簡単なお仕事です。

あおいそこの

我らは笑う

『WARERA


【!!お死事の紹介!!】

・仕事内容:死ぬ

・給与:常識の範囲内、用途が明確、であればいくらでも支給

・注意事項:一度契約するとクーリングオフ制度がございませんので人生の卒業式決行の取り消しは出来ません。

     :どうしても、という時、止むを得ない理由と我らが判断した場合は給与として差しあげた分の5倍の額を我ら、の別の業務内容に従事していただき返済して頂きます。

・契約期間:死亡確認まで。


以上になります!

詳細に関しましてはご応募頂いた方で、面接段階まで進んだ際にお話し致します。その際にやっぱり契約しない、という判断でも大丈夫です。

そんな方でも大歓迎!年齢、学歴、関係ありません!人柄重視です!

興味を持った方は是非こちらの番号まで↓↓↓

XXX-XXXX-XXXX』


狂っている会社の求人を大手の転職サイトで見つけた。

「絶対載せちゃダメだろ…こんなの」

つーかお死事ってなんだよ。全然可愛くない。推し事ならまだ可愛げあるけどさぁ。

コンプラ警察がうようよいるこの世界ですぐ吊るし上げにあうだろ。そうは思ったもののいいね、している人の数はまぁまぁいた。世間の闇を見た気がした。

病んでいることさえもがブランドになるこの世間は確かに生きがしづらい。どこにいても、もがかないと息が出来ないような感覚になる。まともに生きてきたつもりだけど。俺が一番すごいなんて思って生きてきてないんだけど。どうして俺はこんなに自分や、周りに絶望しているのだろう。絶望している、なんて表現は多分正しくない。希望がないわけじゃないんだ。希望が目の前で絶たれましたって訳でもない。

上手い生き方を知らなかった、だけ。

飲食店のバイトをすれば食べ残しを片付けるたびにしんどかった。頼んだなら食えよ。不味かったとしてもとりあえずは食うのが礼儀だろ。ってイラついて。世間に出る時に自分の常識って必要ないし、通用しないんだなって思った。それに気疲れして辞めた。店長はいい人だった。

世間はこれを糧と呼ぶ。それをこなして大人になるのだ、という。それも仕方ないと。

よく言う大人ってやつに僕がなれないことを綺麗な言葉にすれば「優しい心」「思いやり」「正義」そんな服を着せることが出来る。でも持っていれば持っているだけ傷つくでしょう。明日も雨のち雨でしょう。

「話だけでも聞いてみようかな」

そう思ったのは死にたかったから。いいね、を押している人たちの心理はどうか分からないし、ちょっとヤバい奴らなんじゃないのかな、って思ったけれどそのヤバい奴でも俺は構わない。

死ねるタイミングを見つけよう、と思いながら生きていくことはしんどい。

いっそ殺せよと思うことが、しんどい。何かあった日に泣くことも、しんどい。夜眠れないことも、しんどい。とか言ってみたいけど気づいたら泣いてるとかそんなこともないし夜も普通に眠れることが、しんどい。

しんどい、がしんどい。

しんどいがゲシュタルト崩壊してくる前に簡単に手紙を書こうと決めた。ボールペンが見つからなかったからやめた。背景自分様、敬具自分。前略自分様、草々自分。そんな手紙、習字の授業以来書いたことねぇよ。

友達もいない。結婚式にも呼ばれない。ご祝儀は奇数じゃなきゃダメ。出席、もしくは欠席させていただきます、に書き直す。許される程度の緩さ、堅苦しさの服装。ご愁傷さまでした、の語尾は濁らせる。真っ黒なネクタイ、スーツに身を包まなければいけない。

両親は早くに亡くなって、葬式はそれ以来だ。祖父母の家は元から疎遠だったから葬式も、もしかしたら呼ばれていないだけで、もうとっくにあちらの世界に行っているのかもしれない。いや、そんなことはないか。一応、連絡くらいは来るだろ。行く行かないは別にして。

「思っているほど厳しくないけど、思っているほど優しくなかったな」

業務内容、によっては手を引くことも出来るだろうし。とりあえず話だけ。

電話番号を長押しして、文明の利器様に繋いでもらった。

『お電話ありがとうございます。我ら、です。』

「あ、えっと、あの、求人、のやつ見て…」

『ありがとうございます。我ら、の中のどの業務内容でしょうか?』

「し、」


__死ぬやつ


「です」

『分かりました。お死事担当者に引き継ぎますので少々お待ちください』

人生で一度は聞いたことありそうな音楽が流れてきた。この待っている時に相手の方に自分の声が聞こえているのかいないのかちょっと不安になる。恐らくミュートにこちらがしない限りは聞こえているだろうから細い息を長めに吐いてただの呼吸のふりをする。

ガチャ

『大変お待たせ致しました。我らお死事担当の夜数(よす)と申します。求人を見て、こちらの電話をしてくださった、ということでよろしかったでしょうか?』

「あ、はい」

『分かりました。ありがとうございます。お名前を教えてください』

「やっ、山田、山田貴信(やまだたかし)です」

『ヤマダタカシ様ですね。ありがとうございます。早速なんですがお仕事内容について対面でお話をさせて頂きたく存じます。日程の希望などありますでしょうか』

「い、つ、で…」

も、いい。

と言いかけて言葉を閉じた。いつでもいいとか。なんでもいい。その言葉の方が面倒くさい。

自分の最期くらい自分ではっきりとさせたい。

すぐ近くのカレンダーを見て、考える。

「今週の金曜日…の夜、とか、だいっ、たい…18時?とか」

『今週の金曜日、21日の18時ですね。かしこまりました。では、この日に我ら、の拠点に来てください。興味本位で盗聴や、録音をする方がいらっしゃるので対面でのお話のみ、というのが我ら、の方針でして』

「あ、はい…伺わせてっ、いただきます…?」

あ、と最初につかなければ喋れない。敬語が合っているか不安になるからハテナをつけて語尾を上げたりする。人と話すことにも慣れてないし。電話は嫌いだ。

『その他の詳細は電話番号のショートメールの方に送らせていただきます。そちらの方に説明が書いてありますのでその手順通りに今後我ら、とよろしくお願いいたします』

「あ、はい」

『それではヤマダ様の我ら、ご来場お待ちしております』

これから人が死ぬというのにポップだな。

いつも相手が切るまで待っていたけれど自分から切った。そりゃああっちは仕事で、こっちはかけている、言えば『お客様』みたいなもの。我ら、とかいう人側から切らないから俺の方から電話を切った。これが苦手なんだよ。

