけた。

「ライラ嬢、よかった。もう体調はよくなったんだね」

「はい。お陰様で」

 にっこりと微笑むライラにジルリアは頬が紅潮しそうになるのをぐっと堪えた。

「こちらは私の祖父の遠縁のロナウ辺境伯令嬢フィリパだ。フィリパ、こちらはライラ・ダルア侯爵令嬢だ」

 肩までの赤い髪の少女が微笑む。

「ごきげんよう、ダルア侯爵令嬢。わたくしのことは名前で呼んでくださいませ」

「はい、フィリパ様。わたくしもライラとお呼びください」

 二人は穏やかに笑い合う。


 ライラはアンジェリーナとフランシーヌにフィリパの存在を知らされていた。

 名目上婚約者候補だが、王家も本人も選出されることはないことを承知している。サンドリアの騒ぎで、虫除けのために呼ばれたということになっている。


「わたくし達、お揃いですね」

 顔を寄せてフィリパことデーティアが囁く。

「でも癖の強いわたくしの赤毛より、あなたの方がずっとお綺麗」

「ありがとうございます。フィリパ様の髪は王家の誇りの色ですわ」


 そこへサンドリアが登校し、三人が歓談してるのを見咎めた。

 サンドリアは一瞬ムラムラっと怒りがこみあげたが、デーティアにしたたかに打ちのめされたことを思い出した。

 今日のサンドリアは大袈裟にガーゼを当てたり包帯を巻いたりしている。


 ひどい目に遭ったという哀れな自分を演出するために、打たれてもいないところまで、大袈裟に手当の後を見せつけていた。

 デーティアは顔を三発ほど打っただけで、後は肩や二の腕や背中などの服に隠れる所を打ちのめしたのだ。にも拘わらず、手や袖から見える手首にも包帯を巻いている。

 休日の内に腫れなどなくなっているのに、サンドリアは痛そうな顔で近づいて来た。


 その様子を見たデーティアは

「あらまあ、休日中に武芸の稽古でもなさったのかしら?」

 と言って笑った。

 サンドリアはかっとなって言い返した。

「あんたが打ったんじゃないの!」

「あんた?」

 デーティアが繰り返す。


「まあ…黄色のエポレットを許された方がそんな言葉遣いを…」

 眉を顰めてから、

「ああ」と言って意味深な流し目でジルリアを見て

「黄色のエポレットはお金で買えますものね」

 と笑った。そしてジルリアに聞く。

「どう思いますか?マナーを修めない者に黄色のエポレットを与えるなんて」

 ジルリアは難しい顔で答えた。

「もし不正が横行しているならば、調べねばなりません」


 サンドリアは胆を冷やした。

 デライン男爵に手紙で頼み込んで、グレーリン子爵令嬢に金子を包み、退屈なマナーの講義を逃れたのだ。

 デライン男爵はサンドリアの要求をうるさく思い、他の自分の子供達に関わらせまいと必死だった。それを条件にグレーリン子爵令嬢に賄賂を贈ってサンドリアのマナー講義を終了させたのだ。そして早く卒業させたいばかりに賄賂を他の教員にも贈り、さっさと中等部から高等部へ進級させた。この調子で卒業させるつもりだった。どうせ卒業後は貴族社会と無縁になるのだからと。


 実はジルリアはすでに祖父である国王に、学園内の不正の可能性を話しており、それを受けてジルリアの父の王太子フィリップが学園内の調査を命じていた。


 デーティアは見せつけるように右手に持った扇をひらひらとさせた。

 それを見ると委縮する自分を、サンドリアは感じた。


 そういえばフィリップに平手打ちと裏拳をかましてやったことがあったっけ。

 それを思い出して、デーティアはくすくすと笑った。


 サンドリアは自分が笑われたと思い、顔を真っ赤にして憤慨したが、デーティアが怖くて何も言えなかった。


 そこで講堂の鐘が鳴り、週のはじめに行われる全体朝礼を告げた。


 ジルリアとフィリパとライラは、さっさと講堂へ向かった。サンドリアは仕方なくとぼとぼと三人の後ろ姿を追うように、自分も講堂に向かった。


 講堂は貴族と庶民では出入り口も席も分けられている。


 サンドリアは一人ポツンと座った。庶民科の生徒はサンドリアを遠巻きにしていた。


 週はじめの朝礼では、その週の行事や連絡事項が知らされる。

 いつもは退屈な繰り返しだが、この時は違った。


 壇上に副学長が上がり告げた。


「本日は全校生徒へ基本的な試験が行われます。全員参加であり、受けたなかったものを放校とします」

 講堂内はざわめいた。


「次に夏季休暇前に起こったライラ・ダルア侯爵令嬢とサンドリア・シャルム嬢の乱闘騒ぎの査問会を三日後に行います。査問会まで全生徒は休講となりますが、証人として召喚された者は第一会議室へ出頭するように。また、事件の目撃者は査問会前に私エリアス・リーディングの元へきてください」

 講堂内は少しざわついた。

「なお、全生徒、教員及び職員は査問会が終わるまで校内に教材と手回り品以外の持ち込みを禁じ、校内に入る際に厳重な手荷物検査を行います。また、生徒と教員及び職員の個人的な接触と面談も禁じます。手紙や荷物も受け取りを禁じます」


 朝礼が終わると、デーティアはサンドリアを探してわざと目の前に立ちはだかった。


「査問会が開かれればあなたのやったことが公表されますわね」

 嘲笑うデーティア。

「ああ、それから」

 ふふっと笑って続ける。

「デライン男爵からまた賄賂を贈ってもらうこともできませんわよ」


 そしてジルにエスコートされて去って行った。


「ねえ、ジル?」

 扇に隠れて楽しそうに小声でデーティアが囁いた。

「こういう役柄を世間では"悪役令嬢"って言うそうだね」

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