第3話

「ねぇ羽月さん、週末って空いてる?」

「うん?」

「羽月ちゃんの歓迎会やろうって話になってね。」

「私なら大丈夫だけど、みんなは良いの?」

「そりゃあ、もちろん。」

「「可愛い転校生のためにー!」」

水野みずの沙奈さな達の賑やかな声が右耳を揺らす。窓の外を見るとアスファルトに蝉時雨が降り注ぐ。

「湊も行くよな?」

「え?」

「もう、聞いてなかったの、湊?」

「しょうがないって湊こう言うやつだから。」

「その言い方はひっかかるな。」

「それなら人の話はしっかり聞く。わかった?」

「はい、気をつけます。」

いつから純や水野が話しかけていたのか。本当に周りが見えてないな。ただ、その癖を直すことはしない、ただただ面倒だから。

「で、行くの?歓迎会。」

「……」

白瀬の方を見る。彼女は何やら訴えるような目でこっちの様子を窺っていた。少し寂しいような、そんな目で。いや勘違いにも、程があるか。考え混んでいると、純が耳打ちしてきた。

「頼む、白瀬さんも知り合いのお前がいた方がいいだろ。」

「俺にきて欲しいだけだろ。」

「ばれた?」

行った方がいいのか?いや、でも面倒だし……

確かに楽しそうではあるが、普通に面倒に感じている自分もいる。そんな葛藤を繰り返していると。

「もう、うじうじと、そんなんだと友達できないよ!いい?湊の参加は決定事項!」

「えぇ……」

「ずっと悩んでるあんたが悪い。」

「はい……」

水野が強制参加を言い渡した隣で、純は何度も首を縦に振っていた。まぁ、でも良かった。そうしてくれないと、ずっと悩んだままだっかもしれない。優柔不断なのはどうにかしないと…少しばかりの後ろめたさを感じていながらも、歓迎会の強制参加にあまり嫌な気分にはならなかった。


「羽月ちゃんを歓迎してー、乾杯!」

「「乾杯!」」

水野とそれに続いたみんなの大きな声が小さなお好み焼き屋に響き渡る。といってもみんなテーブルはくじ引きで決めたグループごとに座っているから、白瀬と水野のいるグループが中心で騒いでいる。こういうのが苦手の人、陰キャは端の席か、そもそも参加してない。本当は湊一も端の席が良かったが、水野と純の計らいで自分のグループは羽月の隣のテーブルになった。同じグループの男子はさぞ嬉しいことだろうな。わあわあ騒いでいるうちに、お好み焼きの種が運ばれてくる。