最後くらいは頑張ろうかな。心に決めるように、呟いて敷きっぱなしのマットレスに寝っ転がった。

なんだか、分かった気になれることがあった。

大人になるってこういうことなのかな。ということ。

苦手なことを頑張るとか。それを克服することも、克服できなかったとしても何とか挑戦するとか。必死に生きることとか、バイトとか。ヤる、とか。付き合うとか。恋愛をする、怒られる。失敗する。成功する。努力をする。報われないことを知る。

大人になる為のステップであることは間違いがない。けれどそれをふるい、と思うのはやめてほしい。それが出来なかったから、こなせなかった、耐えられなかった。だからって大人じゃないとか。クズ、役たたず、その他罵詈雑言をぶつけていい対象とは思わないで。

もうちょいで死ぬ(多分)俺のお願いだから。世間にする期待だから。これ以上は期待しないから。

「はは、誰が聞いてんだ」


電話で言われた通り、ショートメールに送られてきた説明を読んでURLを開き、個人情報を入れていく。名前、生年月日、メールアドレス、その他どんな書類にも書くような個人情報。これが履歴書になるらしい。

動機の欄はなかった。アピールポイントもなかった。


「あっ、あの…」

メールの方に送られてきた住所に入っていく。見た目は普通のビルでなんならオシャレな方だ。ガラス張りになっている1階から見えるエントランスはどこの会社にもよくあるようなスタイルだった。

「はい、何でしょう?」

受付嬢に声をかけるのも躊躇った。そこで仮の社員証を貰え、と言われてもキツい、って。

「あ、えっと、『ワレラ』さん?のお仕事、の説明に、来た、んですけど…」

「お名前の方お願いします」

「あ、山田、貴信です」

「ヤマダ様、少々お待ちください」

少々待っていた。

「本人確認書類のご掲示お願いします。運転免許証など」

「あ、免許で」

渡した免許と、顔を何度か往復される。

「ご本人様で間違いないですね。ご協力ありがとうございます。こちら、本日のみ有効の社員証になります。あちらのゲートにこれをかざして頂きまして突き当たりの少し手前の方にエレベーターホールがございます。エレベーターの方で5階に向かってください。降りたフロアにもカウンターがありますので、そこでお名前の方を告げてください。その案内に従ってください」

「あ、分かりました。ありがとう、ございます」

送り出されて、言われた通り歩いていく。自分だけ浮いているんじゃないか、と気になる。特に服装。自由と言われていたけど襟付きのシャツにスラックスのようなズボン。最低限の礼儀の姿勢は常識外れなんじゃないか、と考えてやまない。

これは癖のように自分に着いてくる。今までの人生ずっと。自分1人以外のエレベーターの中で呼吸を止めることも。開けてもらってお礼の言葉が掠れて会釈だけになってしまうことも。

「あ、あっの、」

声の上ずりに汗が噴き出す。

「はい、何でしょう。『我ら』のお仕事の説明を聞きに来て…えっと、5階で名前を、もう1回言え、と言われまして。山田、山田貴信です」

「山田様ですね。はい、確かに承っております。ご案内いたします。こちらへどうぞ」

バックヤードに連れていかれるわけでもなく細長いガラス窓から元気のよさそうな日差しが入ってくる廊下を歩く。ドアの小さい小窓から中をチラ見すると会議やら何やらをしているように見えた。

「こちらのお部屋で少々お待ちください。担当者のものがすぐに来ますので。あちらの軽食や、お菓子、飲み物はご自由に」

「あ、はい、ありがとうございます」

そんなに長丁場になるのか…?

「ふぅ…」

と息を吐いて、視線を広い室内に向けて一周させる。

え、俺以外に人がいるんだけど。どういうこと?あの人はどういう人?どういう関係の人?お死事関係者?我ら、さん側だよね。俺サイドなら事前の説明があるはずだよね。

「なにしてんの、座んないの?」

おーっと、おそらくは俺サイドだ。この子は。この人は。じゃなきゃタメ語なはずがない。終わったー、俺はもうここで一生を終えるのだろう。無理だろ。死にたいと思ってることを察されるのとか勘弁なんだけど。

「あ、失礼します…」

隣の隣の席に座った。その子の目の前にはお菓子が広げられている。

「お前、名前は?」

「山田、貴信。き、君は?」

「君とかキショいから名前で呼んでよ。弦(ゆづる)。おにーさんは、死にたくて来たの?」

「ここにいるってことは、弦、さんだってそうでしょ」

「弦でいーよ。まぁ、そうだね~。貴信さんも死にたいんだ~あはは~」

笑い事じゃない状況下に俺の頬は引きつる。

「まさか、自分以外の人がいるとは思わなかった。貴信さんもそう思った?」

「そう、だね。広い部屋の時点で、ちょっとおかしいな、とは思ったけど」

「それもそうだね。あたしは気づかんかった」

元気はつらつに見える弦は季節外れの長袖を着ている。なんとなく理由は察した。単純に日焼けをしたくないことが理由であると願おう。

「ってかさ、外さ温度差激しくない?マジ日焼けうざいし。こっちは汗だくになりながら長袖着てんのによ~紫外線とか滅びろ」

「脱げば、いいんじゃないの?」

探るような口調になってしまった。

「えっち?」

「違うよ!」

その時ドアが開いた。俺と同じくらいの年の頃の男の人だった。カジュアルなスーツを着て、高級そうなカバンを持っている。俺たちの存在を認識した時に若干目が揺らいだ。通される部屋を間違えたんじゃないかと思うような。さっきの俺と同じような目をしている。

