第2話:あの子が誤解した原因かもしれないよ

 どうして王家の男どもは女性問題を起こすんだろう?

 デーティアは左目を左手で覆い、右手をひらひらさせて言った。


「わかったよ。孫達に甘い婆をせいぜい使うといいさ」

 デーティアは思う。


 どうして王家の男は恋愛沙汰にヘタレなのかね。


 ***


 秋、新学期が始まった。


 アンジェリーナとフランシーヌは高等部の最終学年になり、ジルリアは大学部の最終学年だ。実はジルリアは少しでもライラと接点を持ちたいがために、大学部へ進んだのだ。

 ジルリアとライラは幼い頃から他の婚約者候補と同じく交流があり、特に親しかったしジルリアはいつしか恋心を抱くようになった。


 その初日に王子ジルリアは美しい女性をエスコートして登校した。

 背か高くほっそりとした姿。貴族の女性には珍しい肩までの長さの赤い髪はくるくると渦巻くよう。少し吊り気味の緑の目は猫を思わせる。


 噂は瞬く間に広がった。

 王家が流したのだから当然だ。

 国王の遠縁の娘で名前はフィリパ。ロナウ辺境伯令嬢だ。

 婚約者候補として国王が呼び寄せたと言う。


 その日、サンドリアは登校するとジルリア王子を見つけ、いつものように走り寄った。周りの人間など見えず、何かにぶつかったような気がしたが、いつものことだ。

 人垣をかき分けてジルリア王子に走り寄ろうとした。


「ジルリアさまぁ!」


 バシン!


 いきなり右肩に衝撃が走った。


 サンドリアは何が起こったかわからず、目をぱちくりさせて肩を押さえた。

 痛い。


 目を上げると、ジルリア王子が赤い髪の背の高い女性の手をとっており、その女性が空いている手で畳んだ扇を軽く動かしているのを見た。


 その瞬間、サンドリアは覚った。


 扇で叩かれたんだ!


「何をするの!?」

 サンドリアは噛みつくように叫んだ。


 赤い髪の少女は「フン」と鼻を鳴らした。

「無礼者!」

 鋭い言葉が飛ぶ。


「恐れ多くもこの国の王子殿下の名前を気安く呼ぶなんて。それとも…」

 赤い髪の少女はジルリアをちろりと横目で見た。

「ジルリア様、あなたはこの庶民に気安く名を呼ぶことを許しましたの?」


 サンドリアはカッとなった。

「庶民ですって!?あたしはデライン男爵家の娘です!」

「嘘をおっしゃい!」

 赤い髪の少女は決めつけた。

「そのエポレット(肩章)は庶民科のものです。黄色になっているのにマナーも守れないのですか」


 王立学園は制服がない。貴族科も庶民科も「華美にならない簡素な服装」とされ、取り外しできるエポレットで区別される。

 貴族科は青、庶民科は作法の熟読度で二種類ある。入学時は白。授業で一定のマナーを修めて貴族と交流を許されれば黄色になる。

 エポレットにはその区別の他、様々な成績ごとに小さな輝石がついたピンが止められる。


「それでジルリア様はこの生徒に名を呼ぶことをお許しになったのですか?」

「いや、許した覚えはない」

 ジルリアは冷たい声で言った。


 そんな!

 サンドリアは青ざめた。

 あたしは求婚されたのに!


 そして思った。

 この女がきっと脅しているのだわ。


「あたしはジルリア様に」

 バシン!

 再び肩を叩かれた。

「無礼だと言っているでしょう。以後、王子殿下とお呼びなさい。尤も…」

 くすっと笑って続ける。

「近くに寄る無礼も許しません」

 そう言って立ち去った。その後ろ姿にサンドリアは喚いた。


「あたしは王子様にハンカチをもらったのに!!ひどい!!」


 サンドリアの喚き声を聞きながら立ち去るジルとフィリパことデーティア。


「おみごとです。おばあさま」

 小声で話しながら王族専用サロンへ向かう。

「ハンカチ?」

 小さな声でデーティアがジルリアに聞く。

「ハンカチを与えるといえば、恋人や婚約者同士の証の交換だろ?あんた、あの子とハンカチを交換したのかい?」

「まさか。あり得ませんよ」

「じゃあ、なんであの子はあんたに求婚されたと吹聴したりハンカチをもらったとか言ってるんだい?」

「さっぱりわかりません…あ…」

 ふとジルリアは目を見開いた。

「もしかしたら…」

「ふうん、心当たりがあるんだね」

「いや、しかしあれは女性もので…」


 この時には王族専用のサロンのドアに辿りついたので

「中で詳しく聞こうじゃないか」

 デーティアは人の悪いニヤニヤ笑いを浮かべた。


 サロンにはアンジェリーナとフランシーヌ、そしてベアトリスが先にがいた。

「おばあさま!」

 嬉しそうに三人が近づく。


「こらこら、ここではフィリパだろ」

 デーティアは笑った。

 フィリパとは現国王の母親の名前で、デーティアが王家と関わる発端になった女性だ。その名前を拝借した。


 デーティアはカウチに座ると右手をひらひらさせてジルを呼んだ。


「さ、講義開始までまだ時間があるから、さっきの心当たりを話しておくれ。あの子が誤解した原因かもしれないよ」

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