「じいちゃん、手伝う?」

「なぁに、こんぐらい大丈夫だ。一樹もおるしな。学生らしく今日は楽しめ、奏一。」

「わかったよ。」

そう返し、上げかけた腰を下ろす。

「湊、これってどれくらい焼くの?」

純の声に合わせて、忙しく働くじいちゃんから鉄板の上に視線を落とす。

「焼きすぎだろ。」

「えぇ、じゃあ湊が焼けよー。」

「やりたがってただろ。」

「いやぁ、死ぬ前に一度はと思いまして。」

「あっそ。」

適当にあしらっておきながら、渋々コテを手に取る。

「おぉ流石、湊。」

「ほんとだな。」

「後は湊一に任せるかぁ。」

「お前らも働け。働かざる者食うべからずだろ。」

「いやぁ、美味しいの食べたいしなぁ。」

「はぁ……」

純たちはニコニコしながら皿を突き出してくる。わざと焦がしてやろうかな。

「湊こっちも作ってー。」

「えぇ……」

「いいから、いいから。」

拒否権など元からない。諦めて何人分か作る。

「やっぱ、美味いね。」

「自分たちでも練習してください。」

「そうは言っても練習する機会なんて湊と違って滅多にないしねぇ。それに、湊が作った方が絶品だし!羽月ちゃんもそう思わない?」

「うん、ほんとに美味しい。」

「良かったね、転校生からお褒めの言葉だよ?」

純たちの鋭い視線が自分を射抜くのを感じながら席に戻った。その後、作る専になったのは言うまでもない。


歓迎会も終わりを迎え、のれんをくぐり抜ける。夜の帳が下り、辺りは紺碧に染まっていた。それぞれが帰路につくのを見送る。

「あれ、湊帰らないの?」

「じいちゃん手伝ってから帰るよ。」

「じゃあ俺も手伝うわ。」

「別に大丈夫だけど。」

「暇なんだよ。」

「私だけ仲間はずれ?」

「いや、沙奈は羽月さん送ってやれよ。」

「純が送れば良いでしょ。」

「な、それは色々と……」

「あはは、純、顔真っ赤。」

「ふふ」

「あ、羽月ちゃんが笑った!」

「ほんとだ!」

「え?」

「羽月ちゃん、ずっと緊張してるように見えたから。これも歓迎会のおかげかな。」

水野は自慢げに胸を張って言った。

「ほんとだ……ありがとう、水野さん。」

「感謝してるなら名前、名前で呼んで。」

「え、いいの?」

「逆になんでダメなの?仲深まって良いでしょ?」

「じゃあ、沙奈さん。」

「えぇ……」

「沙奈、ちゃん。」

「うんうん!」

あからさまに嬉しそうな水野を隣に純も口を開いた。

「俺も、純って呼んでくれるとー」

「純のことは気にしないで。」

「どうしてだよ!」

「お前はアプローチが過ぎる。」

「じゃあせめて、さん付けでもいいからぁ。」

「純さん……」

「ありがとう、羽月さん!」

「……」

今にも握手しそうな純の手を水野が掴む。白瀬自身はなんとも言えない苦笑いを口元に浮かべた。喜びに浸っている純は気づいていないようだが。愚かなり。

「えっと……湊くん?」

「なんでぇ!?湊はあだ名……」

あんだけ嬉しそうだった純の顔は歪んで理解できないと訴えてくる。

「?」

羽月の方も困惑しているようだった。

「羽月ちゃん、湊の本名知らないんじゃない?」

「湊じゃないなら……うん。」

「だよね、みんな湊、湊って呼ぶから。」

水篠みずしの湊一そういち、自分の名前。湊でいいよ、そっちの方が慣れてるし。」

「いいの?」

「お互い慣れた言い方の方がいいだろ。」

「わかった。」

「じゃあ、俺らは片付けしてくるから。」

「私達もなんか手伝う?」

「私達って、水野は良くても白瀬さんは?」

「私は良いよ。楽しませてもらった分、何か手伝いたいから。」

「じゃあとりあえず中入ろう、ここに立ってても何もできないし。」

お互いの親睦も深まったところで中に入る。六月といえどもまだ夜は冷える。

「じいちゃん、何手伝う?」

「悪いな、奏一。」

「いいよ、四人いるから。」

「お前さん達もいいのか?」

「私でいいなら何でもやるよー。」

「私も……楽しませてもらいましたので。」

「じゃあ、俺は調理場片付けるから、二人はテーブルお願い。」

「りょーかい。」

「わかった。」

「じゃあ俺もー」

「純はこっちだ。」

「止めろぉ!」

暴れる純の首根っこを掴んで連れて行く。


「純達、面白いやつでしょ?」

散らかったテーブルを片付けながら沙奈ちゃんは聞いてきた。

「うん。」

「時々馬鹿だなぁって思わない?」

「……少し。」

「私はしょっちゅう思うよ。純はともかく、まぁ湊は勉強できる方なんだけどね。」

「そうなんだ……」

「羽月ちゃんもわかんないとこあったら聞いてみたら?湊あれでも教える上手だから。あ、でも羽月ちゃん勉強できそうだし大丈夫そう。」

「うん……」

雑巾を握る力が強くなる。

「物理苦手だし聞いてみるね。」

顔を上げる。私は上手く笑えているだろうか。自分の姿を探して窓を見る。でもそこは、ただ黒一色が広がっていた。

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