「貴信さん、知り合い?」

「あ、全然、知らない…」

「名乗る、べきか?」

「あたし名前知りたいよ~?あたしは弦。弦って呼んでね」

「分かった。僕は緋波、洋仙緋波(ようせんひなみ)」

「緋波さん!かっこいい名前だね」

素直に褒められる子らしい。緋波という人は背が伸びた堂々とした雰囲気の中に警戒心がまだ見える。

「あ、俺は山田貴信です」

「敬語、同じくらいの年に見えるけど。緋波です。よろしく、は必要かな」

「えー、なんかあたしだけ仲間外れ感すごいんですけど~」

「弦は何歳なんだ?」

自分に興味を示されたことに分かりやすく顔が緩む。

「あたしはねー!19歳!」

「高校生かと思ってた」

「僕も。卒業したばっかりになるのか?」

「そそ~専門行ってたけどやめちゃった。めんどくさくて」

「な、何の専門?」

「絵、その中でも油絵。じいちゃんの影響で書いてて小さい頃はね賞とかめっちゃもらったんだよ」

スマホを慣れた手つきで操作して画面を見せてくれる。

「これがあたしの自信作。過去イチ頑張ったし、過去イチの出来」

池の中に立っている少女、というよりもう少し大人びた女の人の絵だった。アニメのような輪郭のはっきりして髪の細部まで分かりやすい線で描かれているわけではなかった。霧に巻かれたような、モヤがかかったような曖昧なタッチ、だけれどどこか絵の外の世界を見る目が光っているように見えた。

「絵はあまり詳しくないけど上手だね」

「うん、絵描ける人、ってかっこいい、なって思うよ」

「でしょ~あたしね、めっちゃ絵とか好きなんだけどさー…貴信さんとか、緋波さんは何してたの?今まで」

「え、あ、特に。バイト、とかして何とか、やり過ごしながら、今って感じ。適当な大学入って、卒業もしたけど、就職戦争が俺にはきつかった」

「僕も似たような感じだ。こんなスーツとか、着てるけど一張羅みたいなものでさ。日常的にこれを着るような仕事は出来てない」

無言の時間があって、誰かが当たり障りのない質問をして、それに周りが答えた。まだ無言になって。その繰り返し。誰もここに来た理由については質問しなかった。

『どうして死にたいんですか?』

弦は俺や緋波さんに比べたら子供で、結構明け透けな質問と回答があったからもしかしたら聞いてくるかもしれないと思ったけれどそこまで礼儀作法をぶっ飛ばしているわけではないようだった。

ごめん。ちょっと意外だった。

聞かれたくないとか、答えたくない、と思う気持ちの反対。なんなら聞いてほしい、と思っている自分もいた。話して、曝け出して、苦しかったよね。辛かったよね。って。

少なくともこの場にいるということは。

あの狂った求人に応募するということは。

手違いなはずはないだろう。よく読んだ上で、きっと少しは考えた上で、電話をかけるなりフォームを送るなりしたはずだ。あれ、電話オンリーだったっけ。なんでもいいけど。

死にたいと、生きていたくない。その違いをきっと分かっている人たちだろうと俺は思った。だから性癖とか、好きな風呂の温度とか、もし行くならの旅行先とか、何でも話せた。


「失礼します。大変お待たせいたしました。別の担当の者が皆様に順にお話を伺わせていただきます。弦様はわたくしと別のお部屋へお越しください」

「はぁ~い」

「山田様はこちらへ」

「あ、はい」

「洋仙様は私になります」

「分かりました」

お菓子のごみが造作なくゴミ箱の中に積もっている。食べかすをスパイスのように振りかけて完成した。それぞれの担当者の後について歩いていく。元いた大きな部屋を出て、手を振って別の部屋へと別れた。


「お待たせして、申し訳ありません。お電話を受けさせていただいた夜数と申します。改めましてよろしくお願いします」

「あ、お願いします」

「では業務内容の方、簡単に説明させていただきます。求人サイトにもありましたように死んで頂く。それだけになっております」

「はい」

「本当にそれ以外はございません。お給料の方は用途を事前に報告して頂き、必要な額を我ら、の方に申請してもらいます。こちらがその額をお支払致します。多少前後することがあるでしょうが、その際はご了承ください」

「はい」

「レシートをどの場所でも受け取っていただきます。領収書の形でなくて結構です。実費で賄われた分はこちらが1000の位まで切り上げてお返しいたします。逆に支給した額よりもお使いになられた金額の方が少なかった場合。その差額が4万円以上になる場合は返却して頂きます」

「はい」

渡された資料の文字を目で覆いながら、精神科医でよくやられた目を合わせようとする、という行為に多少礼儀として返した。コンマ1秒にも満たない。なにも伝わらないアイコンタクトだけど。

「その他、ご質問はありますでしょうか?」

「え、っと、求人サイトの方に書いてあった止むを得ない理由と我ら、さんが認めた時のクーリングオフの代わりに5倍ってなると、どんな理由なんですか?」

「契約をされる方にのみお話しをいたします。申し訳ありません」

そうだよな。返品も新品未開封、そのくらいじゃないと返せないしな。

一番気になることを聞いた。

「どうやって、俺は、死ぬんでしょうか」

「その件に関しましても契約完了後にさらに詳しくお話させていただく予定です。今現在、お教えできる情報としたしまして

は苦しくない。眠るように。綺麗なまま。とだけ」

「どのくらい、で死ねばいいんですか?」

「最長期間は半年になります。半年経つと強制的に我らの方へ連行させていただくようになっております」

それは殺害では?と思ったが余計な口は開かずにその先の別の説明を促すように黙った。沈黙が潤滑油になることもある。俺は嫌いだが。

「契約前質問は以上でしょうか?」

「はい」

「まだ今なら契約をしない、という風にできますが。もし契約をされないなら門外不出のお死事内容なので秘密保持契約に署名をして頂くことになります、が…」

「します。契約」

「分かりました。ではこちらの書類の方に記入をお願いします」

人前で文字を書くことも嫌いだった。はんこを押したりすることも、なんだか大人になったみたいじゃないか。そもそも人の前で呼吸をすることも苦手だった。マスクが自分を守る甲羅のような役割だけど、その中での呼吸が分かりやすく外に出るのは苦手だった。

理由もないけれど苦手なことが多い。ちょっと勇気を出して、触れてみたら案外大丈夫。案ずるより産むが易し、って言葉があるくらいだから。俺もそれを体験してきた。食べてみたらむしろ好きになった食べ物もあった。

