第7話:名誉を回復することをお約束いたします
「もう何もかも終わりです」
涙ながらにライラは言う。
「わたくしの評価は地に落ちました。あのような騒ぎを起こして。王子殿下のお傍にももう参れません。でも」
ライラは涙に濡れた顔を上げた。
「あのハンカチはわたくしの矜持だったのです」
涙に濡れながらもライラの瞳は強い光を放っていた。
「ライラ嬢」
アンジェリーナが言う。
「あなたの矜持とはなんですか?」
ライラは涙をハンカチで拭い答えた。
「祖母の遺言なのです。『いかなる時も前を向き顔を上げて、誇り高く生きなさい。目下の者に寛容に、自分を厳しく律しなさい』と」
「でも」
フランシーヌが言う。
「今のライラ嬢はその矜持を捨てているように見えます。めそめそ泣いて、内にこもって」
「矜持というなら学園に出て堂々となさいませ」
アンジェリーナが厳しく言う。
ライラはわっと泣き伏した。
「もうダメです。学園はわたくしの話を聞いてくれませんでした。貴族令嬢ならば庶民に優しくと説かれたのです。わたくしはただ、あのハンカチを返していただきたかっただけですのに」
「確かに学園の判断は不平等だとわたくしも思いました。学園は貴族と庶民が相混じっている場所です。何かあれば庶民にやや甘い風潮があるのです」
庶民の資産家がお金を、賄賂を落としている。デーティアの言っていたことが関係するのかもしれないとアンジェリーナは思った。
「王家の対応については、あの場合致し方なかったのです。傍目には喧嘩、それも暴力沙汰ですし、あなたもあちらが一方的にかかってきたとはおっしゃらなかったでしょう?」
フランシーヌが静かに言う。
「それは…」
ライラが言葉に詰まる。
「あんな振る舞いを受けたことで何も考えられませんでした」
少しの沈黙の後ライラが口を開いた。
「あのような騒ぎを未然に防ぐことができなかったわたくしに、王子妃の資格なしと判断されても当然ですね」
涙がほとりと落ちる。
「ライラ嬢?」
アンジェリーナがライラの手を握る。
「あの事件には目撃者が多いのです。あなたさえきちんと証言してくだされば、あなたの名誉は回復できます」
フランシーヌもライラのもう片方の手を取る。
「わたくし達で査問会を開くよう、学園に申し出ますから、その時は全てを証言してください」
「そんな…」
ライラは怯んだ。
「それではサンドリア嬢を告発して追い詰めることになりませんか?それはわたくしの矜持に背きます」
「それは間違いです!」
ライラの言葉をアンジェリーナが鋭く遮る。
「この場合、『目下の者に寛容に、自分を厳しく』の解釈が違います。反対です。あなたはサンドリア嬢の間違った行いを正す義務があります」
フランシーヌも言う。
「最初から順を追ってお話しください。あの乱闘騒ぎを話すことはお辛いと存じますが、あなたの矜持を守ってください」
ライラは涙の中で力強く頷いた。
「わたくし、間違っておりましたのね。臆病でしたわ」
約束を交わし、ライラは休日明けから学園に出ることになった。
ライラにとってさぞ屈辱だろう。
「では、今日の午後に調髪師を寄こしますわ」
アンジェリーナの言葉にライラが顔を赤くする。
「あの…一部はこんなに短いんです」
ピンを取って髪を下ろす。
ライラの暗褐色の真っすぐな髪の一部は肩の下あたりでちぎられていた。
「まあ、おいたわしい。痛かったでしょう」
フランシーヌが髪を撫でる。
「痛みより、髪がちぎられる音が恐ろしゅうございました。それにこんな髪、どうしたらいいのかしら」
不安げなライラを見て、アンジェリーナとフランシーヌは顔を見合わせて微笑んだ。
「そこはご心配なさらないで。案外、ライラ様が流行の先駆けになるかもしれませんわ」
アンジェリーナの言葉に目を上げるライラ。
「もうすでに先例がおりますけど、ライラ嬢がやればきっと憧れになりそうですわ」
フランシーヌが微笑む。
ライラに別れを告げてダルア侯爵家を去ろうと、侯爵夫妻に見送られている時、ドアマンが届け物を告げた。ダルア侯爵は声を荒らげた。
「デライン男爵からならば送り返せ!」
そしてはっとなり
「御無礼をお許し下さい、王女殿下」
悲しい気な面持ちでエディス夫人が説明する。
「デライン男爵は三日とあけずに詫びの品を送りつけるのです。謝罪の言葉もなく。全て送り返しておりますの」
「うちとの商談を全て打ち切りましたから。あちらも必死なのでしょう。ならば娘の管理をして欲しいものです」
ダルア侯爵が苦々し気に言う。
アンジェリーナとフランシーヌは静かに言い残して暇を告げた。
「ライラ嬢は今は苦しいお立場ですが、もう少しご辛抱くださいませ」
「わたくし達、事態を詳らかにしてライラ嬢の名誉を回復することをお約束いたします」
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