第3話:王子様を夢見るお年頃なのさ

 カウチに座ると右手をひらひらさせてジルリアを呼んだ。


「さ、授業までまだ時間があるから、さっきの心当たりを話しておくれ。あの子が誤解した原因かもしれないよ」


 ***


「去年の入学式の日にハンカチを拾ったんです。レースの女性ものの」

 ジルは話し出した。

「上等なレースだったので、周りを見回したらすぐ近くに女生徒がいたんです。それで…」

「渡したってわけ?」

 デーティアが言う。


「でも!」

 ジルリアは必死だ。

「女性ものですよ?男性ものなら誤解されても仕方ないかもしれません。そもそも男性ものなら女性には渡しませんよ」


 ハンカチの交換はこの国では恋仲の貴族同士で行われる親愛の表現だ。

 男性は「あなたに私の心を捧げます」と言う意味で家紋の刺繍入りのハンカチを女性に渡し、受け取った女性は「あなたの心を受け入れます」という意味で自分が刺繍を刺したハンカチを贈る。


「なんだか読めてきたわ」

 暗い表情でフランシーヌが言う。

「そうね。サンドリア嬢は貴族の習慣が中途半端なのね…」

 アンジェリーナも同じ面持ちになった。


「つまりアレかい?」

 デーティアは呆れかえった。

「落とし物を渡しただけのつもりの王子様と、求婚されたと思いこんだ世間知らずのお騒がせ娘ってことだね」


 はーっとため息をつき、それぞれが顔を見合わせた。


「ちょいとお待ち」

 デーティアがはたと手を打つ。

「そのハンカチはサンドリアのものじゃなかったんだね」

 再び四人は顔を見合わせる。

「じゃあ、サンドリア嬢の言っているハンカチって…」とアンジェリーナ。

「間違いなくライラ嬢のものね」とフランシーヌ。


「ジル、あんたねえ…」デーティアがジルに向って言いかけて思いとどまる。

「いや、誰のハンカチかわからなかったから仕方ないし、女性ものじゃねえ…」

 首をすくめかけたジルリアが項垂れた。


「つまり私は自分で自分の首を絞めていたんですね…」

「そうなるね」


 再び四人はため息をついた。


「それにしてもライラ嬢はなんであんなにもハンカチに執着したのかしら?」

 アンジェリーナが怪訝な顔をする。

「ハンカチなんていくらでも持っているでしょうに」

 フランシーヌが思案顔で受ける。

「お兄様に求婚された証拠だって言っているのが気に入らなかったのかしら?それにしては慎ましいライラ嬢らしくないわ」


「ライラの話を聞くしかないね」とデーティア。


 ***


 その日、アンジェリーナとフランシーヌが講義に出ると、ライラは欠席だった。教授に尋ねると休学届が出されていると言う。


 ほぼ一方的とは言え、学園内の多くの人の前でのあの騒ぎは、慎ましやかな性格のライラには耐え難いことだったことはよくわかる。


 それにしても件のハンカチとはライラにとってどれほど重要なものだったのだろうか。

 優しく淑やかなライラが何度も詰め寄って言い争うほどだ。譲れないものがあったのだろう。


 比べて、サンドリアは何事もなかったかのように同じ態度だ。


 昼食のためサロンで

「アンジー」

 フランシーヌがこそっと言う。

「今朝のおばあさまの立ち回り、見たかったわ。噂で聞いただけでも胸がすくわ」

「もう、フラニーったら」

 アンジェリーナもひそひそ声で言う。

「でも実はわたくしも同じよ。見たかったわ」

 二人は顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。


 そこへ大きな音を立ててドアを開けてベアトリスが入ってきた。

「ビー、お行儀が悪いわ」アンジェリーナが窘める。

「走ってきたでしょ?それもダメって言われたはずよ」フランシーヌも注意する。


「だってだって!」

 ベアトリスがぴょんぴょん飛び跳ねるような仕草で言い募る。

「来たんだもの!」


「誰が来たんだい?」

 ドアが開いてデーティアとジルリア入ってきた。

「サンドリアよ!一緒に食べましょうってお弁当を持ってきたの!手作りだって!」


 ベアトリスの言葉に一同が呆れかえる。


「サンドリア嬢は王族が他人の持ってきた食べ物を口にしないっていう常識も知らないの!?」

 フランシーヌが憤慨する。王族は王家の料理人が作り、厳選された使用人が給仕する食事しかとらない。毒殺予防のためだ。

「どうして黄色のエポレットをもらえたのかわからないわ」

 アンジェリーナが疑問を呈する。


「デライン男爵は資産家だからね」

 デーティアがにやっとする。

「こういうからくりはけっこう見たよ。昔も今も変わらないね」


「おばあさま、どういうことですか?まさか不正が行われているとでも?」

 ジルリアが険しい顔で問う。


「あたしは学園時代は庶民科だったからね。マナーの試験でぐたぐただった奴らが、なぜか早くに黄色のエポレットになったのを見たよ。金の力さ。親達は一刻も早く貴族とお近づきになりたいのさ」


 デーティア以外の四人は顔を見合わせる。


「大方、サンドリアが男爵に強請ったんだろうね早く王子様に近づくためにね」

 にやにやとジルの顔を見る。


「サンドリアは王子様を夢見るお年頃なのさ」

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