人間相手にもそうやって勇気を出せたらな。これがその『勇気ある行動』に当たるのかもしれないな。

「やむを得ない理由と認めるもの、曖昧な返答にはなりますが我らの力が必要なくなった、とこちらに対して証明が出来れば結構です。人によって様々な背景と共にこちらにいらっしゃっているので明確にどんな理由、というものは存在しません。そしてそれは山田様担当の私夜数の判断で決定致します。ご理解ください」

「5倍なんですよね…」

「そうですね。仕事によって変わりますがお死事さんに回されるお仕事の平均月収が30万円前後となっております。100万円借りて、契約解除が認められた場合は500万円になりますね。手取りの方が約24万円と計算しますと…おおよそ20か月ほどで返済は可能ですね。あくまで一例ですが」

「えっと、返し終わって、もう1回応募することは出来るんですか?」

「いえ、出来ません。契約をしなかった方ならば可能です。契約を解除された方は我ら、とのお死事意欲がないと判断するため再応募はいかなる場合でも認めておりません」

「そうなんですね…」

特に意味のない、納得でも理解でもない相槌を打つ。

「以上でしょうか。だいぶお疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「あ、え、まぁ、はい。脳が情報を処理しきれていなくて…」

「一気に死が身近になりますもんね。明日明後日にお話を先延ばしにすることも可能ですが」

「あ、いえ、今日聞きます。ひよりそうなんで」

「承知いたしました。では続けさせて頂きます。本日より1か月以内に死亡予定日の方を決めて頂きます。専用の封筒、専用の紙に記入事項を全て書いて頂き、我らお死事本部に郵送、もしくは1階の受付カウンターの方に直接持ってきてください。方法によっては希望日に用意が間に合わない可能性がありますのでご了承ください」

「はい」

さらっと言われたけれど心の底がうずいていた。

俺、死ぬんだ。

自分の目の前で死神が笑う顔のイメージが急激に鮮明になっていく。死ぬ死ぬ、ちょっとマラソン走ったくらいで言っていた単語が、渡された紙に書いた日に叶ってしまう。嬉しいことだ。とても嬉しいはずなんだ。

興奮したら鼻血を出すというが。チョコを食べ過ぎたら鼻血を出すというが。

血を流さずともものすごく、生きているって感じがした。

「そして、こちらも今日でなくて構わないんですが、お給料の申請方法です。今日夜、もしくは明日に専用のフォームをメールの方に送らせて頂きます。額や名前など、打ち込んで頂きまして送信を押してください。当日もしくは翌日までに返事が来るかと思います。承認は振り込みをもって、非承認、申請額よりも少なくなる場合は理由と共にメールでお送りします。そのフォームは契約満了、契約解除まで有効です」

「分かりました。そのお金って誰かにあげたりしてもいいんですか?」

「はい、大丈夫です。本人様の自由ですので。誰かに譲渡する際、申請した用途と別の目的で使う場合は事前でも事後でも構いませんので報告をお願いしております。レシートが発生しない場合は特に」

どれも筋が通った説明だった。そうだよな~って上の空なりにも納得できる理由。曲がりなりにも国が認めている真実。俺が求めていた物。

決まり事だから。

ルールだから。

今までそうだったから。

それで納得したくないから、納得しないんだよ。この空間を心地いいと思う理由は納得できているからだ。自分で納得できる道を選んでいるだけかもしれないけれど。

俺はとりあえず2か月後を予定日に書いて、その他の項目も記入漏れがないように書き込んだ。

「あの、今日、これお願いできますか?」

「はい、確かに受け取りました。本日より2か月後の12月21日が山田様の死亡予定日となります。お間違いないでしょうか」

「はい、大丈夫です」

浮ついた気持ちで抱えてその後の話を聞いていた。特段気にしなきゃいけないようなこともなく、大体は脳内に残っている説明で何とかなりそうだった。

俺の選んだ死に方は、眠りにつくように死にたい、と書いた。要するに安楽死。薬は用意してくれるらしい。それを飲むなり、体内に入れるのは俺の手で行う。


レゾンデートルの鎖

存在理由はこの世と自分を繋ぎ留めておく鎖


会社の外を出た時はかなり夜になっていた。冬至はまだだけど夜になると寒いくらいに涼しくなる。夜の高い空がいつも以上に高く、晴れやかに見えた。

「貴信さーん!」

「えっ!?」

「驚き方乙女かよ。あたし一番最初だったから緋波さんと待ってたんだよ」

「僕も、弦も今さっき出てきたところだ。心配するな」

聞きたいこと、今なら聞けるかもしれない。

「ふっ、2人はさ…」

「君たちは契約したのか?」

俺の覚悟は緋波さんの真っ直ぐな視線と疑問の前で消え去った。

「ん~あたしはしたよ。質問することとかもなかったから紙もらって、今日決められるやつだけ書いて出てきた」

「お、俺も、契約はした。俺は、結構いろいろ質問してた」

「そうか。僕はしなかった」

「へぇ~、だから?緋波さんの自由っしょ。あたしはなんも思わないよ?」

「理由、聞いてくれるか?」

断る理由がなかったから。川が近くにあったから。そこにベンチがあったから。

足を向けて長いベンチに座った。

「自分の人生の最後に自分で価値をつけるのが怖かったんだ。真っ直ぐに生きてきたとは自分でも言えないけど、最近はまともに生きてきたつもりだ。金で心を満たして死んでいくことはものすごく理想的だと思った。空っぽな僕としてではなく、満たされた僕として死ねるから」

病んでる時は、自分は無価値で、何も持っていないただのクズって思うよな。

「人の命はプライスレスって言うように、僕もそうは思うんだ。終わり良ければ全て良し、だから最期くらい夢を見て笑ことを許される。そうも思うんだ。だから契約しようとした」

頑張って頑張って進んでしまうと戻ろうにも戻れなくなる。

こんなに時間や、金や、労力をかけたのだから報われるだろうと思い込むから。同じように思い込むで言えばサーカスのゾウ。どこかで見たけど小さい頃の弱い力じゃ引きちぎれない鎖に結ばれていて逃げることを諦める。大人になって簡単にちぎって逃げられるのにゾウはそれが出来ない。逃げられないことを覚えてしまっているから。これも思い込み。

