第5話
夏休みに入ると九月の文化祭に向け準備が始まる。そうなれば積極的な陽の者、消極的な陰の者、どっちつかずな者、みんなの熱にもばらつきが出る。当然、水野や純は忙しなく動き続けている。自分は三日に一度行くのみ。
「羽月ちゃん。明日は来る?」
「あ、ごめん。明日家で夜ご飯つくらないとで買い出し行かないとだから……」
「あー、そっか、忙しいよね。ごめん。」
「誘ってくれてありがとう。」
「いいよ。いいよ。」
彼女はほぼ五日に一回。あまりこういう行事が得意ではない様子。まぁ自分自身、あまり参加してないから人のことは言えない。
「羽月ちゃん、行事得意じゃないのかな。」
「まだ、転校して二、三ヶ月程度だろ。」
「そうだけど……寂しいなぁって。」
仕方ないだろう。羽月だってこのクラスに完全に馴染んだわけではない。それに加え、みんなの協力が欠かせない学校行事。緊張もするだろう。
「湊、呆けてないで仕事して。」
「湊これ頼む。」
「あと、羽月ちゃんのも。」
「自分たちも話してただろ。」
「まぁ、それは羽月ちゃんのことだし。」
「……はぁ、わかったから置いとけ。」
ただ本当は今日もくる予定だった。ただあいにく、羽月は体調不良。この蒸し暑さの中の作業。呼びかけはあっても毎日のように体調不良者は出てしまう。彼女もその一人。おかげ様で今日の仕事は増える一方。二人分の折り紙をおりながら思う。一刻でも早く回復してくれと。でないとこっちも身体がもたない。
メッセージアプリの通知で目が覚める。いつもの三人からだ。やっぱり湊君……みんな優しいな。スマホを閉じ重い頭で部屋を見渡す。大丈夫、ちゃんと現実だ。
「あ……」
カメラが目に止まる。触ってみると少し埃っぽかった。
「よし。」
軽く手入れして外に出る。最近忙しくて散歩してなかったかも。
路地を歩く。
頬を撫でる風は潮の匂いを孕み少し生暖かい。
いつもの散歩道。アスファルトの割れ目、そこから顔を覗かす草花、木に張り付く主のいない抜け殻、ただの空の青さ。いつもと変わらない散歩道。それでもファインダー越しに見る世界はほんの少し輝いて見える。いつもの景色の方が何かを隔てるようだ。
一枚一枚丁寧に。
気付けば太陽は空高く海を照り付けていた。
「羽月?」
ファインダーを覗いていると見知った声に呼ばれた。見知った声?聞き慣れた声か。
ぼんやりと自問自答していると。
「聞こえてる?まだ体調悪いのか?」
「え、あっ、大丈夫。ちょっと考え事。」
「変な奴。」
「……」
珍しくからかってきた湊君に嬉しくも頬を膨らます。
「ごめんって。」
「……いいよ。」
「で、写真撮ってるんだ?」
「うん。」
「見せてよ。」
「わっ!」
「え、どうしたの?」
「……なんでも、ない……」
「?」
だって近いんだもん。男子に対する免疫がほぼ皆無な私に、耳元で声が聞こえるこの距離は少し酷と言うものだ。
「上手じゃん。」
「むぅ……」
「何?」
本人に悪気はないのだろうけど、最近からかいがちというか、少し上から目線というか。まぁ私は気にならないからいいけど。というか前までよそよそしかったからこっちの方がいいかも。ふと、彼のカメラに目が行く。
「そういう湊君は写真撮るの?」
「撮るよ。」
「へぇ……今度見せてよ!」
「っ、急に振り向くなよ。」
彼は急に飛び退いた。
さっきは自分から詰めてきたのに……
「一緒に散歩行くか?」
「え、いいの?じゃあ……あれ?」
「どうした?」
「フィルム切れちゃった……」
「え。フィルム使ってるの?」
「うん?」
「いや、珍しいなって。」
「そう、なんだ……」
珍しい……
「この辺なら、細川商店か。ほら、こっち。」
「え、ちょっと。」
彼はなんの遠慮もなく手を引っ張る。
鈍感なのか、大胆なのか。多分前者。
「奏一、いらっしゃい!」
店に入るとほぼ同時、大きな店主の声が小さな商店に響く。
「今日もフィルムかい?三日前に来たばっかだろう。もう使い切ったのかい?」
「ああ、いえ。彼女が切らしたので買いに来ました。」
「おぉ、奏一に彼女。」
「っ」
「違います。友達です。」
「手繋いでるのにか?」
「連れて来ただけです。」
指摘されて繋いでいた手を離す。
「そうかい、そうかい。でフィルムなんだが……前買ってくれたのが最後なんだ。ちょうど在庫切れでな。」
店主は少し申し訳なさそうな顔をした。まぁ、仕方ない。
「また、入荷したら教えてください。」
「わかった。またその時に来てくれ。嬢ちゃんもまたな。」
「は、はい。」
「どこ行くの?」
「近くのコンビニ。無駄足になったし、なんか奢る。」
「別にいいのに。」
「水筒、空だろ。」
「う……」
「また倒れるぞ。」
「はい……」
返す言葉もない。
暑さから逃れるようにコンビニに転がり込む。
でも汗をかいた肌にこの寒さは少し悪い。
「水なんかで良かったのか?」
「うん。好きだから。」
「へぇ。」
なんか反応薄い……
まぁ水買ったのが悪いけど。
湊君はラムネを買っていた。
前も飲んでたな。
「好きなの?ラムネ。」
「え。うん。」
「私も……」
「?」
「私もそれにする。湊君と同じの。」
「いや、でも買――」
「買って。」
「……わかった。」
彼は溜息を吐き、財布を出す。少し強引だったかな。まぁいいや。
「ほら。」
「ん、ありがとう。」
ラムネ久しぶりだなぁ、なんて思いながらB玉を落とす。ひんやりしたしゅわしゅわが手にかかる。これってどうしたら溢れないんだろう。
「はい。」
「あ。ありがとう。」
湊君が差し出したハンカチで遠慮がちに手を拭く。渇いた喉に空色の炭酸を流し込む。少し暑さも和らいで頭もはっきり。飲んでみればなんとなく、湊君が好きそうって思う。
「フィルムって他にどこにある?」
「……電車で何駅か行かないと。」
「そうなんだ……」
「今週末……」
「?」
「今週末行くか?」
「え、いいの?」
「あぁ。」
今週末って花火大会。
まさかね。
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