6. 小悪魔のいたずら
「うわぁ!」
蒼は視界の端でどんどんと小さくなっていく草原を見て青くなる。こんなところから落ちたら即死である。
「いっきますよぉ!」
楽しそうに翼に魔力を込めながら、ぐんぐんと高度を上げていくムーシュ。
ひぃ!
蒼は恥ずかしさなどどこへやら、必死にムーシュにしがみついた。
「あらあら、主様、大丈夫ですよぉ。ほらほら~」
ムーシュはニヤッと笑うとクルリクルリとアクロバット飛行を始める。
「ちょっ! お前! 止めろーー!」
蒼は目をギュッとつぶりながら叫ぶが、ムーシュはむしろ楽しそうにジェットコースターのような飛行を続ける。
「くふふふ。たーのしーー!」
「お前! 今すぐ止めろ! 止めないとひどい目にあわすぞ!」
「え? いいですよぉ。殺してみますかぁ? そうなったら主様も……。くふふふ……」
ムーシュは小悪魔の笑みを浮かべながら楽しそうに返す。
「こ、この野郎……」
蒼は怒りで震えたが、打つ手がないのはその通りだった。
「あっ! 主様、鳥ですよ鳥!」
ムーシュは蒼を抱いていた手をほどき、渡り鳥を指さす。
「うわぁぁぁ! なにすんだよぉ!」
「ほら見て! かーわいぃ!」
頑張って翼をはばたかせながら新天地を目指す鳥の群れに、ムーシュはくぎ付けとなる。
「ちょっともう!」
蒼は必死にしがみつきながらムーシュの視線の先を追う。
えっ……?
そこには十数羽の大きな純白のハクチョウが一生懸命翼をはばたかせていた。雪の残る山脈の稜線を背景に雄大な森を行く渡り鳥の一行、それは綺麗なV字編隊の偉大な大自然の営みだった。
渡り鳥と一緒に飛ぶことができるなんてファンタジーな展開に、蒼は思わず感嘆のため息をついた。
彼らは蒼たちのことなど気にせずに一心不乱に飛んでいく。
ムーシュはハクチョウの編隊に混じって一緒に飛び、先頭の一羽に声をかける。
「ねぇ、お前たち、人間の街ってどっちか分かる?」
「グワッ! グッ、グワッ!」
ハクチョウが答える。
「おぅ! サンキュー! またねー!」
ムーシュはバサバサッっと翼に力を込めると進路を変え、加速していった。
「す、すごい! 鳥の言葉が分かるんだね!」
蒼は感激して目をキラキラと輝かせる。
「分かる訳ないじゃないですか。きゃははは!」
ムーシュは楽しげに笑った。
からかわれたことを悟った蒼は、ムッとしてムーシュのわき腹をキュッとつねる。
「痛てててて! や、やめてぇ!」
身をよじって痛がるムーシュ。
「幼女だと思ってからかっちゃダメ!」
「主様ごめんなさいぃぃ」
ムーシュはベソをかきながらギュッと蒼を抱きしめた。
◇
その頃、魔王城は騒然としていた。魔王がいきなり殺されたのも大問題だったが、報復に送ったルシファーの部隊と連絡が取れなくなってしまったのだ。魔王軍最強の一個師団が音信不通になったという事は、魔王軍存亡にかかわる重大な事態だった。
「おい! まだ連絡は取れんのか!」
四天王の一角、筋骨隆々とした武闘派の大男グリムソウルは、指令室のテーブルをこぶしでガン! と叩き、制服姿の若い悪魔を怒鳴りつけた。
「現在、全力を尽くしておるのですが、魔力反応は喪失、同行してるはずの偵察班に呼びかけても反応がありません」
「くぅぅぅ。一体何が起こってるんだ……」
「まぁ、全滅させられたって事じゃないの?」
もう一人の四天王、女悪魔のアビスクィーンは大麻のパイプをくゆらせながらぶっきらぼうに言う。
「ぜ、全滅!? 数千もの軍隊をどうやって一瞬で全滅に?」
「そんなの知らないわよ。
「くっ! そんな敵が攻めてきたら……」
グリムソウルは顔をしかめ、冷や汗を浮かべる。
「あたしらも全滅だろうね」
アビスクィーンは肩をすくめ宙を見上げた。
「な、何とかいい方法はないか?」
グリムソウルは大きな身体を縮こまらせ、頭を抱える。
「トール……ハンマー……」
四天王最後の一人、骸骨姿の魔導士シャドウスカルはローブで隠した骸骨の目の奥を光らせながらつぶやく。彼は王国の大賢者だったが、禁断の魔法で死後リッチとなって復活し、魔王軍に与するようになった最強の魔導士である。
「ト、トールハンマー!? 森ごと吹き飛ばすつもりか!?」
グリムソウルは目を真ん丸に見開いて絶句する。
トールハンマーというのはシャドウスカルが編み出した最強にして最悪な攻撃魔法だった。数万人もの命と引き換えに壮絶な火球を放つその異次元の攻撃は、核爆弾をしのぐ圧倒的なエネルギーで大地を焼き払う。
「城下の兵士たちをすぐにスタジアムに……」
「ま、まさか残りの兵士を全部爆弾に変えるつもり? ハハッ! そりゃあ思い切ったね」
アビスクィーンは自嘲気味に笑う。
「他に手は……、あるのか……?」
シャドウスカルがカタカタと鳴らす骨の音が静かな部屋に響く。
「くぅ……。それしか……ないか……」
グリムソウルは大きく息をつくとうなずいた。
こうして魔王軍は捨て身の攻撃に出ることになる。
ほどなく緊急招集され、スタジアムに集められた兵士たちは何も知らされぬまま、まばゆい青白い光の中へと溶けていった。スタジアムには数万人の断末魔の悲鳴が地響きをたてながら響き渡った。
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