きっと緋波さんも。

「まだ期待をしてしまう」

もしかしたらという期待が胸骨の下にあるんだ。まだ残っているんだ。捨てきれないんだ。逃げ出すことを夢見ている無罪の罪で監獄に閉じ込められている死刑囚だって自分で思っているから。

「生きていたらいいことがあるんじゃないか。ひねくれた思考回路じゃなくてもやっていけるくらいの希望が現れるんじゃないかって。死ぬことが、怖くなる」

あぁ、そうだよな。

死ぬのって本来は怖いことだよな。神話とか、聖書とか読んだことはないけど結構いろんなところで人間いつかは死ぬし、死を恐れるな☆みたいなこと言っているけど。この世から、いなくなっちゃうんだもんな。歴史に名を残せるのなってほんの一握り。めっちゃいい家柄とかじゃなければなにも残さなかった一般人の名は残らない。

消えてしまう。死にたい、と思う時はそれを望むけど。死にたくない時は、名前くらい消えないで。生きていた証くらい消えないで。残っていて欲しい。そう願う。

自分の力で満足して、満たされて、足りて死んでいきたいんだな。

なんとなく、分かるよ。

「いいじゃん。それで。ひよったとかだったらぶっ飛ばすつもりでいたけど、期待はイイコトでしょ?見つけようと思って生きてたら、イイコト見つかると思うよ。人間らしい感情の最高峰、『死にたい』は武器でしょ。ほら、貴信もなんか言えー!」

「え、あ、俺も、緋波さんの選択だし、口は出さないよ。それが最善と思うなら、それで良いと思う。もし、また、辛くなったら、頼れる場所、みたいな選択肢として、持っておけば」

「死ぬお仕事を逃げ口に。なんか盛大なドラマみたいだねぇ~あたしちゃん気に入りました!緋波さん、元気出しなって。貴信さんが焼き肉奢ってくれるって」

「え、俺!?」

「いいだろ~?どうせ収入はいるんだからさ~」

調子に乗った弦に乗せられて俺も調子に乗った。

「よっし、もうヤケだ!奢ったる。超高級店にしよう!」

「そうこなくっちゃ。緋波さん、大人的視点でどっかいい焼肉屋さん知らない?」

「都内で国産牛肉フルコースのとこあります」

「そこにしよう。うん、そこにしよう!」

弦の食いつきようがすごくて夜中に3人で涙を流すくらい笑った。


「またね、次は焼肉だね」

「うん、財布すっからかんになるまで食べような」

「貴信の金だって思ったらいくらでも食べられそうだ」

心の緩んだ会話が出来ていることに驚いていた。そういう例外も起こるか、とわざわざ心の奥の方に追求することはしなかった。

緋波さんが駅の方に歩いて行って弦はまだコーヒーを飲んでいた。どこを見るというわけでもなく立っていた俺は帰らないの?という視線を向けられた。

「あ、あのさ余計なお世話かもしれないけど、死ぬ日までうち泊まる?」

「ん~…いいかな」

缶コーヒーを小気味いい音立ててベンチに置く。

「長袖で何となく察されちゃった感じ?冬の方が紫外線強いっていう嘘かほんとかちゃんと調べてない情報信じてるのも事実ではあるけどね」

「最期、まではちょっとでも、楽な環境、で」

「あの家にいることで自殺という罪を帳消しにしようかと思って。自分ではあるけど殺人じゃん?聖書とか、神話とかだったらそう書いてあった気がする。悪いこととは思わないんだけど」

殺人か。自殺か。

「それに最近はいてもいなくても変わらない存在認識っぽいからそこまで干渉もないしね。日本中のホテルを渡り歩くつもりだし。期間的に、どっかの地方攻略しか出来ないと思うけど」

「そ、っか…」

「でもありがとね。貴信さん。わたし、ちょーうれしーよ。初めてだもん」

冬の寒さか。照れの紅潮か。

「じゃーね、飲み終わったし帰るわ。荷物も積めないといけないし。貴信さんもいいお死事ライフ送りなね~」

「あ、うん」

あ、の病気。ちょっと再発。


交換した連絡先。はかどらないトーク。それでも心地いい空間。

「わーい、焼き肉だぁー!高級そう!」

「コースも出来るし、アラカルトも出来る」

「コースだけで腹膨れるでしょ」

「食べ盛りお嬢様なめんなよ。めっちゃ食うから」

「人の金だと思ってー」


きっと食べ余したのは苦かったり、栄養がなかったりで食べられないところしかないんだろう。そう思うくらいに食べ尽くした。コースをフルで楽しんで、腹が満たされた。心も満たされた。


「食べたな」

「食べたね」

「食べたわ…」

個室だったから人の目を気にすることなく好きなものを頼んだ。そして好きなだけ食べた。

「そして貴信さん」

「貴信」

「ごちそうさまでーす!!」

「よろしいよろしい。我が払ってやろうぞ」

「わーい!」

目が飛び出るくらいの値段だったけれど気にするそぶりを見せずに払った。

財布の残りは小銭が39円と、英世が1人だった。

「こんな会合がまた出来たらいいね」

「今回僕の打ち上げ?みたいなパーティーしてもらったから次が弦か、貴信のやろう」

「なんでもない日にパーティーするのいいな」

トークグループの名前が弦によって『なんでもない日』になった。

この日の裏話。実は最初のお金の申請が通っていなかった。


この3週間後、緋波さんが死んだ。

一度目の申請は通らなかったものの、納得する理由だったので申請し直した。その日のうちに支払われた。契約を決めてからすぐに辞めたバイトより断然いい額だった。

友の死の連絡を受けたのは行ってみたかった旅館だった。部屋に用意されていた温泉まんじゅうから始まり、部屋についている露天風呂、部屋で食べられる夕食。かつてない満たされている感に浸りながら部屋に寝っ転がっていた。

