急 その2
男も気付いたようで、動きを止めてその音の先を見る。
「あいおいさ~ん? あいおいさ~ん」
彼だ。
何てことだろう。コンビニで約束していたのに、結局アタシの家に向かっているのだ。イケない。同時に直感した。この男に彼を関わらせてはいけないと。
「逃げて~~~早乙女グン~~」必死で搾り出した擦り切れた声の後、グチャッと拳がまた降ろされた。
「……愛生さん? 」
ガチャガチャとこちらに近付く彼の音。
と、同時に男が飛び起きてその音の先に襲い掛かる。
「ガシャーーーーーン」と交通事故の様な激しい衝撃音の後、ガチャーンと重い物が落ちる様な音が聴こえた。
「なんだ? 貴様は? 」男が質問するが、その声は相変わらず冷たい。
「あいたたたたた」
アタシのすぐ傍に、彼は倒れた。
「だひじょぶ? ばおどめぐん……」歯が折れた事と、その出血で舌が上手く回らない。
「……愛生……さん? 」彼の顔がこちらに向いた。その鉄仮面のバイザーがゆっくりと紅く光った気がした。
「びべで……ばおどめぐん……」意味が伝わるだろうか?
だが、次にアタシの視界に怖ろしい光景が映る。
あの男が、金属バットを彼に向けて振りかぶっていたのだ。そんな馬鹿な。そんな事をしたら。
人は死ぬ。それを行おうとするこの男は最早ヒトじゃない。
「いやあああああああああああぁあ‼ 」
アタシの悲鳴と同時に彼の後頭部にそのバットが振り下ろされた。
先程とは比べ物にならないこちらの皮膚にまで伝わる衝撃で空気が揺れる感覚。血が逆流する気がする程の恐ろしさ。
「……貴様」
だが、それなのに男は驚いた様に彼を睨んでいた。
早乙女クンは何事も無かったように立ち上がるとその男に向き直る。
「貴方ですか? 貴方が、愛生さんにあんな酷い事をしたんですか? 」
その静かな彼の言葉と同時に今度は早乙女クンの足にバットを叩き付ける。再度思わず身震いする金属の衝撃音。
「何で、こんな酷い事をするの? ……愛生さんはね女の子なんだよ? ……」
「何なんだ、貴様……何故、死なない? 」
男は苛立つ様に半狂乱に彼の頭部にバットを何度も何度も叩き付ける。
「この」「ガン」「この」「グギャ」「このクソがあぁああああ! 」「バキン」
正気を失い力任せに早乙女くんを滅多打ちにするが、既にバットは変形して折れかけている。男はそれにすら気付く余裕がないのだ。
だからこそ――必然的に早乙女くんの一歩は、容易く懐へと飛び込んでいく。
彼の動いた軌道に、魔闘気の妖艶な色が水面の様に流れた。
それは――とてもひどい
型もクソも無い。
ただただ、平手を出すという。
掌底撃とも、張り手とも違う。
――攻撃と呼ぶにもおごがましい。
喩えるなら――我が子を叱る母親の
だけど、それを受けた男はまるで交通事故に遭った様に大きく路を飛び越え、それどころか小川を隔てた反対側の草むらに
「しゅごい……」そう呟いたアタシに「大丈夫⁉ 愛生さん⁉ しっかりして‼ 」と
優しく気弱な彼が心配そうに駆け寄ってくれる。
「大丈夫だよ」そう言いたかったけど、アタシはそのまま痛みと恐怖からの解放で意識を失ってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます