王子様は恋をする≪赤の魔女は恋をしない7≫
チャイムン
第1話:どうして王家の男は恋愛沙汰にヘタレなのかね
「ライラ嬢がお兄様の婚約者候補から外れてしまったのよ!」
鼻息荒くフラニーが言った。
「おばあさま!ライラ嬢ほど素敵な人はいないのに!」
珍しくアンジーも噛みつくように言った。
夏休暇で、今年もデーティアの家にはジル、アンジー、フラニー、ビー、そして母のシャーリーが滞在することになった。到着後のティータイムでの話題だ。
「おばあさま」と呼ばれているが、デーティアの見かけは十代後半の少女だ。彼女は母親がエルフで父親が人間のハーフ・エルフなのだ。
実はこの五人は王家の人間で、シャーリーは王太子妃のシャロン、ジルことジルリアはその長男で十七歳。双子で十五歳の双子のアンジーとフラニーの本名はアンジェリーナとフランシーヌ。七歳の末っ子のビーはベアトリス。
デーティアは子供達の祖父である現国王ジルリアのそのまた祖父の母親違いの姉に当たる。年齢は百二十歳を超えている。
「サンドリアは失礼で気味が悪いの。いっつもあたしをみつけると頭を撫でてなんか気持ち悪いことを言うのよ」
ベアトリスが割って入る。
「えっ!?サンドリアは初等部まで行っているの?」
双子ならではなのだろうか?性格は似ていないアンジェリーナとフランシーヌが声を被らせた。
「よく来るわ。あのね、いっつもこういうの。『あたしがお姉様だったらあなたをもっと可愛がるのに』とか『お姉様と呼んでいいのよ』とか」
はーっとジルリアが重いため息をついてベアトリスに尋ねた。
「ビーはなんて答えているの?」
ビーはツンとした表情になって言った。
「わたくしの姉はアンジェリーナとフランシーヌですし、とても可愛がられていますからお気遣いいりません。これからわたくしが新たにお姉様と呼ぶ方はお兄様のお相手です、って」
「よく言ったわ、ビー」とフランシーヌ。
「模範解答ね」とアンジェリーナ。
「でもね」
ベアトリスが鼻に皺を寄せて続けた。
「気持ちが悪いの。『じゃあ、なおさら呼んでいいのよ』って。あの人、ちょっとおかしいわ」
ジルリアが顔を両手に埋めて項垂れた。
「ちょっと、あんた達」
デーティアが割って入る。
「あたしにはちっとも話が見えないんだがね。ライラとかサンドリアとか。ライラって言うのは、ジルの有力婚約者候補のダルア侯爵令嬢だろう?婚約者候補から外れた話と、そのサンドリアっていう娘っことどう関係があるんだい?」
そしてジルリアを見てにやっと笑って続けた。
「どうやらジルも無関係じゃないどころか、何かのっぴきならない事情があるようだね」
三人の娘達が口を開こうとしたとき、母親のシャロンが制した。
「ここからはわたくしがお話し致しますわ、おばあさま」
シャロンの説明はこうだった。
去年の王立学園の新学期から、ジルリアに付きまとう女生徒が現れた。
名前はサンドリア・シャルム。デライン男爵とメイドの間の庶子だ。
年齢はアンジェリーナとフランシーヌと同じだが、去年中等部に入学し、今年の秋に高等部に上がる。学年はアンジェリーナとフランシーヌのひとつ下だ。
デライン男爵ジュールにも妻のドルシアにも認められていない娘で、男爵家で暮らしたことはない、まさに日陰者だ。
「これはドルシアの悋気というわけではなく、ジュール自身が自分の娘である確証がないからなのです。そうは言っても、違うと言う確証もなくとりあえず生活の保証はしていて、サンドリアやその母親が望んだので王立学園に入学させたのです。貴族としての身分は例の国法発布以来与えられませんから、庶民科ですが」
例の国法と言うのは、五年前に発布されたもので、王族と貴族の結婚制度と養子縁組、そして王位継承に関するものだ。
大まかに言うと、
「王族と婚姻を結べる者は伯爵位と侯爵位のみ(公爵家への降嫁は除く)」
「一夫一妻」
「正式な婚姻外の庶子への貴族籍は認めない」
「下位の家格からの養子縁組は認めない」
これは今の国王のジルリアの父親や今の王太子が、子爵や男爵、その配偶者の連れ子と問題を起こしたため、その過ちを繰り返さないため定めたものだ。
子孫の結婚や王位継承に問題を起こさないために発布された。
ところがそのサンドリアは
「ジルリア王子から求婚された」と吹聴して回っている。
ジルには心当たりがなく、困惑しかない。
当然ながらジルの婚約者候補の令嬢達から心証が悪く、もちろん他の貴族はおろか庶民科でも評判は芳しくない。