その時、電話がかかってきた。酔いもあり、弦か、緋波さんあたりだろうと思っていたのもあって気張ることなく電話に出た。

「はぁい、もしもし?」

『えっと、はじめましてになると思うんですが緋波、のご友人の方?』

「え、あ、あっと、え、はい…そう、ですが」

『そう…急で申し訳ないんですけど、あの子、昨日死んじゃったんです』

涙に濡れた声でそう告げられた。反対に自分の喉はカラカラに渇いて音が出なかった。

『緋波の遺書にっ…あなたと、もう1人の方、まだ電話はかけていないけど…に電話をして、死んだことを告げて欲しいって書かれてあったから、電話をさせてもらいました…』

「どう、して…なんで」

『自殺、だったの。たまたま旦那が緋波の家に行った、時にはもうっ…』

「ひ、緋波、さん…」

名前を呼ぶことしかできなかった。

『貴方は、緋波と、どんな関係だったんです?よろしかったら、お名前も』

「山田貴信、と言います…緋波さん、とはお仕事の説明会で、お会いして…恐らくもう1人の電話の子とも、そこで会いました。仲良くなって一緒にご飯を食べに、行ったことがあって…友達、ではあったと、お、思います」

『そうなのね。ありがとう。あの子に、友達がいたなんて』

「あ、と…失礼かも、しれないんですが、緋波さんは、お友達が少なかったんですか?」

ものすごい失礼だし、多分いや、ほぼ確実に地雷だろ。

『学生の頃、普通が取り繕えなくて、学校に行けなくなっちゃってね…それがトラウマになったのか、就職も出来なかったし、日銭稼ぐような生活をするように。ダメな子だったけど、可愛い息子だったわ』

「あっ、あの!」

自分と同じ選択を一度でもした人は同志だ。蔑んだり、否定するのは自分の一部を否定することになる。だから俺は場違いだろうとなんだろうと言った。言いたかった。

「緋波さんはっ、とってもいい人ですっ。俺は、自慢できるような、生き方、出来てないけど、緋波さんと会って、救われた所もありますっ、もうこの世に、いない、けど、お母さんが思う程、緋波さんはダメじゃないです。僕は、そう思います」

『っ…ありがとう、1人でもそう言ってくれる方がいる…緋波、のこと私は、認めないといけなかったのに…』

自分から否定する材料を与えてしまったのに、存在を肯定するって。

電話を切って、かつてない喪失感を抱いた。別に、得ていないのに。

「だから電話は、嫌いなんだよ…」

久しぶりに1人で泣いた。静かに枕を濡らすわけでもなく、泣き喚くわけでもなく。露天風呂が見える庭を室内から眺めながら冷蔵庫の中に元々置かれていた地酒をちびちびと飲みながら泣いていた。

翌日。寝心地の良い布団が敷かれていたのに適当なソファで眠ってしまっていたらしい。電話の音で起こされた。

「もしもし…」

『貴信さん!?よかった…貴信さんは、生きてた…後追って死んじゃったらどうしようと思って』

「死んでねぇよ…」

『その声なに?ヤケ酒で酒焼け?』

「そう」

言えないことを先陣切ってくれていた弦にばかり頼っていては格好がつかないと思って沈黙をかき消すため、口を開いた。

「緋波さん・・・残念だったな」

『うん』

「また、『なんでもない日』で集まれると思ってたけど…出来なくな、って。悲しい、な」

『うん』

「弦、なんか聞いてほしいことあったら、聞くからいつでも電話でも、何でもいいからして来いよ。会いにも行くし。一応、俺、大人だし」

『頼りねぇ、大人だな!』

聞こえる声が涙で湿っていた。

大浴場に一度行ってから昼前にゆっくりチェックアウトして出て行った。拭わなかったから目は腫れなかった。


東京の自分の家に戻ってきた。旅で癒された体は帰路で再び凝り固まった。疲労はたまっていなかったけど家に帰ってきたことで安心して体中が緩んだ。一晩ゆっくり寝て迎えた朝は気分爽快だった。

自分で決めた余命が残り1か月になった。そんな俺は今、高校生の夏の宿題以来で紙とペンを用意して机に向かっている。何をするか。死んだ後、なるべく迷惑をかけないように。我ら、が墓に入れるまで丁寧にやってくれるとは言え、雀の涙ほどの貯金の行方とか、その他にも、どうしたらいいか。昨日寝る前にネットで調べた。

ほぼ覚えていない。なのでもう一度調べようと思う。

各種パスワード、銀行口座のも書いておいた方がいいかな。遺産はめんどくさいからどこかに寄付してもらおう。ちょっとくらい役に立つだろ。連絡しておいてほしい相手は弦くらいかな。この遺書を誰に見せるかは分からないけど一応我らの大きい連絡先も書いておこう。

「案外、書くことねぇな…」

中途半端な便箋を使い切るくらいは書くかな、と思っていたけれど。慈善団体の名前とか。暗証番号、カードとかはんこ、貴重品をまとめた箱のありか。家の鍵は合鍵含めて2個あること。少ない連絡先。1枚で終わってしまった。必要かは分からなかったけど自分の名前をサインとして書いて、実印のはんこ、シャチハタいろいろを押しておいた。真面目な遺書にはないであろう矢印でこれはどのはんこ、と分かるように書いた。

「死後の体も、火葬も、何もかも我らがやってくれるしな~」


仕事の説明の際に自分の死んだ後のことを質問した。

『あ、臓器提供って出来るんですかね…死に方によっては出来ないかもな、と思ってたんですけど』

『可能です。死に方の後に死後のお体などのお話をさせて頂く予定でしたが、今からでも大丈夫でしょうか』

『あ、はい』

『では始めさせて頂きます。書類書きながらで結構です。プリントにまとめましたものをお帰りの際にお渡しいたしますので。それ以外の方法をご検討でしたら別途連絡をお願いします』

簡単にまとめると、その時希望する死に方が出来るらしい。どんな方法でも。場所も、人も、必要なものも、何もかも揃えてくれるらしい。海外で死にたいと言えばそこへ連れて行ってくれるし、苦しまずに薬を飲んで死にたいと言えばそれを用意してくれるらしい。

死にたい、に応えて殺す同意殺人や、慈悲殺で事実上の無罪放免などが起こり得ているし、人っ子が1人死んだところで。それが同情故だったとして。なにも問題はないのかもしれない。受けた説明に疑問点は1つもなかった。

あぁ、そうなんですね。

あぁ、そうですか。

『お体に関しましてはお望みの方法で埋葬いたします。火葬や、土葬、海洋散骨など。臓器提供にご興味がお有りのようでしたがそちらも可能でございます。その際は臓器提供意思表示カードと、こちらに記入して頂きます。カードの方は運転免許証や、保険証の裏側にもありますので、代用可能です』

