急
そして、中々の大仕事になった仔犬のシャンプーを済ませてアタシも髪を乾かしていた時。
部屋の床に見慣れないスマホが落ちていた事に気付いた。
拾ってタップすると日本のマンションの入り口を背景にモデルの様な綺麗な男女の間に、マジで場違いな漆黒の鎧騎士が写ってる画面がパッと出現。
「うわぁ……」思わず、そんな言葉が漏れた時にそれが激しく揺れるから思わず落としそうになる。
通話を押して「もしもし? 」と言うと。
「ごめん‼ 愛生さん⁉ ああ、そこに忘れてたんだ‼ よかった」
どうやら家に着いてからスマホがない事に気付いたらしい。
「今から取りに行っていい? 」彼が申し訳なさそうに言う。時計を見ると18時半。夏が近づいていると言え、外は暗くなっている。
「いいよ。でも、もう外くらいから中間くらいまでアタシも持って行ったげるよ」
彼は遠慮したが、アタシの正義感? が優先した。まぁ彼をお父さんに見られても面倒になるし。
短パンとジャージを羽織ると「いい子にしてるんよ? 」と、仔犬をゲージに入れる。
スマホを2台ポケットに入れると玄関に向かう。
「? おい、歩。どこに行く? 」案の定、そこで稽古を終えたお父さんと鉢合わせ。
「友達の忘れ物渡してくる」
「もう、道が暗いぞ? 父さんが車出すか? 」
と言われたけど「直ぐそこだから。すぐ戻るよ。お味噌汁あっためといて」と言うと、サンダルを滑らせて家を出る。
早乙女クンの家は結構離れてるらしく、間にあるコンビニで落ち合う約束になった。まあそのコンビニも1キロくらい距離が有るんだけど。
ただそこまで道はとても人通りが少ない。
のに、今日はそこに人影があった。
「……あんたが、愛生歩さんか? 」
その人影はそう言うとこの季節にはあまりに厚着なコートを靡かせてこちらに近付いてくる。
「昼に、俺の舎弟達が世話になったらしい」
そして、唯一有る街灯の下にその正体が露わになった。
思わず、背筋にゾッと悪寒が走る。それ程までにその男は不気味で凶悪な面構えだった。
「……空手? 合気道か?
丁度いい。流石に女と言えどそう言った心得がある者でないと、無抵抗な凌辱はこちらも申し訳ない」
その言葉で自分も気付く。アタシは既に無意識に構えをとっていたのだ。
「……昼間の奴らの敵討ちってわけ? アンタがあのクズどもの親玉? 」声が震えているのが解った。男はそれに「くくく」と小さく笑うと「いや、ただのケジメ付けだよ」と言ってまるで散歩の様に間合いを詰めてくる。
「やあっ‼ 」
それに合わせて奥足で中段蹴りを放った。ズボォっと鈍い音をたてながら完璧なタイミングと角度で入る。
――そこで、止めない。一気に間合いを詰めて、左の鉤突き。本当は顔面を打ちたかったが身長差があり過ぎて届かない為、首を狙う。
「ドン」とこれも大きな音をたてる、クリーンヒット。相手の表情が曇るのが解った。
でも。
だのに――この男は、何故怯まない?
そう思った時だった。
鼻先から後頭部に抜けて受けた事のない衝撃が走った。
そして、全身が脱力して視界が消える。
殴られた。それを理解するまでの間に更に強い衝撃がアタシの側頭部を襲う。
倒れているのか、立っているのかも解らないまま、アタシは息がとてもし辛い事と身体が動かせない事に気付く。
すると、その暗すぎる視界にあの男が現れた。
「俺の所有物を傷つけたケジメ。確かに償って貰うぞ」その言葉でアタシに意識が戻った。
同時に「ビィイイイ」と破かれる服。
「いやあぁああああああああ‼ 」叫びながら指を立てて抵抗しようとしたが即座に鉄槌が顔に降ろされる。ブッと言う音と共に鮮血がアタシの顔面に降った。それと共に鼻の感覚が消えて呼吸困難に陥る。
だけどて男はそんなアタシに覆い被さると髪を乱暴に引っ張り路の傍の草むらに引き摺り込んでいく。まるで怒られた子どもがはぶてながらぬいぐるみをおもちゃ箱に戻す様に。
「やだっ、いやだぁあああ‼ 止めてぇ‼ 止めてよおぉお‼ 」たった数発喰らっただけ、それでアタシにはもうこの男への戦意はなかった。ただ、ただ、この男が怖かった。お父さんに教えてもらった武道が通じない。そして、アタシに酷い事をする為に容赦しない。この男が怖くて、アタシは泣くしかなかった。今まで殴られる痛みは知っていた。でも、その全てはアタシを破壊しようとするものではなかった。アタシが甘ちゃんだった。本当の実践は――稽古ではない。
叫び、両手を前に出して必死に抵抗する。その度に眼や鼻に落とされる石の様な拳。4度目くらいに前歯が折れてるのが解った。
そこで、アタシは抵抗すら止めた。理解したから。
この男は、抵抗するなら抵抗した分暴力を返す。それこそアタシを殺すまで。そんな本物の悪。
初めて、恐怖に。男がもつ圧倒的な力に屈したんだ。それでも命だけは助かりたいと思う自分が悔しかった。
カチャカチャと男から金属物を外す音が聴こえる。
これからアタシに行われる事を理解すると涙がまた溢れる。
だけど、その時気付いた。
その音に似た異音が遠くから近付いてくる事に。
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