第6話:わたくしの矜持だったのです

「だから魔女は意地悪だと描かれるのです!」


 デーティアの右手がひらひらする。


「魔女の中でもあたしは長い時を生きるからね。人生に退屈は禁物さ」


 ***


 アンジェリーナとフランシーヌはダルア侯爵家に、ライラへの見舞い状を送った。同時にライラの父親であるダルア侯爵に正式にライラとの面会を求めた。


 王家からの面会希望を断れるはずもなく、また同じ歳で幼い頃から親しんできた王女達のお見舞いとあれば、ライラの気持ちも持ち直すかもしれない。


 面会はするすると決まった。

 ライラは気が塞いで伏せっているとは言え、王都のタウンハウスに居た。


 デーティアと話し合った後の休日に、アンジェリーナとフランシーヌはダルア侯爵家のタウンハウスを訪れた。


 出迎えたダルア侯爵は憔悴した面持ちだった。


 挨拶の言葉を交わした後、アンジェリーナが切り出した。

「ライラ嬢のおかげんはいかがですか?」

「わたくし達、心配しておりますのよ」

 フランシーヌも言う。


「ありがとうございます」

 ダルア侯爵と夫人のエディスは暗い面持ちだ。

「娘はまだ気持ちの切り替えができていないようで…」

「当たり前ですわ!」

 夫のショアズの言葉にエディス夫人が言う。


「わたくしの母の、あの子の祖母のハンカチを盗まれた上に乱暴をはたらかれたのですよ。なのにあちらは謹慎だけ、ライラは婚約者候補から下されて…」

 エディス夫人はハンカチに顔を埋めた。


「お祖母様のハンカチ…ですか?」

 アンジェリーナが問う。

「サンドリア嬢との諍いの原因は、ライラ嬢のお祖母様のハンカチですの?」

 フランシーヌが問う。


「はい」

 エディス夫人が続ける。

「あのハンカチはライラが十二歳の時に身罷った祖母のものなのです。ライラは祖母が大好きで、そのハンカチをお守り代わりにいつも持ち歩いていました」

「それを失くされたのですね?」

 アンジェリーナが問う。

「あのサンドリアと言う小娘がそのハンカチを着服して、ジルリア王子殿下からもらった、求婚されたと吹聴しておりますの」

 エディス夫人は涙がちに訴える。

「娘は穏便に済ませようと、度々話し合うつもりでいたのですが、いつも一方的に泥棒扱いをされたそうです」


 やはり騒ぎは話を聞かない勘違い娘サンドリアか。


 フランシーヌが静かに言った。

「婚約者候補から下したのは一時的なことです。いずれ真相を詳らかにして、ライラ嬢が婚約者候補に戻れるように、わたくし達も尽力いたしますわ」

「それで…」

 アンジェリーナが心配そうに聞く。

「ライラ嬢のお加減はいかがですか?お怪我は?」


 はあともああともつかない短いため息を漏らし、ダルア侯爵が答える。

「しばらくは両頬が腫れあがっておりました。ひっかき傷もつけられましたが、今は治っております」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、エディス夫人も言う。

「髪の一部が引きちぎられて、娘は大層消沈しております」


「まあ!」

 アンジェリーナとフランシーヌは驚きの声を上げた。

「王宮から調髪師を派遣致しますわ」

「腕のいい調髪師ですのよ」

 あの癖が強い上に乱雑に切ったデーティアの髪を、あそこまで美しく整えられるんですもの。

 二人は心の中で思う。


 ライラの部屋に案内された二人は、カーテンを引いた薄暗い室内で病みやつれたライラと面会した。

 王族との面会にふさわしい服装のライラの髪は、後頭部で簡素にまとめられていた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。でもわたくし…」

 よよと泣き崩れるライラ。


「もう何もかも終わりです」

 涙ながらにライラは言う。

「わたくしの評価は地に落ちました。あのような騒ぎを起こして。王子殿下のお傍にももう参れません。でも」


 ライラは涙に濡れた顔を上げた。


「あのハンカチはわたくしの矜持だったのです」

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