『そうなんですね』

既に俺は免許証の裏側に書いてある。すっからかんな体を焼いてもらうのは想像すると抵抗がないわけでもないけど死後お役に立てるのであればまぁ、というところ。見えないし。


「誰かの中で生き続ける…漫画かよ」

ベタな小説のような。憧れたことがある世界で俺は死んでいく。


【余命23日】

俺は今、数年ぶりにこの場所に立っている。花と、ご自由にお使い下さいの桶とひしゃくを持って。線香と、ろうそく、マッチも持っている。言ってしまえば実家のような場所。広義解釈の家や、実家は俺の中では両親、安心できる人がいる場所だと思っている。そして辞書通りには『帰る場所』もしくは『目指す場所』

「帰ってこなくて、ごめんね・・・父さん、母さん」

そうやって呼んだのも一体何年ぶりだろう。四十九日とか、三回忌あたりで俺は無関心になりかけてたからな。6、7年ってところか。高校3年生の春に母が死んで、冬に父が死んだ。受験前だったけどいらない静けさだった。大学は金だけ祖父母に支援してもらった。それで何とか卒業した。けれどまともな職には就けなかった。報告するだけのことが起きなかったのが理由でもある。

胸を張れないが、批判されるような人生ではないと思っている。だけど、一端の何者かになれると思い込んでいたのもあって自分への失望で勝手に顔向けが出来ないと思い込んでいた。

緋波さんのお母さんのように認めてくれただろうが。叱ってくれただろうが。褒めてくれただろうが。流石とは言えずとも生きていることくらいは許してくれただろうが。死ぬな、の一言くらいは言ってくれただろうが。言ってくれただろうか。

「俺さ、最近友達も出来たんだよ。中学高校とぼっち貫いてた奴が!驚きだよなー」

墓を綺麗に拭いて、花を供えた。ろうそくに火を点けて、線香を焚いた。

「すごい会社でバイトっていうか、をしてるんだけど。給料もすごくてさ。説明に行って良かったって思うよ。自分に価値が欲しかったわけじゃないのかもしれないって気づいた」


死に方以外に気になっていたことだ。労働力にならない人にただ金を払う理由。我ら、はお死事以外にも業務があって採算がつくから成り立って続いている。これは確定。お死事の利益のからくりは予想すらできなかった。

『この会社の利益って?』

『お死事はあくまで「救世」。世間ではなく人ですが。生きていても意味のない人はいない、そんな文言が多くの人の心を動かしていますが我ら、はそうは思っておりません。そしてストレス社会とまで呼ばれている現代では生きていても意味がない、自分に対してそう思っている人はどんどん増えている。ならば』


__我らが救いになろう。


『お死事に関して利益は発生いたしません。「救世主」が利益を考えていたらきっと誰もがそのメシアに縋らなくなるでしょう?』

確かに。でもそうやって開き直って自分の欲のために人に手を差し伸べられるのなら誰よりも人間らしい気もする。人間らしくない人を俺ら人間は神と呼ぶし、その神様に助けを求めるよな。

天にまします、とかじゃなくとも。忘れ物した、とか。

確かに「救世」だけど別の角度から見たらこれは「殺人」だと多くの人が思うんじゃないか。

俺にとっては「救い」でも。「救い」と思う人にとっては「救い」でも。「救い」と思う人を「救い」にしている人からしたら恐らく「殺人」と捉えられてしまう。

『法に触れるんじゃないですか?』

『いえ、国に認可されておりますので。これは自殺幇助ではない、と』

『非営利目的であれば、人が死ぬことも国が許すんですか?』

『国が自殺そのものを許すわけではありません。法に問われないだけ。貴方の意志を拒むことが我ら、には出来ないだけ。他人を尊重する、多様性を認める、ダイバーシティ、それらを国が認めているだけです。我ら、を真っ向から評価することは流石に国にもできません。人殺し、そんな声がきっと聞こえてくるでしょうから』

『じゃあ、死にたい俺に金を払うことは我ら、さんの自己満足ということですか?』

俺はどんな返答を期待していたんだろう。どう言ってほしかったんだろう。自己満足じゃないよ。貴方を尊重するためにこの会社は存在するんだよ。そんなことを言ってほしかったんだろうか。そうやって言われて俺は何を受け取れるのだろう。

『はい』

八つ当たりの質問攻めに顔色1つ変えることなく答えていた夜数さんは首を少しだけ横に倒して、子供のような歯を見せる笑顔で俺の目を見て自己満足と言い切る肯定の返事を寄越した。

『我ら、の自己満足です。「救世主」になりたい。ただそれだけです。我ら、で働く者の理念です。それに共感した者がここで働く。そういう仕組みです』

生きていていいよ、と認められることも。死にたいんだよね、と認められることも。俺は求めているけれど。


「誰かの、『意味』になりたかった、のかもなって。自己満足だったとして。倫理観がとち狂っていたとして。いや、狂ってないのかもね。人は、信じたいものを、信じるんだね。やっぱり」

線香が全て灰になるまで近況報告をし続けた。膝の痛みも、冬らしくなってきた風の冷たさも、繰り返し話していることも気づかなかった。ただ話したかった。言えなかったことを言いたかった。思春期じゃなくても照れくさくて言えなかったありがとう、とか。ごめんね、とか。

「死ぬけど、会いに行くと、捉えて欲しいかも。今度は九州の方に行ってくるんだ。また、お土産話しに来るよ」

結局言えなかったけれど。


【余命14日】

宿で電話して以来声も聞いていない弦に会おう、と言われた。特に用事はなくて近況報告、最近どう生きて来たか。今後どうやってい死んでいくのか。それを話したいらしい。

「やっ」

ファミレスで待ち合わせて片手をあげて元気な挨拶をされてから。足が躊躇った。顔にはアザが見えた。

「あ、久しぶり」

「やっぱ驚く?ちょっとね、これも合わせて話したくてさ」

「うん、聞くよ」

「あたしさ、2週間後に死ぬんだよね。その、決めてた期限が2週間後ってだけなんだけど」

「あ、俺も一緒だ」

偶然の運命の確定に思わず笑う。

「それまで幸せに、いたいなって」

「うん」

「だからさ。次、いい旅行場所探してるんだけど関東あたりでいいところない?」

「俺の家おいでよ」

だから、の後に言いたいであろう言葉が聞こえてこなかったから不協和音に思えた。それを協和させるために俺の方から口を開いた。

「え、いいの?」

「うん。どうしてダメなの?」

「1回、断ったし…それに、迷惑じゃないの」

「迷惑じゃないよ」

「そっか。じゃあ頼むぜ、おとな!」

「任された、大人」

笑った弦の顔は可愛いのに、腫れていた。泣きそうなのに、晴れていた。

この日はそのままファミレスで一緒にご飯を食べた。どこに旅行に行ったかを聞かれけどめちゃくちゃ広い宿か、ドアを見ただけで帰った父母両方の実家とか。言われたみたらそこまで旅には出ていなかった。

