5. 暴走する煩悩

「だったらのど乾いたんだけど、なんかちょうだい」


 蒼は頬ずりするムーシュを引きはがし、可愛いモミジのような手を差し出した。


「えっ!?」


 いきなり真っ赤になるムーシュ。


 蒼が不思議に思っていると、ムーシュは蒼を下ろして豊満な胸を押さえ、うつむいて言った。


「申し訳ありません。この胸は見てくれだけは立派……なのですが……、おっぱいは出ないのです……」


 蒼はボッと顔を赤くする。


「な、何を言ってんだ! 母乳じゃないよ! 水だよ水! 水くらい持ってるだろ!」


 そう叫んで蒼はムーシュのお尻をペシペシ叩いた。


「あぁっ! ごめんなさい! 水ですね、すぐにお持ちしますぅぅぅ」


 蒼はふんと鼻を鳴らすと腕を組み、荷物を漁るムーシュをにらんだ。いくら幼女姿とは言え母乳はひどい。もし母乳が出る身体だったら吸わせるつもりだったのだろうか?


 ここで蒼の妄想が暴走してしまう。


『えっ……? 吸わせる?』


 蒼は変なことを想像して再度顔を赤くする。


 いかんいかん!


 蒼は首を振って煩悩を振り払った。



         ◇



『そもそもこいつはどんな奴なんだ……?』


 蒼はムーシュを鑑定にかける。


ーーーーーーーーーーーーーー

Lv.9 ムーシュ 18歳 女性

種族 :魔族

職業 :奴隷(所有者:アオ)

スキル:きずなのヴェール

    仲間との絆のエネルギーで結界を張ります

称号 :堕天使の理解者

ーーーーーーーーーーーーーー


 防御系のスキル持ちではあるが、レベルはたった9。何を頼んだらいいか……。蒼は腕を組んで首をかしげる。


 最優先なのは原点回帰という【若返りの呪い】の解除である。これは急がないと赤ちゃんになって受精卵になって死んでしまうに違いない。この全くもって忌々しい呪いを何とかして解呪しないとせっかくの異世界ライフが台無しである。


「はい、お水をどうぞ―」


 ムーシュはニコニコしながら豪奢ごうしゃな装飾のついたコップと何枚かのクッキーを差し出す。


「おぉ、サンキュー。何だか準備いいね」


「ふふっ、これでもルシファー様の秘書でしたからね。まぁ、面倒なオッサンでしたが……」


 ムーシュは少し先に転がっている、紫に輝く大きな魔石を見ながらため息をついた。


「秘書かぁ……。ムーシュの事もっと教えてよ」


 蒼はクッキーを頬張りながらムーシュの生い立ちから魔王軍の実情、水を取り出した四次元ポケットのようなマジックバッグの説明を聞いていった。


「これからは主様の奴隷として、頑張りますよぉ!」


 ムーシュはこぶしを握り、嬉しそうにガッツポーズを見せる。


「まずは呪いの解除をしたいんだけど、どうしたらいいかな?」


「の、呪い……ですか……? うーん。そんな魔道具があるというのは聞いたことありますよ。やはり魔王城に乗り込んでいって宝物庫を……」


「ストップ! ストップ! そう簡単に宝物庫なんて入れないだろ?」


「大丈夫ですよ! 主様なら邪魔する奴ら全員殺しちゃえるんですから!」


 ムーシュは真紅の瞳をキラキラとさせながら物騒なことを言う。


「やっぱり……。それは最後の手段! まずは人間界から探すよ」


「えーー……。わかりましたぁ……」


 隙あらば物騒な手段を取らせようとするムーシュに一抹の不安を感じながら蒼はコップの水を飲みほした。



       ◇



 魔石はお金になるそうなので、ムーシュと一緒に魔石を拾い集める。しかし、さすがに五千個もの魔石を全部集めるのは無理だった。幹部を中心に大きくて輝きの良い物を中心に集め、マジックバッグに詰め込んでいく。


 やはり、ルシファーの魔石が一番大きく、巨大なおにぎりサイズでアメジストのように紫色に美しく輝いていた。


 蒼はその魔石をしばらく眺め、ふぅとため息をつく。あの恐ろしげな堕天使が死ぬとこんなになってしまう。異世界だからそんなものだと言われても、どんな理屈でこんなことになるのか皆目見当がつかなかった。


 即死スキルにしても、若返りの呪いにしても、まるでゲームの舞台を彷彿とさせるこの世界に蒼は暗い気分に沈む。一体女神たちは自分をこんなところに送り込んで何をさせたいのか……。蒼は目をつぶり、首を振った。


「主様! もうこれくらいにしましょうよぉ」


 ムーシュが腕一杯に煌めく魔石を集めてきて言った。


「そうだね、それじゃ近くの街まで案内してよ」


 蒼はルシファーの魔石をマジックバッグにしまう。


「えっ!? 人間の街ですか?」


「そこで魔石換金して美味しいものでも食べようよ」


「いいですけど……、私、人間の街なんて行ったことないから分からないですよ?」


 ムーシュは山盛りの魔石をマジックバッグに詰め込みながら言った。


「かーーっ! 役に立たんなぁ……」


 蒼は思わず宙を仰ぐ。


「だから魔王城にしましょうって!」


「それだけはヤダ!」


 蒼は腕を組んでキッとムーシュをにらんだ。


「むぅ……。しょうがないですねぇ。確か南の方に街があったから、ひとっ飛び行ってみますか」


 ムーシュはそう言うと蒼をひょいと抱き上げて両腕で抱きしめた。豊満なふくらみに包まれてしまう蒼。


「お、おい、ちょ、ちょっと!」


 柔らかな温かさに蒼は真っ赤になってもがく。


 ムーシュは黒いコウモリのような巨大な翼を青空めがけてピンと広げ、南の空をキッとにらんだ。


「危ないですよ! しっかりつかまってて!」


 バサバサっと翼をはばたかせたムーシュは一気に大空に舞い上がった。


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