第2話
いつもと同じ海沿いの街を自転車で駆け抜ける。頬を撫でる潮風が少し涼しい。学校へ着いたが、まだ朝早く教室は静かだった。読み途中の本を片手にベランダへ出る。心地よい潮風、崩れ去る波の音、輝く陽の光、いい読書日和だ。そんな中の読書はあっという間に時間を溶かしてしまう。気付けばホームルームが始まる時間だった。席に戻ると同時に先生が入ってくる。
「今日は遅刻しなかったな。」
「いつまで引きずるんだ。」
「忘れるまで?」
「さっさと忘れてくれ。」
純との会話を軽くあしらう。今日も退屈な一日が始まった。先生の一言が放たれるまではそう信じて疑わなかった。
「あぁ、お前らいいお知らせと悪いお知らせ、どっちを先に聞きたい?」
「良いお知らせ!」
女子たちの賑やかな声が響く。
「じゃあ、悪いお知らせから。人によってはいいかもな。」
小さな言葉の間に緊張感が高まる。
「テスト結果返すぞー。ドンドンパフパフー。」
「「えー!」」
「まだ心の準備がぁ。」
「見たくもない。」
「どうか三桁だけは。」
みんなの悲痛な叫びがあちらこちらから聞こえてくる。
「ただの順位だぞ。出席番号順にとりこい。」
そのあとのみんな様々。
妬むもの。絶望するもの。破顔一笑するもの。
ついでに自分はなんとも言えないものに属する。
「四二位かぁ。」
「良いだろ、俺なんて、見ろ、八三位だよ。」
「三桁じゃないだけマシだな。」
「こいつー。」
「嫌なら勉強するしかない。」
「やめろー!」
純の断末魔の叫びを上げたところで先生が口を開いた。
「まぁ、あんまり気にするなー。次は、えーと、良いお知らせか。」
また先生は間を開けた。さっきまでの賑やかさはとうに消え、クラスの全員が先生の言葉に耳を傾けようとしている。
「転校生が来るぞ。」
「……」
クラスに一瞬、静寂が訪れる。
「「えぇ!」」
さっきよりも比にならない驚きがクラスに起こる。
「先生、どんな子?」
「男子?女子?」
「名前は?」
矢継ぎ早に生徒の質問が飛び交う。
「俺に聞くな、本人に聞け。入っていいぞ。」
みんなの視線が扉に集まる。
――ガラ――
みんなが息を呑むのが伝わってくる。
「可愛い!」
女子の声が響き渡る。
「俺、なんかの主人公?」
「お前が主人公なわけないだろ。」
「小動物みたい。可愛いぃ。」
黒のショートボブ、美人というよりは愛嬌があり幼く見える顔立ち、低めの身長。たしかに小動物っぽい。突然の転校生に驚きながらも多くの生徒が見惚れていた。驚いたのは湊一も例外ではなかった。ただ、彼女の容姿ではなく。
「あの子、そういうことか。」
「え、何、湊知ってんの?」
「まぁ、見たことなら。」
「どこで?もしかして有名人?」
「いや、散歩で見かけたから違うんじゃない?」
純の疑問に答えていると。
「じゃあ自己紹介して。」
「はい。」
落ち着きある透き通った声の彼女は、教壇に立ち、チョークを走らる。
「東京から来ました、
「まぁ、みんな色々あると思うが休み時間に質問しろー。じゃあ席はー。」
男子に緊張が走る。まぁ空いている席なんて、
「純の前にするか。そこ。」
先生は一つ空いた窓側の一番前を指差した。普段先生が物置のように使っている机だ。なんか綺麗になっていると思ったらそういうことか。
「まじか、俺ついてるな。」
「純、席変わってくれよぉ。」
「嫌だね。」
純の勝ち誇った表情に男子の針のような視線が飛んでくる。だが本人は何も気にもしていない様子だった。よほど嬉しいのだろう。彼女は席に着くとき、こちらに小さく手を振った。
「見た?こっちに手振ったよな!?」
「いや、僕だろ。」
誰に向けられたか、分かっていても振り返すことはしない。自分まで浮かれていると思われたくないから。ただ、何かが変わっていくだろうことに期待を隠せずにはいられなかった。
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