ジルを見つけると、サンドリアは後先周りかまわず走り寄ろうとし、様々な問題と衝突を起こしている。
例えば他人を突き飛ばす、転ばせる。傍若無人に突進していくので、当然彼女もぶつかったり転んだりする。そうすると誰かに突き飛ばされた、転ばされたと泣き喚く。
最初のうちこそジルリアも声をかけて注意していたが、そうすればするほど増長し、抱きつくなど無礼な振る舞いに及ぶので逃げ回るようになった。
「お兄様はそういうところで強く出られないのはいけないわ」とアンジェリーナ。
「そうね。最初に厳しく注意すれば事が大きくならなかったはずだわ」フランシーヌも言う。
「そういうのを『ヘタレ』っていうんでしょ?」とベアトリス。
一同、ジルリアを除いて笑ってしまったが、ジルはため息をついてがっくりしている。
「良く言えば女に優しく、悪く言えばだらしないのは王家の男の特徴だよ」
笑いを含んでデーティアが言う。
「それでライラ嬢はどうして婚約者候補から外されてしまったんだい?この話からすると、サンドリアっていう娘っこと関係があるんだろう?」
「そうなんです」シャロンが続けた。
親切心から、サンドリアに注意や忠告をする者は多かった。しかしその度にサンドリアはべそべそ泣き、被害者でございますとうい姿勢を崩さないし、ジルリアから求婚されたという言葉は決して覆さない。それどころか大声で喚き立てる始末だ。
ライラも忠告していたかと言うとそうではない。違う問題で敵対していると言う。
何が問題の根本なのかは今のところ不明なのだが、度々言い争っており、とうとう先月ライラとサンドリアは取っ組み合いに近い状態になってしまった。キャットファイトだ。
但しサンドリアが一方的だった。サンドリアはライラに馬乗になって髪を引っ張り、頬を何度も殴打した。髪を引きちぎられたライラは泣き叫んだ。
二人は引き離され、別々に事情聴取されたが、どうにも実情が掴み切れない。
サンドリアはライラが自分の持ち物を奪う泥棒だと言うし、ライラは逆に自分の物をサンドリアが所有しているのでずっと返却を求めていると言う。
とにかく醜聞は醜聞なので、二人は夏季休暇明けまで自宅での謹慎を命じられた。そしてライラは問題を起こした咎で、ジルリアの婚約者候補から一時的に下されてしまった。
目下詳細を調査中だが、ライラが貴族らしいやり方で事を公にせずに交渉していたため、何が根本かわからない。
興奮冷めやらぬサンドリアは「あたしのものよ!」と息巻くばかりだし、ライラはショックで伏せっており話を聞くことが出来ないままだ。
「さ、ジル」シャーリーがジルリアを促す。
「問題の中心はあなたなのだから、あなたからおばあさまにおっしゃい」
ジルリアは項垂れた顔を上げ、デーティアの傍に行った。そして跪いた。
「おばあさま、どうか秋から王立学園に通って下さい。私の婚約者候補として」
「は!?」
デーティアは心の底から驚いた。
「ばかをお言いでないよ!なんであたしがそんな茶番に付き合わなきゃならないんだい!?」
「お兄様って…」呆れたアンジェリーナが言葉を濁す。
「だからビーにヘタレって言われるのよ」とフランシーヌ。
「ちょっと、ビー!さっきは注意しなかったけどまさか学園や王宮でそんな言葉を使っていないだろうね!?」
デーティアがベアトリスに聞く。
「言ってないわ。内緒の時だけよ」
「そしてジル」
デーティアがジルリアを睨む。
「あんたね、色々省略しているけどちゃんと正直にお言い。顔を上げてあたしの目を見るんだ」
ジルリアは素直に従う。
「どうせあんたの祖父のジルリアの結婚騒ぎの時の話を聞いたんだろう。あたしを使って、どうしてもライラと結婚したいんだね?」
「はい。おっしゃる通りです。どうかライラの名誉を回復する手伝いをしてください」
「あんたはライラを選ぶんだね?」
「ライラしか考えられません」
ふーっと大きなため息をついて、デーティアはシャロンを見た。
「手続きは済んでいますの。どうかジルの同学年に遠縁の婚約者候補として学園に通って、わたくし達の手助けをしてくださいませんか?」
手を握り合わせてシャロンが縋る。
どうして王家の男どもは女性問題を起こすんだろう?
デーティアは左目を左手で覆い、右手をひらひらさせて言った。
「わかったよ。孫達に甘い婆をせいぜい使うといいさ」
デーティアは思う。
どうして王家の男は恋愛沙汰にヘタレなのかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます