序 その3
だが、そこは伝統古武道を進みし武芸乙女。正々堂々こそアタシの望むところだ。
「え、えええ??? あ、愛生さん⁉
ど、どどどどどうしたの? そんなに急いで、ていうか今、
相手はアタシの登場に明らかに動揺していた。そうだろう、その態度こそがアタシをやり過ごしたと思って悪事を行おうとしていた証拠だ。
「はぁ、はあ……さ、早乙女君こそ、はぁ、10分程度の休憩で外に何をしに行って……」
その瞬間、漆黒の鎧騎士の背後から光の速度で何かがアタシの急所――心臓を目掛けて飛び出した。
――しくじった。まさか学校内の白昼堂々と不意打ちで飛び道具を用いてアタシを消しにくるなんて、しかも殺気すら発さずに。この男の武力ひょっとして既にお父さんを凌駕して……。
「うげうふっ」ドボっと鈍い音を立てて衝撃がアタシの女の子の大切な腹部に走って、それこそ乙女とは思えない悲鳴が漏れた。どうやら彼はアタシを女子としても殺す気らしい。
衝撃を受けた腹部を押さえると、ほんわりとした温かさが掌に伝わった。そうか血液って温かいんだ……。
そんなアニメだったら哀しみのBGMが流れそうな場面でアタシは違和感を覚える。
「くっさぁ! 」
喩えるなら、大量に目の前に置かれた茹でたてソラマメの様な臭いだった。
思わず手を離すと、ポトン。と小さな音が足元に鳴った。
目を丸くしてそれを見て、アタシは声を挙げてしまう。
「仔犬ぅ? 」
そう、そこに居たのはアタシの掌をよだれだらけにした権化。キラキラとした瞳でこちらを見上げている小型の獣の姿だった。
ガッシャンガッシャンと大きな音を立てて鎧騎士が小走りでこちらに近付き、その仔犬をひょいっと抱き上げる。
「ご、ごめんよ。この子さ一昨日くらいから校舎の隅の方に居て。餌や飲み物をあげてたら懐かれちゃって……でも心配で。それで休憩時間にいてもたってもいらんなくなって……牛乳だけあげに行ったら、付いてきちゃって……」
ちゃってちゃってが多い気がするが。それはさておき仔犬は彼のその甲鉄の胸の中でゴロゴロと甘えている。それはもう無邪気に。
その時、予鈴がアタシ達の会話を阻む。
「ど、どどどどうしよう?? さすがに教室には連れて行けないよね?? 」
ガッチャンガッチャンとけたたましい音を鳴らしながらあたふたと鎧騎士が動揺するその姿は見る者が見れば恐怖でしかないだろう。
「貸して」
アタシを両手を伸ばして、彼から仔犬を受け取ると1階の隅の部屋――その扉をノックした。
「はい」
向こうから返事があったので、そのままドアを開けると腰の曲がった年配の男性が迎えてくれる。
「おや、あゆむちゃん。どしたかね? 」
「
アタシが抱き抱えている仔犬を眺めながら。
「ほほぅ、珍しい。首輪はないけど雑種でもないしどこかのお家から逃げちゃったのかな?
ええ、この狭い用務員室でよければ。確か、以前迷い猫に使ったゲージも残っている筈ですよ」
「ほ、本当ですか⁉ 」
ガッシャンっと背後から早乙女くんが姿を見せた。
「ひょえっ⁉ 」桜井さんが思わず見上げて悲鳴を挙げた。
「あ、桜井さん。この子同じクラスの早乙女くん。
その……変な格好してるけど気にしないであげて。
早乙女くん、こちら用務員の桜井さん」
それを聞くと、早乙女くんは更に一歩桜井さんに近付き。
「その子、どうかよろしくお願いします! 」と、勢いよく頭を下げる。
流石に面食らったのか、桜井さんはポカンとそれを眺めてアタシに視線を移した。
「まぁ……そういう事です」
桜井さんは仔犬を抱きかかえて「うん、わかった。ほら、授業が始まるから教室に戻りなさい」と優しい笑顔を浮かべる。
教室に足早に戻る時。
「ありがとう! 愛生さんのお蔭で助かったよ! 」なんて彼が言って来たから思わず睨んでしまった。
――まだ、気は許してはいけない。そう思ったからだ。
そう例えばあの仔犬。傍から見れば保護した様に見せかけて実際は、悪魔召喚とかの生贄に民家から拉致してきたのかもしれない。
いや――それならばまだいい。まさかとは思うが食糧として……有り得なくはないのかもしれない……だとしたら……。
あの仔犬を
そう思った時、アタシの中に再び決意の炎が灯った。
危なかった。並の人間ならきっと騙されていただろう。だが、アタシはそうはいかない。武道は肉体だけではなく精神まで強靭に鍛錬されるのだ。そう簡単に謀れると思ったら大間違いなんだからね‼ この狂戦士‼
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