日本全国旅行してやるぜ、と意気込んでいたのに案外東京に留まり続ける雀のような俺。

「あたしはね~四国をね、巡ってた。四万十川?を下って、いい写真いっぱい撮れたんだ」

グループ以外の個人で繋がっていない俺がその写真を見ていないのは弦の優しさが原因。

「愛媛でね、直搾りジュースあって!めちゃくちゃ美味しかったんだよ。あんまりオレンジジュースって好きじゃなかったんだけど印象が変わったな~」

「美味しかったんだな」

「めっちゃね。ヤケ酒で酒焼けした時は何の酒飲んでたの?」

「そこの地方の有名な酒。新潟だったからやっぱ米有名だしなってなってた」

「なんだそりゃ」

荷物が多かったことに終始突っ込まず、なんなら家まで持ってあげた俺はものすごく優しいんだと思う。

「案外いいとこ住んでんじゃん」

「目腐ってんの?」

散らかって洗濯機からはみ出している昨日の洗濯物。旅に出ない代わりのご飯に金を割いている分洗い物はたまっていない。しかしどこを見ても綺麗とは言えない。

「ベターってやつよ。ベター」

「それはよかった。ベッド使いな。俺ソファで寝るから」

「やっだ紳士。そのお言葉に甘えてお先に風呂も頂戴」

「はいどうぞ。パジャマあるか?」

「ないかも。1日分くらいしか持ってないから」

「すぐ買ってくるわ。ちょっと待ってろ。お湯でも貯めて待ってな」

「ありがと。甘えます、こども」

「甘えなさい、子供」

ごちゃごちゃものが置いてあるけれど品揃えは抜群の店に閉まるギリギリに滑り込んで買い物を済ませた。無難なパジャマを買って帰路を急いだ。

「ここ置いとくから」

その後俺も風呂に入った。湯船には入れなかった。


【余命3日】

最期のエスケープは昨日終わった。弦にお勧めされた四国に行ってみた。忙しい時期じゃないから飛行機も簡単に取れたし、宿もいいところのホテルを予約できた。四国を巡って中国地方にしまなみ海道を通って向かった。広島でカキを食べて、岡山で黍団子を買った。大阪でずっとやってみたかった1人テーマパークを楽しんで漫才を見た。たこ焼きもお好み焼きも食べた。京都に行ってから新幹線のグリーン車に乗って帰ってきた。

最初で最後の贅沢だ。

弦は死にたい場所があるらしく、お死事関係者の人とそこに向かうための手立てを整えているそう。

お互いの死に目には会えないだろう。


【余命1日】

何処で死にたいか、と言われても希望がなかったから都内の病院に決まった。我ら、と繋がっているらしかった。

「それではこちらの薬をお好きなタイミングで飲んでください」

事前検査で問題はなく、滞りなく最終段階へ進んでいった。

コップに刺さったストローが口元に置かれていつでも吸える。いつでも死ねる。

俺は心の中で確実に、我ら、がもう必要ないと言えるだけの理由を探していた。こんな選択をするくらいは死にたかったのに。消えてしまいたい、は決して嘘ではなかったのに。

生きる希望はないのに。死にたい理由しかなかったのに。生きる意味とか感じちゃってる。答えはないよ。それが生きる意味だよ。色んな人が言う意味ってやつに俺も乗せられそうになった。

救いだと感じてもいいだろ。

でもそんな理由はきっと認められない。救いをようやく見出せたんです、なんて。

「ああ、生きてえなあ」

ストローに口をつようとした。

ドンドンドン

病室のドアが叩かれた。思わずそっちを向く。弦がいた。

「なんで…」

「山田貴信様、最後の答えを聞きましょうか。どうされますか?」

「生きてていいのなら、生きたいです…1度でもこんな選択をした俺が、生きてていいのなら」

「生きてていい人間だと、ご自身で思いますか?」

心臓をどつかれたような気がした。

「はい。自分のことくらいは認めてやれそうなので」

「『やむを得ない理由』ですね。我ら、の力はもう必要ないですね」

「…はい」

認めることが苦しかった。

けれど我ら、の力はもう俺に必要なかった。

「5倍の額、徴収させていただきます。弦様も、同じでしたよ」

一気に現実を感じてベッドに体を沈めたけれどこの世に引っ張ってくれた存在を忘れていた。思い出したのは、静かな声で彼女の名前が呼ばれて、俺の名前を呼ぶ声がしたから。その声の持ち主がどうしようもなく恋しくて体を起こしてドアの横の大きな窓を見た。

「やっほー!あたしも、死ねなかったぁ!」

すごい笑顔で、すごい泣き顔で弦はそう言っていた。顔に張られている包帯が痛々しい。季節に合った長袖を着ている。ベッドを降りて走っていった。

「なんで…でも、弦、ありがとう…」

「こちらこそだよ~貴信さんもいるよな~ってなったから。大人が泣くな!」

「弦だってもう大人だろ、働けるし…」

「うるせー!あたしはまだ大人じゃないですー!」

その後大した額でもなかったから1年以内には返済が終わる予定が俺の中で立っていた。弦も同じみたいだった。金遣い荒そうなのに。ちょっとの偏見を直接言えるだけの距離感になった。

ルームシェアをしてお互いが、お互いの逃げ場になれるように社会生活を送ることになった。


めでたしめでたし


俺の人生、咲かせるべき花の


芽出たし芽出たし


「我ら、お死事担当の山田と申します。」


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

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簡単なお仕事です。 あおいそこの @aoisokono13

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